劇場版三部作での戸惑いと決意
――劇場版三部作では作画も音声も一新されています。一部の声優さんも変更になっていますが、何か影響はありましたか?
古谷 とにかくTVシリーズが終わったときに、僕の中では手ごたえがあった、やりきったというか「ああ、これで戦争が終わってアムロたちは平和に暮らせるんだ」という思いが強かったんです。星飛雄馬という殻を抜け出したいという思いで演じたアムロ・レイですから、それをやり遂げたんだという思いがなにより強かった。なので、次は劇場版をやるというのは、僕にとってはとても辛いことだったんです。正直に言えば、やりたくなかった。TVシリーズのときと違って物語の内容も全部わかっているから、気持ちもリセットしなければならないわけです。やり残していることがあるんだったら、また演じるチャンスができてうれしいという気持ちもあったでしょうが、僕にとってはそうではなかったから、正直どうしようと思っていた。まだ自分の中の記憶も新しいから、なぞってしまうのではないかという心配もありました。もう一度、白紙の状態に戻して新鮮にそのシーンのセリフを言わなければならないけれど、それが自分にできるのかという不安があったんです。それと、二作目から音響監督が松浦典良さんから浦上靖夫さんへと変更されたことに僕たち声優陣が憤慨して、制作サイドと揉めたこともありました。そういうこともあって、余計につらかった。松浦さんのおかげで自分がアムロを演じることができたと思ったわけですから、その環境がなくなるのは考えられなかったけれど、それこそ松浦さんから説得されたんですよね。そういう事情もあって、二作目となる『機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編』からは収録環境そのものが一新されたため、演じ直す苦労よりも、新しい音響監督との関係性を構築し直すところから始めたことの苦労のほうが多かったかもしれません。でも、一作目が公開されて大ヒットしている以上、三部作すべてを演じきるべきだという考えもあったし、もうこの時点でアムロ・レイに対する僕の愛着もかなり深かったんです。それこそ「僕がいちばんアムロをうまく演じられるんだ」じゃないですけど(笑)、そういう自負が芽生えていたと思います。演技としてはTVシリーズでの芝居をひとつひとつ思い出して、それを新鮮な気持ちで演じるというやり方をしていました。とくに劇場版は安彦良和さんによる作画が印象的でしたから、そのビジュアルから受けるイメージのまま気持ちよく演じることができたという印象ですね。
――劇場版では、アムロの母(カマリア・レイ)の声が倍賞千恵子さんになっていますね。
古谷 声優さんが変わったことで演じにくいということはなかったのですが、倍賞さんってカマリアに似ているところがあるじゃないですか(笑)。ビジュアル的にも違和感のないキャスティングだったし、倍賞さん自身とてもハートで芝居をされる女優さんですから、僕も自分の演技を引き出された気がします。
――15歳のアムロ・レイの演じかたについて、何かコツはありますか?
古谷 コツというのはよくわからないけれど(笑)、自分では意識していなかった部分として言葉がなかなか出にくいというか、そういう気持ちで演じたところはありました。「たどたどしい」というか、饒舌なキャラクターではないんです。吃音とかどもりにも似ているけれど、そこまでのたどたどしさではないというか……言葉を選んでいるというよりは出てこないという感じです。この時代のアムロならではのしゃべり方としては、そういう特徴があると思います。『機動戦士Ζガンダム』や『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のアムロにはない特徴で、それがナイーブで潔癖症な少年時代のアムロを演じるコツと言えるかもしれませんね。もう完全に染み付いてしまっているから、具体的にどうやっているというのは説明できないんですが、15歳という部分には注意しています。語彙の少なさとか、緊張すると言葉が出てこないというような幼さは意識して演じていると思います。今の現実世界における15歳の少年たちと比較しても、アムロは幼い印象を受けるキャラクターだろうと感じます。あとはそうだな……声はかなり高めで、声の抑揚は強めに出しているとか、そういったところでしょうかね。
『ククルス・ドアンの島』のアムロ・レイ
――『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(2022年6月公開)で、15歳当時のアムロ・レイが新作映像として帰ってきます。久々のアムロの演技はいかがでしたか?
