弱い自分をさらけ出して真の強さを得た男
「………ありがとう。もう怖くねぇ」
柴八戒に対するイメージは「8・3抗争編」「血のハロウィン編」と「聖夜決戦編」でずいぶんと異なる。「8・3抗争編」では弐番隊の副隊長として暴れる姿がところどころで描写されたものの、人物像は謎のままだった。「血のハロウィン」後の現代では「東京卍會」の最高幹部として登場し、パーちんたち創設メンバーに向かって「ゴチャゴチャゴチャゴチャうっせーのぉ───!!! 古参はよぉー」と啖呵(たんか)を切るなど、粗暴で好戦的な人物として描かれていた。
しかし「聖夜決戦編」に入り、12年前の過去へと戻った花垣武道(タケミチ)が出会った八戒は、明るくて気さくな、姉想いの好人物だった。つまり、八戒は12年という時間の中で悪に染まってしまった人物。そして、その元凶となっているのが兄・大寿。幼い頃から大寿に暴力を振るわれて育った八戒は、姉の柚葉ともども支配されていた。ところが、問題はそれだけではなかった。周囲には「姉の柚葉を守っている」と語っていたものの、実際にはその逆で、柚葉に守られ続け、自分だけが大寿の暴力から逃れていた。大寿に対する恐怖に加えて、自分の弱さから逃げ続けている、それが八戒の真の姿だったのだ。
そんな八戒が作中で与えられた役目は、タケミチの介入による「直接的かつ劇的な変化」だ。タケミチはこれまで何度も現代を改変しているが、それは過去に起きた「事実」を変えたことによる間接的な改変である。清水を殺してチンピラになるはずだったアッくんの未来を変えたのも、死ぬはずだったドラケンを救ったのも、その「事実」をなかったことにしたことによる変化にすぎない。「血のハロウィン」では一虎を殺そうとするマイキーの説得に成功するも、それさえもマイキーの内面を変えたわけではない。その意味で八戒は、タケミチの言動によって内面を劇的に変化させた初めてのキャラクターだ。
「聖夜決戦」で八戒は、自分よりも弱いタケミチが何度でも大寿へ立ち向かっていく姿を目の当たりにし、自分が柚葉に守られていたという秘密を告白して弱く醜い自分をさらけ出す。しかし、弱さを東卍メンバーに受け入れてもらえたことによって吹っ切れた八戒は、恐怖を克服して大寿の呪縛から解き放たれる。偽りの強さから、弱みをさらけ出して、真の強さを持つキャラクターへと進化した八戒の成長エピソードは劇中でも屈指の感動シーンだ。誰だって自分の弱いところや情けない姿は認めたくないし、見せたくないもの。それでも勇気を出してそれを認め、さらけ出し、誰かに受け止めてもらえたなら……もう世界に怖いものはないのだ。タケミチや三ツ谷(隆)という存在があってこその変化ではあるものの、リアルタイムで己のトラウマを克服して成長した八戒の姿はとてつもなく眩しく見える。いつだって弱く愚かな私たちにとって、八戒はタケミチの次に、あるいは同じくらい魅力的なヒーローとして光を放っている。おそらく、誰にでも「そのとき」が一度は訪れるのだろう。その一度きりのチャンスを逃さずに自分のものとすること。それこそがヒーローとしての気質なのかもしれない。