アニメファンにとって一番身近なエンターテインメント
「残念ながら、本日が千秋楽となります」
私事になりますが、2020年2月26日、通っていた推し作品の2.5次元舞台で、キャストから開催自粛による公演中止のお知らせがありました。その頃、ニュースでは「新型のウイルスが海外で猛威を振るっている」と報道されており、日本でも大規模のステージが延期になり始めていました。あと4日間も残しての終演。キャストもお客さんも悲しみでいっぱいでした。
衝撃は続きます。舞台の翌日には、新宿の映画館の上映スケジュールに大きな動きがありました。推し作品の応援上映に「応援上映(終)」と上映終了のマークがついたのです。嫌な予感がしてすぐに予約を取り、当日現地に行ってみると、公開から2カ月経った平日にもかかわらず一番大きいシアター(400席)は満席でした。客席からの応援の声はひときわ大きく、「これで最後かもしれない」という不安や「これまでの感謝を込めて精いっぱい応援しよう」という思いであふれた上映になりました。スタッフクレジットが流れたあと、客電(観客席側の照明)がついて映倫マークが出ている画面に向かって「監督ありがとうー!」と涙声で叫んでいる人もいました。たくさんの「ありがとう」の声を今もおぼえています。
いちオタクでもこれだけの感情が押し寄せているのですから、全国の「現場ロス」になった皆さんの悲しみはいかばかりか……。この巨大感情でコロナを滅することができたらどんなにいいか。
首都圏では2020年4月7日に発出された緊急事態宣言により、映画館が4月と5月の約2カ月間、休館することになりました。国内外の大作も軒並み上映延期になりました。あの『名探偵コナン』の劇場版がゴールデンウィークに上映されない! 最低限の買い物をする以外はずっと家に籠もっている生活のなかで、私が日々のしんどさを一番実感したのは「映画館に行けない」ことでした。
アニメファンである私にとって、映画館は一番身近なエンターテインメントです。ひとりで見に行っても、観客席にはお客さんがいて、同じ映像を一緒に見て、笑ったり、泣いたりする。シーンごとに気持ちを共有したり、同じ映像でも、自分が笑っているシーンで他の人が泣いていたりと、別々の反応が見られるところも趣深い。そして落ち込んでいるときでも映画館に行けば別世界に没頭できるので心が元気になる、そんな癒やしの空間でした。その映画館が4月、5月と休館に。ダメージは予想以上に大きいものでした。オタクにとって「別世界に行ける場所」という映画館の良さを改めて実感したのもそのときです。
6月第1週、ようやく映画館が営業再開! 応援上映でお世話になった映画館で、推し作品の再上映が始まりました。友人ともZoomの画面越しではなくリアルで久々に再会。観客席は1席ずつ空けた状態ですが、「映画館に人がいる」……この当たり前の日常が戻ってきたことにもう涙。いつもと変わらない推しの幸せそうな姿がスクリーンに映されると胸がいっぱいになりました。推しが尊いにとどまらず、「この作品を好きな仲間がいる」「同じシーンを一緒に見ている」。映画館ならではの気持ちの共有に大号泣でした。映画館の前には、公開時に掲載されていたポスターが一枚、再掲示されていました。それだけ新規作品が延期になっているということです。映画館の事情を察しつつ、「ここからまた再スタートを切るぞ!」というスタッフの意気込みを(勝手に)感じ、また涙。あのときの一枚のポスターには、確実に人を奮い立たせる力がありました。
劇場のスクリーンで再現される「花火大会」
実際にコロナ禍の映画館では何が起きていたのでしょうか。関西で人気の映画館「塚口サンサン劇場」映画営業部・戸村文彦(とむらふみひこ)さんにおうかがいしました。「塚口サンサン劇場」は、兵庫県にある創業1953年のミニシアターで、2013年に『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』での「マサラ上映」(紙吹雪やクラッカーありの参加型上映のこと)以来、企画上映を重視するようになったそうです。2016年の劇場版『ガールズ&パンツァー』で音響監督の岩浪美和(いわなみよしかず)さんを迎えた「塚口空気砲・サンサンセンシャラウンド重低音轟激上映」など独自の企画を編み出して、全国からアニメファンが集まる「聖地」的な映画館になりました。また、『プロメア』や、私が好きな『KING OF PRISM(略称キンプリ)』シリーズの応援上映といった、女性人気が高い作品の企画上映も手がけています。
マサラ上映で紙吹雪が舞うシアター/塚口サンサン劇場の外観(写真提供 塚口サンサン劇場)
コロナ禍による映画館の営業自粛でどのような変化があったのでしょうか。「兵庫県で休業要請が出たのは4月中旬でしたが、うちは全国から来るお客さんも多いので首都圏に合わせて4月7日から5月の終わりまで休館にしました。上映予定の作品も、企画もたくさんあったのですが、全部できなくなって辛かったですね」と、戸村さん。その代わりに「日々何かしら情報を更新する」ようにしたのだそうです。「この機会に、ブログで劇場の歴史を振り返るコラムを毎日更新することにしました。休館中も週一で劇場に行って、劇場前のポスターやお客さんへの応援メッセージを貼り替えたりしていました。街を通る人に見てもらえたらと」(戸村さん)。
