TOPICS 2023.02.28 │ 16:16

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第9回(前編)

第9回 古谷徹(アムロ・レイ)×川村万梨阿(ベルトーチカ・イルマ/クェス・パラヤ)

第一線から退いたアムロ・レイの心に、再び火をつけるきっかけとなった女性がベルトーチカ・イルマである。その物怖じしない言動と一途な性格から、古谷徹は「僕の好みではない」としていたキャラクターだが、それを演じた川村万梨阿さんはどのようにベルトーチカとアムロに向き合っていたのだろうか。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

憧れのスターを目前にしたら舞い上がってしまう

古谷 その前に出演した作品ではどういう役柄だったんですか?
川村 『聖戦士ダンバイン』では主人公に寄りそう妖精(※チャム・ファウ)で、『重戦機エルガイム』では気の強い女性軍人(※ガウ・ハ・レッシィ)と妖精(※リリス・ファウ)の二役をやらせていただきました。
古谷 やっぱり気が強いんだ(笑)。
川村 そうなんですよ。でも、等身大の役を演じたのはベルトーチカが最初でしたから、むしろそのほうが難しいんだというのを実感しました。私は当時23歳でベルトーチカとほぼ同じ年齢だったので、ああいう思い込みの強い女の子は現実にいるという実感もあったんです。だから、伝説の憧れの人が目の前にいたら舞い上がってしまうのは理解できました。不遇な扱いを受けているアムロを目の前にしたときに、ベルトーチカの思い込みと正義感が爆発したんじゃないかなと思ったんです。「この人は真ん中で輝いているはずなのにィ~!」という思いが空回りをしてしまっているような女の子なのかな、というのがベルトーチカというキャラクターへの私の理解でした。

©創通・サンライズ

古谷 当時からそういう解釈で、自分が共感できるところを見つけながら演じていたということ?
川村 そうだったんですが、当時の私の技術がそれに追いついていたかどうかは、また別の話ということになるんですが(笑)。気持ちだけはそういうつもりだったんですね。
古谷 それは富野監督に指示されたこともあったの?
川村 それはありませんでした。富野監督は新しいキャラクターの人たちを指導するのに手いっぱいで「あなたとはもう付き合いも長いから、思った通りにやりなさい」と。
古谷 あ、そうだったんだね。デビュー作も富野監督の作品だったということだけど、それはどういうきっかけで出演することになったの?
川村 富野監督に初めてお会いしたのは、雑誌の取材をお手伝いするアルバイトをしていたときなんです。記者側として取材現場にいたのですが、そのときの私の声をおぼえていただいていて、さらに私がプロダクションに所属していたということもあってオーディションにお声がけいただいたのがきっかけですね。
古谷 取材のときにそんなことまでおぼえているなんて、よほど印象に残ったということだよね。
川村 よっぽどテンションが高かったんですかね……(笑)。なので、演技については飛田さんに相談していました。当時は同じ事務所(※アーツビジョン)でしたし、年齢も近かったので「このエキセントリックさをどう演技すればいいの?」とか話し合っていましたね。ベルトーチカはアムロに対していきなり石鹸の香りの話題から入るという話をしたら「僕なんかいきなり殴ったりしているからね」と言われて、ああそれは大変だなと(笑)。

©創通・サンライズ

古谷 その石鹸の話題って何だっけ?
川村 アムロと初めて会って、最初のセリフが「ヘレン・ヘレンでしょ、私の好きな石鹸」なんです。だから「いきなり人の匂いを嗅いでその話題ですか、ベルトーチカさん!?」と思いました(笑)。ただ、憧れのスターが突然目の前に現れて、舞い上がっちゃっているんだろうなというのが私なりの解釈で、できていたかどうかはともかくそういう気持ちで演じていました。

ここで語られるアムロとベルトーチカの出会いのシーンは、TVシリーズ第15話「カツの出撃」での1コマである。ベルトーチカは、伝説のニュータイプと呼ばれる人物はもっと好戦的なタイプかと思っていたと語る。そして、アムロはむしろ普通っぽい人で安心したとも。つまり、アムロ・レイという人物について知識があるということであり、彼女がこれまで接してきた軍関係者やエゥーゴ、カラバの男たちとは違うタイプだったことがベルトーチカの関心を引いたということなのだろう。対照的にクワトロ(シャア)に対しては怯えた様子を見せており、ベルトーチカは攻撃的な人物を本能的に忌避しているのかもしれない。

ベルトーチカと同じように気負いが空回りしていた

古谷 こんなことを言うのは本当に失礼なんだけど、富野監督の好みでキャスティングされたんだろうと思っていたんだよね。だから富野監督から信頼されていて、演技に関する指示がなかったというのは意外だったし、役作りをそこまで考えていたというのはすごいことだと思います。
川村 そう思われているだろうなとは感じていたので(笑)、そこは何とか跳ね返していかなければ、と思っていたんです。ベルトーチカは指名で役をいただけましたが、その前の2作品はオーディションを経て勝ち取ったんだぞ、というか。ちゃんと自分の演技を見せなければという思いがありました。その気負いが空回りしていたので、私もベルトーチカと同じだったのかもしれません。それこそ『聖戦士ダンバイン』や『重戦機エルガイム』の現場は新人ばかりでしたから、皆で切磋琢磨していくという雰囲気もありました。でも、『機動戦士Ζガンダム』では、それこそ伝説のキャスト陣の中にいきなり放り込まれてしまったわけですから、ここでちゃんと自分の演技を見せられないと同じ土俵に上がれないと感じていました。むしろ「自分も皆さんと同じ土俵に上がっていい人間でなければ」という気持ちが空回りしていたということなのかもしれませんね。
古谷 でも、『重戦機エルガイム』で強い女性キャラクターを演じられていたからこそ、富野監督はベルトーチカを任せてもいいと判断したんだろうね。
川村 そのガウ・ハ・レッシィというキャラクターはロボットに乗って主人公と一緒に戦うんですが、ベルトーチカはそういうキャラクターではなかったので、時代背景や他の人物たちを浮かび上がらせる立ち位置なんだろうな、という気持ちはありました。ちょっとエキセントリックな女の子がアムロや他の皆さんと関わることで、その人たちを浮き彫りにするというか。

――ベルトーチカの出番がどれくらいあるかという情報は事前に聞いていたのですか?
川村 何も聞いていなかったですね。
古谷 事前に知らされていないの?
川村 はい。だからどんなストーリー展開なのかもわからなくて、本当に探り探りという感じでした。
古谷 それはやりにくいよね(笑)。endmark

古谷徹
ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
川村万梨阿
かわむらまりあ 11月21日、東京都生まれ。アニメ雑誌の編集アルバイトで富野由悠季氏に取材したことをきっかけに、『聖戦士ダンバイン』のチャム・ファウ役で声優デビュー。以降も『重戦機エルガイム』(ガウ・ハ・レッシィ/リリス・ファウ)や『機動戦士Ζガンダム』(ベルトーチカ・イルマ)と立て続けに富野監督作品に出演、劇場作品『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ではクェス・パラヤ役を演じる。