TOPICS 2023.05.26 │ 12:01

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第11回(前編)

第11回 古谷徹(アムロ・レイ)×潘めぐみ(セイラ・マス)

自分の意志とは裏腹に最前線へと駆り出されるアムロ・レイ。それを陰ながら支え、鼓舞し続けたのがセイラ・マスという女性である。ジオンの忘れ形見であり、シャアの妹という出自がありながらもアムロとは深い縁を感じさせるセイラを演じることになった潘めぐみさんと、役を引き継ぐ難しさについて語ってもらった。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

じつはララァ・スンのオーディションも受けました

セイラ・マス(アルテイシア・ソム・ダイクン)といえば井上瑤(いのうえよう)さんが長らく演じてきた名キャラクターである。井上さんが2003年に亡くなったあと、しばらくはその役を継ぐ者はいなかったのだが、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN(以下、THE ORIGIN)』(2015年)において潘めぐみさんが抜擢された。ファンに長く愛され、しかも名優の演技が定着している役を引き継ぐということには、どんな苦労があるのだろうか。

古谷 セイラというかアルテイシアの役は『THE ORIGIN』からだよね。アルテイシアは幼少期から登場するけど、何歳の設定だったの?
 明確な年齢についての指示はなかったように思いますが、私の中では3~4歳というイメージで演じていました。ですから3歳くらいから16~17歳までのセイラを演じたことになります。
古谷 幅広い年齢の役柄をよくひとりで演じたと思うな。だって幼少期のシャア(キャスバル・レム・ダイクン)は、池田秀一さんじゃなくて田中真弓さんだったわけだから。
 そうですね。とても贅沢な配役だなと思いますけど(笑)。
古谷 でも、「真弓なの?」とはちょっと思ったけどね(笑)。田中真弓さんから池田さんというのも声変わりが激しいなって。それはさておき、めぐみちゃんはセイラ役のオーディションを受けていたの?
 はい。じつはセイラとララァ・スンのオーディションを受けていました。
古谷 え、やっぱり!
 そうなんです(笑)。

――ララァも少女時代が描かれていますね。
 オーディションの段階ではアルテイシア、セイラ、ララァの三役を受けていまして、声優さんもそれぞれ分けるかもしれないとのことでしたね。
古谷 そりゃそうだよね。アルテイシアは幼すぎるし、セイラの頃はもうアムロより年上だもん。でも、めぐみちゃんが参加するって聞いたときに、僕は「ララァ、だよな?」って思ったんですよ。セイラ役だと聞いて意外だったんだけど、よく考えたらララァはお母さん(潘恵子さん)が演じればいいんだものね(笑)。潘恵子さんはまだまだ声も出せるし、説得すれば、少女時代のララァも演じてくれるでしょう。でも、セイラはそういうわけにはいかないから。

©創通・サンライズ

井上さんのセイラから逆算したアルテイシアの役づくり

――セイラは井上瑤さんの印象がとくに強いですが、幼少期のアルテイシアはまた少し違うキャラクターのようにも思えます。潘さんはどのようにアルテイシア役を捉えていたのでしょうか?
 到達地点(オリジナル)が井上さんの演じられたセイラなので、そこから遡(さかのぼ)っていって、どういう幼少期だったのか、そして幼少期から大きく変わるきっかけになった出来事なども含めて、自分なりの想像と原作に描かれていることを踏まえながら役を作っていきました。声帯も、感性も感覚も違う別の人間ですから、井上さんを模倣するのはとても難しいですし、私が井上さんになるのは不可能なことなので。それでも皆さんが愛してきたセイラ・マスという存在を守っていきたいという気持ちが私の中にありましたので、当時の作品などもすべて拝見した上で、セイラという役に挑みました。
古谷 お母さんの代表作でもあるわけだから、それこそ小さいときから見ていた作品でもあったんだろうね。
 そうなんです。小さい頃から常に傍らにあった作品なんですよね。それと、すごくおぼえている出来事があるんです。当時の私は3歳くらいだったと思うんですけど、渋谷の東急東横のデパートがまだあった時代に、そこで井上さんにお会いしているんです。
古谷 同じ仕事のあとじゃなくて、偶然ってこと?
 はい。母と街を歩いていたら「潘ちゃーん!」って声をかけられて。振り返ったら瑤さんがいらっしゃったんです。私と同じ目線になるようにしゃがんでくださって「潘ちゃんの娘さんなんだ~」って笑いかけてくださったのをよくおぼえています。ですから、作品を拝見していたのもありますが、私の中では「セイラさん=井上瑤さん」という印象がとても強くあるんですね。
古谷 そんなことがあったんだね。
 子供に対する目線というのか、優しいところは本当にセイラさんのイメージのままなんです。私が井上瑤さんにお会いしたのはそれが最初で最後でしたが、とても強く印象に残っています。あと井上さんは料理がとてもお上手で、スパゲッティと美味しいタラコをレシピと一緒に送ってくださったことがあって。「これでタラモパスタを作って」と手紙に書かれていましたね。
古谷 そうなんだ。たしかに瑤ちゃんはホワイトベースの仲間意識というか、連帯感のようなものを強く持っていたかもしれないね。皆に手作りの料理をふるまってくれたのは僕もよくおぼえています。

©創通・サンライズ

――それはジオン側というかシャアには……?
古谷 それはどうだろうね(笑)。直接聞いたことはないからわからないけど、共演する機会の多い方たちには同じようにしていたんじゃないかな。
 ジオン側のうちの母にも送ってくださったくらいですから、シャア大佐にもきっと作ってくださっていたと思います(笑)。当時、共演されていた方々から、井上さんはパーフェクトウーマンだったとうかがったのですが、自分のことだけでなく他の方の分もチェックしたり、教えられていたという話も聞いたことがあります。
古谷 たしかにそうでしたね。キャリアも長かったし、女優だけでなくライター(放送作家)でもあったから。たしか『クイズダービー』(1976~1992年)の問題を作ったり、タレントとして朝の番組に出演したり、本当に多才な方だったんですよ。そういう才能にあふれたところが、セイラっぽさにも表れていたんじゃないかなと思いますね。