TOPICS 2021.11.22 │ 12:00

自主制作アニメ界の新星
『高野交差点』伊藤瑞希(監督)×中田秀人(原案・脚本)対談②

「CGアニメコンテスト」グランプリの他、数々のコンテストで絶賛を受けた自主制作アニメ『高野交差点』。監督の伊藤瑞希氏と原案・脚本の中田秀人氏との対談の後編では、前編で語られた「ルール」がどのように展開されたのか、画作りやアニメーション、演出に関するこだわりを中心に語ってもらった。

取材・文/日詰明嘉

アニメーションからいかに「臭み」を抜いていくか

――『高野交差点』の画面作りはさまざまな「ルール」にのっとっているとのことですが、具体的な例を教えてもらえますか?
伊藤 たとえば、影の色を個別に作らなかったことが挙げられます。濃淡を6段階だけ用意し、すべての影はその中から選んでいます。画面の手前の影は濃く、遠くになるにつれて薄くなるように表現しているのですが、濃淡の段階も色が透けるようなレイヤーモードは使わず、不透明度だけを下げて作っています。イラスト制作の原則で言えば、色が濁るので避けるべきなのですが、影の色の主張が強くなるように、この手法を採りました。色彩設計は背景美術やレイアウトを描く段階ですべて決め込んで、あとからグラデーションを乗せたりしない。グラデーションを描きたい場合は、手描きで地道に描く。こういったことも「ルール」でした。

――人物のアニメーションも素晴らしかったです。とくに大切にしたことは何でしょうか?
伊藤 あまりカッコいいポーズを描きすぎないようにしました。マンガであればその1ポーズから読者が前後を想像してくれますが、アニメーションでは前後の動きを組み立ててみるとまったく生きないことも多々ありますし、むしろ冴えないポーズの連続が生々しさや存在感を生んだりもします。それを描くことを怖れないように意識していました。
中田 伊藤監督とやりとりを続けるなかで何度も出てきたキーワードが「臭み」だったんです。やりようによっては、感動させようとか、泣かせようといった演出もできる。でも、それをいかに抜いていくかを作業中によくディスカッションしていましたね。

キャラクター設定も、どことなく「カッコよさ」から距離を置いた印象を受ける。

「高野交差“点”」の意味するものとは?

――演出をどこまで付け、あるいは抑制するかは悩みどころだと思います。
伊藤 ずっと悩んでいましたね。カメラは基本的にFIX(固定)で、キャラクターの仕草で情感を伝えるという「ルール」の上でバランスを取り続けて、現在のかたちに着地することができました。カメラワークにも厳密な「ルール」があって、「このキャラクターはある出来事が起こるまでは必ずこの方向を向いている」といったことを構造化しています。
中田 そこに関してはとくに細かいやりとりを重ねました。「高野交差“点”だから、『交差点付近の物語』にせず、観客を“点”のところに留めておいてくれ」と。つまり、観客は基本的にずっと“点”の場所にいるので、物語が進行するとメインキャラクター3人の背中を見ることになります。
伊藤 絵コンテが固まる前の段階でその話が出たと思うのですが、それがこの作品を作るうえでいちばんのヒントになった気がします。

絵コンテでピアスの男性が立っている“点”。最終的に観客はここからの視点で3人の背中を見送ることになる。

「作品を発表するのはこういうこと」と実感した

――完成した作品はさまざまなコンテストで表彰を受け、一般公開後も多くの賛辞が並んでいます。この反響をどのように受け止めていますか?
伊藤 できすぎとしか思えません。見てくださった方々の感想を目にすると、いろいろなところに面白さを感じてくれていて「作品を発表するというのはこういうことなんだ」と、初めて実感できた気がします。この作品はとくに自分語りをしているものではありませんが、制作スタイルを考えるとやはり自分の内面が反映されていると思うんです。それが他の人の目に入ったときに、想像していなかった反応を生む。この現象すべてが新鮮で面白かったです。今後も制作を続けていこうと思える瞬間でした。

――中田さんは反響をどのように見ていますか?
中田 これだけ説明的な部分を徹底的に引っぺがした作品が、果たしてどこまで受け入れられるんだろうか……と思いながらも、チャレンジする価値はあると思っていました。結果、コンテストの審査員だけではなく、一般の観客の皆さんにもその部分が響いていることを感想から受け取って、「このかたちは間違っていなかったんだ」と、すごくうれしく思いました。

――中田さんの今後の創作活動は?
中田 僕はストップモーションアニメをずっと作り続けています。30分ほどの作品になる予定なので、まだ数年かかると思いますが、必ず完成させるつもりです。この表現はコンピューターで制御されているものではない曖昧さが魅力です。ちょっとした失敗や微妙なズレが違和感となり、映像の特徴や面白さになって伝わってきます。『PUI PUI モルカー』や『JUNK HEAD』など、注目を集める作品も出てきていますし、独特の空気感や雰囲気を魅力として感じて楽しんでいただければと思います。

――伊藤監督も「次回作を準備中」とのことですが……?
伊藤 『高野交差点』に5年もかかってしまったので、もう少し短いスパンでとにかくひとつかたちにしたいと思い、1分前後の作品を現在制作中です。『高野交差点』が短編小説とするなら、こちらは俳句ですね。とくにストーリーがあるわけではなく、紙と鉛筆だけで描きまくる作品です。それが終わったらまたストーリーのある作品にとりかかろうと思っています。endmark

伊藤瑞希
いとうみずき 1991年奈良県生まれ。専門学校在学中からアニメーションを学び、商業アニメーションに参加。卒業後も断続的にアニメーターとして活動する一方、自主制作を開始。初作『高野交差点』では演出・キャラクターデザイン・絵コンテ・アニメーション・サウンド・編集を手がけた。現在、京都府を拠点に新作を制作中。
中田秀人
なかたひでと 1972年兵庫県生まれ。京都精華大学卒業後、映像制作チーム「ソバットシアター」を結成。監督・脚本・撮影・編集・キャラクターデザインを手がけたストップモーションアニメ『電信柱エレミの恋』で第13回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 優秀賞 、毎日映画コンクール 大藤信郎賞を受賞。現在、京都の美術系大学と専門学校において非常勤講師を務めながら制作活動を続けている。