物語をテンポよく転がすためにも、彼がいてくれてよかった
――絵コンテでシナリオにいなかったキャラクター(フランキー)を追加するのは、ちょっとした冒険ですね。
橘 絵コンテを提出するとき、他のスタッフのみんながなんというか、懸念はありました(笑)。でも、「フランキーをここで出したい」なんて事前に話したら止められてしまうと思ったので、だったらもういきなりやろう!と 。
――監督のフランキー愛がすごく伝わってきます。
橘 フランキー役のもりいくすおさんは、TVシリーズでも見事な「広川節」(声優の故・広川太一郎氏の独特なセリフまわし)を聞かせてくださったのですが、今回も素晴らしかったです。楽しい収録でした。何度もお仕事をお願いしたくなりますね。他の現場でも「もりいさん、いいですよ」と広めているんですよ、じつは。
――もりいさんの演技は、広川太一郎さんが吹き替えでやっていた映像と声をわざと若干ズラすような、飄々とした声のニュアンスの再現が絶妙でした。あの台本上のセリフとアドリブの塩梅は、どうコントロールしているんですか?
橘 今回に関しては、ほとんどもりいさんが芝居を作ってきてくださいました。フランキーを最初に収録したのはTVシリーズの第7話(case18)だったのですが、そのときはセリフの語尾や口調を広川さん風にアレンジしていただいて、それ以外のアドリブを入れてもらうことはなかったんです。そのあとに収録した第8話(case16)では「(キャラクターが画面の中で)しゃべっていないところを埋めてください」とお願いして、好きに演じていただきました。そうお願いしたときの、広川節の引き出しはもりいさんの中にたくさんあるので、そこから出していただきましたね。
――TVシリーズからの信頼関係があって、あのノリができあがっているんですね。
橘 絵コンテでいきなり登場させたわけですけど、結果的にはあのシーンで中心になるキャラクターの気持ちや行動の変化を描くうえでも、フランキーがうまく機能したなと感じています。テンポよく物語を転がすために、いてくれて良かったです。
――続くクライマックスの船上戦でのアクションも、今作ならではの特別感があるシーンでした。
橘 ケイバーライト爆弾を使うシチュエーションを船上式典に決めたあとで、爆弾をどこに隠すか、どこに探しにいこうかを考えていきました。そこで19世紀の汽船のボイラー室やエンジンルームをアニメで描けたら楽しいだろうなと思ったんです。これもイグアノドンと同じで、僕の趣味ですけどね(笑)。『タイタニック』の冒頭でジェームズ・キャメロン監督はエンジンルームで石炭を詰めている労働者を描いていましたが、きっと同じ気持ちだったんじゃないかと思います。巨大なエンジンやシリンダーが動いているのは、それだけで魅力的なんですよね。
――アクションのなかでアンジェの持つCボールも効果的に使われて、明るく、ケレン味のある作品という印象を受けるのは、あのシーンの力も大きいと思いました。
橘 第1章は「大事な人を失ってしまう」という喪失感で締めるお話だったので、どうしても印象が暗くなってしまいました。第2章は爆弾の事件についてはキレイにオチがつきましたからね。
絵コンテでキャラクターが膨らむ、そういう瞬間が面白い
――そうした流れのなかで、アーカム公(リチャード)が豹変するラストシーンは凄みがありました。一見柔和な人物が一気に豹変する、あのようなタイプの人物を描いてみたい気持ちは、以前から持っていたのでしょうか?
