いち読者として「アニメ化したい」と思っていた
――出合監督はアニメ化の話をもらう前から原作を読んでいたそうですね。読者として、最初はどんな印象を持ちましたか?
出合 まず、美津未のキャラクターに惹かれました。今までになかったバランスのキャラクターですよね。美津未も他のキャラクターも、彼らの内面を見ていくにつれて「最初に思っていたのと違う」という風に印象がガラッと変わる。そこがおそらくこの作品の根幹のテーマなんだと思いますが、そういうことが嫌味なく丁寧に描かれていて、そこに新しさを感じました。
――原作を手に取るきっかけはどんなものでしたか?
出合 もともと高松(美咲)先生の前作『カナリアたちの舟』を読んでいたんです。こちらはけっこう暗めでどっしりしたお話。『スキップとローファー』を見かけて「高松先生が新作を出したんだ、読んでみよう」と手に取ったら、前作とは雰囲気がかなり違っていて。その意外さも面白く感じたところでした。
――そんな原作のアニメ化のお話があった際、どんなことを感じましたか?
出合 仕事柄、プライベートで作品を読んでいるときも「こういう原作のアニメに関わりたいな」「アニメにしたらどんな感じの作品になるかな」と考えてしまうんですよ。私はどちらかというと、キャラクターの心情を見せる作品のほうが好きですし、オリジナル、原作ものを問わず、人が描けるような作品に関わりたいという思いがあります。そういった意味でも、『スキップとローファー』は読みながら「やってみたいな」と思っていた作品でした。なので、プロデューサーからアニメ化と監督の話を聞いたときは「本当にこの作品ですか!」とたしかめてしまいました(笑)。
――人が描ける作品……まさに本作ですね!
出合 ただ、そういった作品は商業的に難しい傾向もあって、業界的に企画として上がりづらいんですね。だからこそ、『スキップとローファー』の企画が動いたことはなかなかない機会だと思いましたし、そんな作品を担当できることがうれしかったです。
――どんなことを大事にして作品を作り上げていったのでしょうか?
出合 『スキップとローファー』は、心の機微がとても大事な作品。まず第一に、その繊細さを大切にしたいと思っていました。人と人がちょっとずつ近づいていく距離感をどう映像で表現できるのか。また、高松先生からいただいていた「あくまでもコメディであるところを外さないでほしい」というリクエストも意識していましたね。
黒沢さんと美津未はシンクロしている部分があったと思う
――続いてキャラクターの話を聞いていきます。美津未はいわゆるアニメ的な美少女ではないですが、見れば見るほどかわいくなってくるキャラクターです。
出合 美津未が「美少女ではない」というのは制作スタッフとしてはまったく意識していなかったので、放送後の視聴者の方々の反応が意外でした。キャラクターデザインの梅下(麻奈未)さんも私も、関わっているスタッフはみんな、「美津未かわいい!」と愛でながら作っていたので。
――「愛でる」感じ、伝わってきました! 感情が素直に出る表情も魅力的だったように思います。
出合 そこは総作画監督のおふたりの力ですね。今回は梅下さんと井川(麗奈)さんに総作画監督として立っていただきました。梅下さんたちが意識してくれていたのが「美津未の崩し顔・ギャグ顔を思いっきりやること」。原画さんの上げてくれた原画に、梅下さんと井川さんが「これぐらいやっちゃっていいですよ!」と修正を入れてくれたことがとてもよかったんじゃないかな。おふたりをはじめ、話数ごとの作画監督の皆さんの中に、美津未の表情に関する共通認識ができていた現場だったと思います。
――なるほど。それでは続いて、キャストの皆さんへの印象を聞かせてください。まず、美津未を演じた黒沢ともよさんはいかがでしたか?
出合 美津未は、スタッフの中でも声質のイメージがそれぞれ違っていたので、どなたにお願いするかを考えるのがとても難しいキャラクターでしたね。どういう声なのか想像がつかないということで、幅広い声質の方にオーディションを受けていただきました。その中でも、黒沢さんにはご本人の性格と美津未の性格がシンクロしている部分があったと思うんです。すごくまっすぐでパワーがある。だから作り込んだお芝居をしなくても美津未っぽくなったので、バランスがすごくよかったです。
――出合監督がアフレコに立ち会うなかで、印象深かったシーンはありますか?
