TOPICS 2021.07.14 │ 12:00

青森県立美術館「富野由悠季の世界」展 特別対談
富野由悠季×樋口真嗣②

マンガ家に憧れ、小説家になろうと決心した少年期の富野由悠季は、なぜアニメ業界に入ることになったのか。映画からテレビへと時代が大きく変化しようとしていたあの時期、虫プロで受けた衝撃。そして『機動戦士ガンダム』でのキャラクター誕生秘話が明かされる。

構成/富田英樹 撮影/西川幸冶 協力/青森県立美術館

インテリが演出をするのは生意気だという時代

樋口 もともとはマンガ家を目指していたんですか?
富野 マンガも描いていたけれど、高校2年生くらいまでは小説を書くことにもチャレンジしていました。でも、小説を書くための練度というものがあって、僕のレベルでは小説家になるということは無理だとわかってあきらめた。だけれども、やはり文芸の世界は面白いよねっていうことがわかった。理工科系を目指したこともありますが、成績が伴わなくてそちらもあきらめました。それで文系の大学に進むんだけれども、小説については挫折しているわけです。しかも理工科系の指向があったものだから、技術を伴う表現手法を探すと写真と映画に行きつく。写真については父親に教わっていたこともあって、ある程度は知識も技術もあったけれど慣れすぎているということで映画を目指したわけです。小説のように物語を作るということにもつながるから。そうしたら大手の映画会社すべてが新卒採用を取りやめてしまって、就職先がなくなってしまったわけです。

樋口 それで絵の世界というか、虫プロというアニメの世界に入ったと。
富野 虫プロに拾ってもらった幸運はありがたかったですが、僕が入社してショックだったのは、中卒の若いアニメーターたちがこれだけの絵を描いて、これだけの時間にこれだけの枚数をこなすのかという事実です。四年制の大学は碌なことを教えていないと痛感しました。
樋口 社内にいるのは絵描きとして採用されている人ばかりだったと。
富野 そういうことです。でも、アニメーターだけでは作品が作れないので、大卒の文芸志望と演出志望を採用したということです。
樋口 現在でもそういう傾向がありますが、当時の演出はアニメーター出身の方が多かったんじゃないですか?
富野 基本は全員がそうです。だから東映系の生え抜きの演出と比較して、大卒の僕らは明確に劣ると言われることもあったし、僕が『鉄腕アトム』の演出になったときは東映系のアニメーターから袋叩きにされました(笑)。大卒が演出なんて生意気だということです。
樋口 このインテリが!ということですね。

敵がシャーッと来るからシャア

樋口 僕がすごいところだなと思うのは、富野監督のやられたことは、絵を他人に描かせる仕事じゃないですか。もちろん、ラフやイメージボードを描いていらっしゃいますが、節目節目で新しい絵を描ける人を自ら探し出して大抜擢されていますよね。

富野 大抜擢をさせてもらえたのは僕の人生のなかでも二度ほどで、ほとんどの場合はサンライズというプロダクションが用意できるスタッフでやるしかなかった。それはサンライズだけではなくほかの現場でも同じで、たまたまそこにいて協力してくれるアニメーター、演出家、脚本家がうまい具合にはまったということです。そうでないプロダクションというのは、日本のアニメの長い歴史のなかでもスタジオジブリくらいのものじゃないかな。ただ、ありがたいことにTVシリーズの作品をやるということは、その後も長く食っていける場合もあるということで、それはつまり子供向けの作品のほうが大きな商売になるということでもあるんです。大人向けの作品のほうが大きな規模の商売になると勘違いしがちですが、もっとも長く続いているアニメ作品を考えれば答えは明白です。児童向けの作品が表している欲求は、我々の人生のなかで根本的な問いかけをしているということを、大人はどうしても忘れてしまうんです。

樋口 そうは言っても、ただ絵を描かせているわけではないじゃないですか。
富野 それはそうです。絵を描かせるためには何か概念がなければならないんです。こういう物語を作るためにはこういうキャラクターが必要だ、そうなったときに「うん、お前の描いているこのキャラクターなら、この物語が作れる」という話になる。それが僕にとっては安彦良和さんのキャラだったし、彼の絵がなければ『機動戦士ガンダム』は成立しなかった。安彦さんの絵でなければシャア・アズナブルは生まれなかったんです。
樋口 はい。
富野 でね、シャアの絵があがってきたときはブン殴ってやろうかと思ったの。なんでこんなマンガみたいな変なマスクなんだと。
樋口 アハハハ! マンガじゃ許せないんですね!
富野 そしたら安彦さんが「だって敵でしょ?」って言うの。「敵は怪しくしなきゃならないから、マスクなら描くのが楽だ」って言うんです。でも、アムロは気に入っていたから、しょうがない、これでいくしかないと思った。
樋口 シャアは妥協の産物だったと。
富野 そうなんです。だからこんなキャラにまともな名前を考えたくなくて、シャアになった。敵がシャーッと出てくるからシャア。これね、本当なんです。
樋口 フハハハハ! もう嫌がらせじゃないですか。

富野 安彦さんもムッとしていましたよ。でも、これくらいシンプルだから受けたんです。それこそ『ガンダム』で20年くらい考え続けていたんだけれど、シャアはなぜこんなに受けるのかという疑問はまさにそのロジックなんです。キャラクターが強いんじゃなくて名前が強かったからですよ。
樋口 しかも偽名ですしね。本名はキャスバルという立派なのが別にあって。
富野 それもみんな後付けです(笑)。シャアという名前が強いから、本名として自分が好きな名前を付けようと散々探した結果がキャスバルだった。それと名前のほかにもうひとつ気づいていたことがあって、アニメのキャラに重要なのは人間関係なんです。アニメファンはみんな妹が好きだから、シャアには妹を作ることにして、敵味方に別れさせるということだけを決めるところから始まったんです。
樋口 セイラという名前にもシンプルな由来があるんですか?
富野 それは本当に恥をかくので死ぬまで言いません(笑)。endmark

富野由悠季
とみのよしゆき アニメーション監督、演出家。原作となる小説あるいは脚本を執筆することもある。主題歌などの作詞を手がけることもあり、多方面での活躍が知られる。代表作に『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』などがある。現在は『Gのレコンギスタ』の劇場版の制作に携わっており、シリーズ第3作目となる劇場版『Gのレコンギスタ Ⅲ』「宇宙からの遺産」の公開が控えている。
樋口真嗣
ひぐちしんじ 映画監督、特技監督、映像作家。実写映画畑の監督として知られるが、アニメーション演出(絵コンテ)も手がけるなど表現手法に固執せず広く活躍している。代表作に『シン・ゴジラ』『ガメラ 大怪獣空中決戦』などがあり、自身の監督作である『ローレライ』や『日本沈没』では富野由悠季を端役として出演させてもいる。