クェスがハサウェイを拒絶した理由
――ハサウェイに対して、クェスはどう思っていたのでしょうか?
古谷 クェスよりもハサウェイのほうが追いかけている感じだったよね。
川村 出会ったばかりで友情も芽生えるかどうかという短い時間しか一緒にいられなかったので、恋へと発展する暇もなかったのがハサウェイとクェスですよね。でも、自分のことを見てくれているというのはわかっていたと思います。最後の戦闘シーンでも、ハサウェイは心理的にも物理的にもクェスの心に入ってこようとしますよね。ロボットのコックピットをこじ開けてでも接触してくれようとするハサウェイの行動は、クェスにとってはそんなことをされた経験がないので激しく動揺してしまったのだと思います。だから「子供は嫌いだ、図々しいから」というセリフなんでしょうけど……もう少しソフトな言い方があったんじゃないかなとは思いますよね(笑)。クェスの気持ちとしては「私にはまだ心の準備ができていないよ、土足で入ってこないでよ」というつもりだと思いますが、それを表す言葉が強すぎて、若い世代の観客の皆さんには言葉通りのイメージで伝わってしまうんだろうなとは感じていました。
古谷 たしかに「そういう自分だって子供だろう」とは感じてしまうだろうね。
川村 当時からそういう感想はたくさんいただきましたし、私としても「まあそうだよね」とは思います。強引すぎるハサウェイの行動に動揺して暴言を吐くんですが、もし、あのときチェーンのミサイル(※腰部グレネードランチャー)が狙っていなかったら、クェスは心を開いていたと思うんです。ハサウェイのもとに残れなかったのは、彼の家庭環境との差もひとつの要因だったと思うので、自分とは住む世界が違うという認識がクェスの中にあったのかもしれません。
©創通・サンライズ
――一方、富野監督がストーリーを手がけた短編OVA『GUNDAM EVOLVE 5』ではハサウェイが攻撃を受けてしまう描写がありますが、クェスがハサウェイを攻撃する可能性についてはどうお考えでしょう?
川村 川村が考えるクェスとしては「撃つわけない!」です。『GUNDAM EVOLVE 5』の台本を最初に見たときはびっくりして「クェスがハサウェイを撃つわけがないじゃなーい!!」みたいな。家で荒れてたんですけど(笑)。撃たない理由はさっきも言った通りで、ハサウェイを受け入れる時間がなかっただけなんですよね。それで思い出したんですが、富野監督に聞いたことがあるんです。「クェスは光にならないの?」という質問だったんですが、監督は一瞬ウッと詰まってから「…ゴメン」って言ったんですよ~(笑)。
古谷 え、どういうこと? 光になる?
川村 『逆襲のシャア』のラストシーンで、みんなはサイコ・フレームに共振して光になっているのに、クェスはそこにはいないという気がしたんです。
古谷 それは光にならないというより、監督が忘れてたんじゃないの?
川村 ええええっ!? そういうことですかね(笑)。
古谷 そんな気がするなあ。わからないけど(笑)。
川村 そういうことであってほしいですけど、クェスはハサウェイの側にいてほしいと個人的に願っているんですよね。
クェスのことは保護猫を預かったような気持ち
――古谷さんにとって川村さんといえばベルトーチカとクェス、どちらの印象が強いですか?
古谷 やっぱりベルトーチカですよね。アムロにとっては恋人だから。クェスは年齢差がありすぎてアムロにとっては子供にすぎないし、戦闘の中でも「邪鬼」と呼んで相手にしていないくらいだったから。でも、クェスの声は万梨阿ちゃんじゃないとダメだと感じるのは、やっぱり難しい役柄だというのがあると思う。これを『機動戦士Ζガンダム』からたった3年後にやっているというのはすごいなと思います。
川村 クェスという悲しい少女は私がずっと保護するからという感覚もあって、保護猫を預かったような気持ちでいるんですよね。私の中ではベルトーチカもクェスも印象に残っているキャラクターで、それに優劣をつけるようなことはないです。『機動戦士ガンダムUC』でのベルトーチカはアムロを失った世界線でのキャラクターとして捉えていますし、それぞれ別のものという認識でアプローチしている感じですね。
――川村さんにとってベルトーチカを演じるコツはありますか? また、クェスとの演技の違いについても教えていただけますか?
川村 コツ……というものはないんです(笑)。こうしたらベルトーチカになるという明確なものはないんですが、イメージで言うと日本人離れした感覚ですね。フランス娘の小悪魔感というお話をしましたが、そういう印象を出せるように演じるということです。クェスは13歳のギリギリの精神状態で短い生を駆け抜けていくという、ヒリヒリした感覚を表現するために口調などを余裕のない感じで演じています。実際に余裕がなかったんですけど(笑)。あとはクェスのほうが声も高いのですが、ギリギリの精神状態というのを表現するのにもそうしていたように思います。正直、当時はそういうことを考えて演じる余裕もなかったので、13歳という年齢や精神的に追い詰められている状態を演じるのに精いっぱいだったという感じでしょうか。
古谷 かなりセンシティブなんだよね、クェスは。だから高い声になって周囲を威嚇したり、自分の我を通そうとしているのかもしれない。セリフのテンポもかなり速いよね。
川村 タイミングもシビアでしたし、とにかく映像の流れが早いのでこのセリフはもう少し歌い上げるようにしたいと思っても、カットが短いから叫ぶだけで終わってしまうということもありましたね。
古谷 それも監督の狙いなんだろうね。その切迫した空気が映画の中に緊張感を生んでいるのかもしれない。
川村 最後の「どきなさい、ハサウェイ」というセリフも、もう少しタメを入れて演じたかったんですが、途切れ気味の叫ぶようなセリフのほうが戦場のリアリティがあるのかなとは思いましたね。
- 古谷徹
- ふるやとおる 7月31日、神奈川県生まれ。幼少期から子役として芸能活動に参加し、中学生時代に『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の声を演じたことから声優への道を歩み始める。1979年放送開始された『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイをはじめ、『ワンピース』『聖闘士星矢』『美少女戦士セーラームーン』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』など大ヒット作品に出演。ヒーローキャラクターを演じる代名詞的な声優として現在も活動中。
- 川村万梨阿
- かわむらまりあ 11月21日、東京都生まれ。アニメ雑誌の編集アルバイトで富野由悠季氏に取材したことをきっかけに、『聖戦士ダンバイン』のチャム・ファウ役で声優デビュー。以降も『重戦機エルガイム』(ガウ・ハ・レッシィ/リリス・ファウ)や『機動戦士Ζガンダム』(ベルトーチカ・イルマ)と立て続けに富野監督作品に出演、劇場作品『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ではクェス・パラヤ役を演じる。