出合 たくさんあるのですが、やはりいちばんは、第10話で美津未と志摩が話すシーンですね。美津未が感情を抑えきれずに泣いてしまうんですが、はたから見たら滑稽なところもありつつ、美津未の持っている真剣さがリアルに出る、感情のこもったお芝居でした。そのバランスを表現するのは難しいと思うのですが、黒沢さんのお芝居はすごくよかったですね。
最終話の“江越劇場”は聞いていて引き込まれた
――さて、続いてはもうひとりの主人公ともいうべき志摩について聞かせてください。彼も美津未とはまた違った意味で難しいキャラクターだったのではないでしょうか?
出合 そうですね。いわゆるただの「イケメン」ではない。ニュアンスも難しいし、演出面ではしゃべりや迷いの「間(ま)」が難しいキャラクターでした。オーディションでは、美津未と同様にいろいろな方の志摩を聞かせていただいたのですが、その中で江越(彬紀)さんがいちばんしっくり来ました。オーディションの時点でほとんど完成していた印象ですね。感情の出し方がまさに志摩そのもので「こういう感じで志摩はしゃべるんじゃないか」と感じたんです。高松先生も同じように感じられていたようで、これは間違いないな、と江越さんにお願いすることになりました。
――出合監督がグッときた話数はどこでしょうか?
出合 やっぱり最終話ですね。志摩が心情を語るシーンがあるのですが、“江越劇場”と言ってもいいかもしれません(笑)。このシーンのアフレコは、こちらから何も言うことがないくらい、聞いていて引き込まれました。志摩が自分の悩みを自分の中で考え続けていることが、最終話の大事な部分。そこに説得力があって、志摩の心情に感情移入してしまうような、いいお芝居をしていただきました。あとは第8話で梨々華と話すシーンも印象に残っています。志摩のお芝居について、高松先生からいただいたほぼ唯一のリクエストが「もっと溜めてほしい」ということでした。志摩は梨々華の言葉に怒っているけど、その怒りをすぐには出せない。ぐっとこらえて溜めてから、やっと吐き出す子なんですね。そういうニュアンス感が大事なキャラクターなんだというのは、演出面でも気をつけていました。
寺崎さんは「ミカが自分を演じきれていない感じ」がよかった
――第5話で視聴者からの印象がもっとも変わったであろう、ミカについてもお聞きしたいです。
出合 ミカも、スタッフの中で捉え方が分かれましたね。ミカは物語の序盤では、ちょっと嫌味な部分が出ている。そのニュアンスが「自分で自分を演じている二面性のある感じ」なのか「ナチュラルな程度にとどめたほうがいい」のか。みんなで悩んでいたんですが、オーディション時の寺崎さんのお芝居が、どちらかというとナチュラルで取り繕いきれていない感じ、ミカが自分を演じきれていない感じだったんですね。そういったバランスがミカちゃんっぽいねと、寺崎さんに決まりました。
――『スキップとローファー』には、美津未以外の友人たちの心情や成長を描く話数がそれぞれありました。ミカのお話で印象的だったのは第5話、美津未とバレーの練習をするエピソードです。
出合 第5話は「ミカを寺崎さんにやってもらってよかったな」と思った話数のひとつです。ミカが自分の気持ちを言うところがとてもよかったなと。それから第8話、動物園に行く美津未&志摩のあとをつけるシーン。ナオちゃんに遭遇して、バーっと言い訳を早口で言い出す感じが個人的にすごく好きでしたね。
- 出合小都美
- であいことみ アニメ監督、演出家。2004年にマングローブに入社、2014年の『銀の匙 Silver Spoon』(第2期)で初監督を務める。他監督作に『ローリング☆ガールズ』『夏目友人帳』など。OP・EDの演出にもファンが多い。