橘 じつは最初は、あそこまで豹変するタイプにしようとは考えていなかったんです。それもあって第2章を完成させた今でも、アーカム公は難しいキャラだと思っています。この人がどういう人生を歩んできて、あのような性格になってしまったのかなど、ストーリーの中で性格を説明してはいるのですが、キャラクターのバックボーンは僕が膨らませて考えないといけないので、今はまだそれを固めている段階です。もちろん、キャラクターの幹のようなものはある程度できているのですが。
――シナリオを経て、黒星紅白さんのキャラクター原案ができてからも、そこからどんどんキャラクターが掘り下げられていくんですね。
橘 物語って、すごく尖っている人物が出てくると「この人は次に何をやらかすんだろう?」とワクワクしながら読み進められますよね。でも、そうやって早く先が知りたくてどんどん読み進めているときは気にならなくても、あとから冷静に考えてみると「ところでこの人はなんでこんなことをしたんだろう?」とわからなくなってしまうときがある。さらに芝居の問題もあります。その人物が何かを見たときの反応や仕草は、それまでの生活習慣やクセで変わってくる。だから観客に「この人は素行が悪いんだな」「この人は育ちが良いんだな」といったことを芝居ににじませて、伝わるように描かないといけない。この部分はシナリオには書けないものなので、絵コンテや、レイアウトから先の画作りの段階で広げていく必要があります。そのときに単に「物語が面白くなるから」という理由だけでキャラクターに尖ったことをさせていると、そのキャラクターは物語主導で動かされている印象が出てしまう。言い換えるなら、キャラクターをそこに生きている人物として描けなくなってしまうんです。
――興味深いです。たとえば、具体的にはどんなことを考えていくのでしょう?
橘 アーカム公が新大陸で総督を務めていたのはノルマンディー公に命令されたからだけれども、本人はその扱いを納得していたのか。いったい、新大陸で何があったのか。そして、逆にノルマンディー公はアーカム公をどう思っていたのか。シナリオではこれらのことは触れないけれども、芝居を描くうえでは、そうした過去にあったはずの何かを掘り下げていくことが必要です。こうしたことをひとつひとつ考えていくと、わりと複雑になってしまうのですが、でもそうしないと芝居に疑問が湧いて、絵コンテの手が止まってしまうんです。だからその都度、キャラクターたちの過去を考えて、考えをまとめないといけない。
――時間や手間はかかるけれども、結果的にはそのほうが早そうですね。しかし、そうした過程を踏むと、シナリオに書かれている要素に変化はないのですか?
橘 シナリオからセリフが増減することも、もちろんあります。絵コンテを進めながら、キャラクターをプロファイリングしているようなイメージです。昔、宮崎駿さんの『崖の上のポニョ』のメイキング映像を見ました。宮崎さんが映画制作を進めていきながら「宗介(『ポニョ』の主人公)はこんな子だったんだ……」とつぶやく場面があるんです。それに近いのかもしれません。絵コンテで描いているうちにキャラクターが膨らむ、そういう瞬間がアニメを作っていて面白い。ある意味で、お客さんと同じような気持ちで、新鮮に楽しみながらキャラクターを描いているんです。
次章で起きる「大ごと」の動きは第2章で始まっている
――この作品の細やかな感情表現の謎が、少し解けたような気がします。第2章では、メアリーがプリンセスの何気ないひと言に過剰反応して震え出す場面も印象的でした。トラウマを負っている人物の反応の仕方として、真に迫るものがあって。
橘 あの時点のメアリーは、TVシリーズの第9話(case20)で描かれた過去のアンジェに近い状態なんです。もともと、すごく内向的な子ですしね。
――あのシーンがあることで、後のパーティーのシーンでプリンセスに気を許している様子が、ギャップもあってよりかわいらしく映りました。
橘 そうした緩急の付け方には気を配っています。第3章ではメアリーを中心に大ごとになりますので、そこでさらに彼女の抱えたものをわかっていただけるかと思います。作品の世界で生きている人たちの裏にあるドラマを感じてもらえたらありがたいですね。王宮内でのアーカム公やメアリー、プリンセスの絡みなど、じつは次の章の動きが第2章の時点でもう始まっているんですよ。あまりこちらからヒントを出しすぎてしまうと色眼鏡で見られてしまうので止めておきますが、描かれたものから情報を受け取って、いろいろと考察していただけるとうれしいです。
――読者サービスとして少しだけヒントをいただけませんか?
橘 そうですね……ひとつだけお伝えするなら、いよいよ次章から『Crown Handler』というタイトルの意味がわかり始めます……といったところでしょうか。その事態のなかで、プリンセスたちがこれからどう行動し、どうなっていくのか。楽しみにお待ちいただければ幸いです。
- 橘正紀
- たちばなまさき 1976年生まれ。千葉県出身。アニメーション監督。東映アニメーションにて演出助手を務めたのち、フリーに。主な監督作に『東京マグニチュード8.0』『ばらかもん』『ファンタシースターオンライン2 エピソード・オラクル』など。2022年には劇場映画『ブルーサーマル』が公開予定。