6月1日にようやく劇場を再開。「朝から列を作っていただいて、オープンと同時に拍手をいただきました。でも、券売機が壊れて、お客さんが『塚口らしいわ』と笑ってくださった」。そんな地域密着型ならではの良さもあれば、ミニシアターが抱える難しさもあるそうです。「座席稼働率は30%。1席だけでなく2席空けて、できる限りの予防対策をしました。現在は、お客さんがじわじわ帰ってきてくれている状態です。でも、コロナ前の60%くらいでしょうか。うちを支えてきてくれたシニア世代の方が、外出に二の足を踏んでいるという状況もありますし、セカンド上映館なので大人気の作品もまだ公開できていないこともあり、まだまだ大変です」。苦労話をしつつも、「企画ものができるのは、作品を熟知した状態で上映できるセカンド館ならでは。個人の裁量も効くので、やりたいことは即実行に移せます。自粛のあとも、監督特集や京アニ特集、『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』の字幕版と吹き替え版を同時上映したり、うちの劇場オリジナルのグッズも販売を始めました」。
8月にはマサラ上映や応援上映ができなくなった代わりに「体験できる」独自企画「花火大会上映」が開催されました。「本来なら夏には大阪で天神祭(てんじんまつり)の花火が上がるのに、コロナで全部中止になってしまった。今年は天神さんの花火がなくてさびしいので、夜空の花火が見られないなら、映画館のスクリーンで見たらいいのではないかと思い、せっかくだから、なんちゃって夏祭りにしようとフロアにやぐらを組んで盆踊りの音楽を流しました。上映待ちの間に、浴衣を着たお客さんが距離を取りながら盆踊りをぐるぐる踊ってくださって。好評で良かったです」。
花火大会上映会のやぐらと参加者たち(写真提供 めばえさん)
花火大会上映に参加した応援上映のファンで関西在住のめばえさんも「塚口さんはサプライズ好きで、手作りの機械でシャボン玉を放出させたり、オリジナルの幕間映像を作って流してくれたりします。ファンを喜ばせるためにできることはなんでもやってくれる。面白い装飾をしている劇場はたくさんありますが、あの規模ならではの手作り感が逆に魅力なのと、笑いの方向に振り切っているのは塚口さんならではなんじゃないかと思います」とお客さんに愛される理由を語ってくれました。ちなみにめばえさんが一番面白かった塚口体験は、待合室に撮影スポットが用意されて、そこで撮影した写真を劇場あてに送信すると、編集されて自分たちが幕間映像としてスクリーンに映る……という仕掛けだったそうです。それは笑いの方向に振り切っていますね……!
応援上映禁止から、無発声応援上映へ
徐々に映画館は再開されましたが、発声を伴う「応援上映」はできなくなりました。これは私たち応援上映ファンにとって一大事でした。一方、映画館では、形を変えて続けようという動きが出てきました。それが「無発声応援上映」という、声を出さずにペンライトと手拍子をメインにする応援上映です。神奈川県・海老名市にある映画館さんも「発声NG応援上映」と題して「サイリウムOK、コスプレOK、手拍子OK」という形で長く開催してくれました。
このとき、私たちのまわりで流行したのが「手話」です。コールができないのなら、手で伝えよう。手話に詳しいファンが、コールのための手話をSNSを通じて共有、それを映画館の応援上映で披露したことによって、その感想がまた話題になり……という連鎖が起きました。「いつも推しにかけている言葉の手話を練習して臨みました。ほかにも、遠征した韓国の応援上映で聞いた『○○○○!』(推しの名前)コールを手拍子で再現しようとしたり、セリフ入りの推しマスクを作ったり、コールの言葉をうちわに貼って代弁させたりしました」(めばえさん)と、さまざまな工夫をされて参加したそうです。コロナでも新形態を編み出し続けるオタクの知恵はすごい……! さらに10月、東京・池袋の映画館では、太鼓とタンバリンを使った応援上映が行われました。キャラクターのセリフのあとに合いの手やコールを入れるのですが、客席から鳴り響くシャンシャンシャン! ドンドンドン!という音からお客さんの感情がダイレクトに伝わってきて、大変エモい状況を生み出しました。
発声NGの応援上映で使用されたタンバリンとクラッカーと太鼓(写真提供 渡辺由美子)
最後に、あらためて映画館の魅力を塚口サンサン劇場の戸村さんにおうかがいしました。「大きなスクリーンで、良い音響で見られるのも魅力ですが、不特定多数の人が暗闇のなか、同じ時間に同じものを見るのは、そこでしか生まれない感動がありますよね。ひとりが笑うと、みんなつられて笑ったりする。これってすごい経験だなと。自分では気がつかない感情や感受性を育んでくれるのが、映画館の魅力だと思います」(戸村さん)。みんなで一緒に同じ作品を見るという体験と、想いを共有できる場所。コロナ禍でも負けないオタク活動、映画館の魅力をお伝えしました!