古谷 これまでのアムロ・レイというよりは、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の延長線上のアムロですよね。だから『ククルス・ドアンの島』は、ストーリーはTVシリーズと似通っていても違う作品として捉えています。TVシリーズの第15話「ククルス・ドアンの島」を見ると、アムロは必死で緊張感を持ち続けている印象を受けますが、今回の映画ではもっと柔軟性があるというか、環境変化への適応も早い。それこそサイド7で暮らしていた頃を彷彿とさせる少し幼い印象があるように感じます。戦闘もあるけどそれよりも日常生活の部分が多く描かれていて、ドアンは敵兵なんだけれどどこか理想の父親像というか、頼れる強くて優しい大人の男なんですよね。幼さを残すアムロとの対比として、ドアンの存在が描かれている点が面白いですね。
――安彦監督からは何か説明や指示はありましたか?
古谷 演技などについてとくにはないんですが、時系列がTVシリーズや劇場版とは違っているという説明は受けました。ジャブローのあとで、これからベルファストへ向かうところだとか、ミハルにはまだ出会っていないとか。それと実際にククルス・ドアンの島を特定したみたいですから、その位置関係もあっての時系列の変更なんでしょう。アムロの演技そのものは信頼していただいて、自分のやりたいようにやらせていただきました。それと今回のアフレコは僕ひとりでやったので、他の方の演技を目の前で見ているわけではないんです。現在の収録環境ではスタジオに3人までしか入れないという制約があるので、そういう収録方式が多いのですが、そもそもドアンの配役が決まる前の収録でしたから(笑)。厳密に言うと午前中が古川登志夫さんで、同じ日の午後に入れ替わりで僕が収録したというスケジュールです。だから、ひとりでの収録でしたし、古川さんを含めて他の声優さんの声も聞いていない状態でした。
――会話シーンでも相手がいない状態で収録するんですか?
古谷 そうです。俳優さんが当てる場合はダミーの声を流すこともありますが、僕たちの場合はそういうものはないですね。でも、『ガンダム』の場合はそういう部分は楽なんですよ。『ククルス・ドアンの島』にしても同じキャストメンバーで『THE ORIGIN』をやっているわけですから、絵を見ればどういう声がするか想像できるでしょう。それに安彦さんが渾身の思いを込めて描いてくださっているので、それぞれのキャラクターが画面の中で表情豊かに演技しているんですよ。だからこっちも迷わないで演技ができる。この表情だったらこういう風にしゃべろうと想像がつくほどなんです。もちろん、事前に脚本や映像をもらって念入りにチェックして自分なりに声も出して、このアムロだったら行けるだろうという確信のもとにスタジオに入っていますから、それを安彦監督や制作陣にぶつけたところ受け入れてもらえたということですね。
――敵パイロットに対するアムロの行動に違和感をおぼえたのですが、古谷さんはどう感じましたか?
古谷 あれはね……僕もショックでしたよ。アムロにそういうことをやらせてほしくはなかったですけれど、それだけ戦争は悲惨で人を変えるんだろうとも思ったし、それに至るまでのドアンや子供たちとの絆の深さを考えさせられますよね。そうまでしてでも守りたいんだと強く思ったからこその行動なんだと。あの敵パイロットを見逃したら、それこそザクに乗られてしまって戦闘が拡大するかもしれない。あの場にいたマルコスが逆に踏みつぶされてしまうかもしれない。そういうことを考えての描写なのかなとも考えましたが、あのシーンは何度か本番をやり直しました。僕もちょっと思いきれなかったところがあって。衝撃的なシーンであることは間違いないですよね。
- 古谷 徹
- ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
- 第3回予告
- 最新作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』でも変わらぬ活躍を見せたカイ・シデン。それを演じる古川登志夫氏との特別対談がついに実現! 40年以上も古谷徹の演技を間近で見てきた古川氏ならではの視点から、アムロ・レイの魅力とその演技の変化について聞く。