TOPICS 2025.07.10 │ 17:00

『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』
小池健監督が貫いたハードボイルドの美学と哲学①

原作マンガが持つドライで危険な大人の魅力を、10年以上にわたりフィルムに刻み込んできた『LUPIN THE IIIRD』シリーズ。その集大成となる劇場版『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族(以下、不死身の血族)』が、ついにファンの前に姿を現した。監督を務めたのは、シャープな線と大胆な陰影で世界中のアニメファンを魅了する鬼才・小池健。彼はなぜ、国民的アニメの「パブリックイメージ」とは一線を画す、極めてハードなルパン像を描き続けたのか。前・中・後編でお送りする本特集の前編では、監督の創作の根源にある「ルパン観」にフォーカス。ファーストルパンへの憧憬から、マモーという存在への深い考察、そして栗田貫一の声が宿した「人間の重み」まで、シリーズを貫く美学と哲学を紐解いていく。

取材・文/岡本大介

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

「ドライでありながら強固なつながり」がルパンたちの核

――『LUPIN THE IIIRD』シリーズは、広く浸透している『ルパン三世』の明るくコミカルなイメージとは一線を画す、非常にハードでアダルトな作風が特徴です。監督がこのシリーズで一貫して描こうとした「ルパン像」とは、どのようなものだったのでしょうか?
小池 僕の原体験として強く残っているのは、やはりTV第1シリーズ、いわゆる「ファーストルパン」なんです。なかでも第2話『魔術師と呼ばれた男』に登場する不死身の怪人・パイカルと、第9話『殺し屋はブルースを歌う』に登場する腕利きの殺し屋・プーンが好きで、このふたつのエピソードが持つヒリヒリするような緊張感に、子供心に強く惹かれました。「なぜ自分は、数あるルパンのエピソードの中でもこの話が特別に好きなんだろう?」とあらためて自問してみると、どうやら僕は「ルパン一味」対「強大な好敵手」という、極めてシンプルな対決構図の中にこそキャラクターの本質が凝縮されているように思えて、そこに魅力を感じているんだな、と。だから、このシリーズを監督するにあたって、その原体験に立ち返り、シリアスで緊張感のある物語を描きたい、というのが出発点でした。

――単なる冒険活劇ではなく、死と隣り合わせのプロフェッショナルの世界を描きたかった、と。
小池 ええ。ルパンたちは決して馴れ合っているわけではない、それぞれが独立したプロフェッショナルである、という距離感を大事にしたかった。僕が考える「ルパン」の最大の魅力は、その「大人」な部分にあるんです。人間関係の距離感の絶妙な取り方、困っている人間に対して見せる、決して恩着せがましくない「粋なはからい」の仕方、そして絶体絶命の窮地に陥ったときの冷静な対処の仕方。そういった部分を、作品を通して表現したかったんです。だから、キャラクター自身に心情を長々と語らせるのではなく、たとえばルパンが不在のときに、次元や五ェ門が彼のことをどう語るのかといった間接的な描写を積み重ねることで、彼の人間性が自然と浮かび上がるように意識しました。彼らは四六時中、一緒にいるわけではなく、それぞれが自分の流儀で生きている。それでも、根底では深く信頼し合っている。そういうドライでありながら強固なつながりを持っていることが、このシリーズのルパン一味の核だと思っています。

「彼」の存在なくして、このシリーズは完結しない

――そんな「小池ルパン」の集大成である新作『不死身の血族』では、ついにルパン自身の根源に迫る物語が描かれます。その鍵を握るのが、1978年の劇場版第1作『ルパン三世 ルパンVS複製人間』の敵役・マモーです。40年以上の時を経て、なぜ今、再びマモーだったのでしょうか?
小池 『ルパンVS複製人間』は、僕にとってアニメーションという表現の概念を根底から覆されたほどの作品なんですよ。「アニメは子供のものだ」と思っていた当時、SF的で、どこか哲学的なテーマを内包したあの作品がスクリーンに現れたときの衝撃は今でも忘れられません。マモーというキャラクター自体も、非常に魅力的ですよね。三頭身のかわいらしい見た目なのに、不死身で、超人的な知能を持ち、はかり知れない財力もある。そのアンバランスさ、不気味さに強く惹かれました。今回の映画で「不老不死」という大きなテーマを扱うと決まったとき、マモーの存在は絶対に避けては通れないと考えました。彼の存在なくして、『LUPIN THE IIIRD』シリーズを通じて描いてきたルパンの物語は決して完結しないだろうと考えたんです。

最後の栗田さんのセリフでシリーズが締めくくられた

――劇中の最後、ルパンはあるひとつの哲学的な境地に至りますよね。あれは、監督が考えるルパンの本質を象徴する言葉と捉えていいのでしょうか?
小池 そうですね。あのセリフは、ルパンという人間の核心を突いた非常に重要な言葉だと思っています。アフレコの現場でも、ルパン役の栗田貫一さんと「これはいったい、誰に向けての言葉なのか?」ということを、かなり深く話し合いました。目の前の出来事に対してなのか、観客に向けて語りかけているのか、あるいは自分自身に言い聞かせているひとり言なのか……。栗田さんは、それらのニュアンスを汲んだバリエーションをテイクごとに見事に演じ分けてくださって、最終的に、あのすべてを含んだような、絶妙な表現にたどり着くことができました。

――長年にわたってルパンを演じてきた栗田さんの存在が、本シリーズに与えた影響は大きいですか?
小池 それはもう、はかり知れないほど大きいですね。このシリーズを通して、僕が思い描いていたルパン像と、栗田さんが長年培ってこられたルパン像が、幸運なことに素晴らしい化学反応を起こしてくれたなと感じています。とくに栗田さんご自身の人生経験から自然とにじみ出る、あの独特の「渋さ」や「人間の重み」、そして「厚み」。あれがキャラクターに加わったことで、僕が当初、頭の中だけで想像していた人物像を遥かに超える、血の通った、深みと説得力のある人間が生まれました。このシリーズのルパンは、僕ひとりのものではなく、栗田さん、そしてすべてのスタッフとで作り上げた、唯一無二の存在だと思っています。あのセリフに宿る重みと軽やかさの同居は、栗田さんでなければ絶対に表現できなかったと思いますし、これで12年にわたる我々のルパンの物語が、完璧に締めくくられたと確信しました。endmark

小池健
こいけたけし 1968年生まれ。山形県出身。高校卒業後、マッドハウスに入社し、アニメーターとしてキャリアをスタート。2000年に石井克人監督の実写映画『PARTY7』のオープニングでアニメーションディレクターとキャラクターデザインを務めたことで注目を集め、2003年に初監督作となる『TRAVA FIST PLANET』を発表。『アニマトリックス(ワールド・レコード)』や『REDLINE』の監督を経て、2014年から『LUPIN THE IIIRD』シリーズの監督を務めた。
作品情報


劇場版『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』
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  • 原作:モンキー・パンチ ©TMS