技術と個性の違いとは
富野 幌(ほろ)の話が気に入ったので、もう少しだけ説明させてください(笑)。野外で寝ているガンダムのコクピットがなぜか開いているから、雨よけに幌をかけたらしい。これが何を説明しているか? スペース・コロニーに雨が降る、ということは人工の空間で雨が降る想定をしているのか? 乾燥しっぱなしのところで人が暮らせるわけはないのだから、それはそうだろうとなる。その説明までを、幌をはがすというあのシーンだけで表現できたということなんです。
細田 いろいろな意味が、あのシーンに乗っかっているということですね。
富野 作劇をするということはいろいろな要素を組み合わせてやるものだから、まさにさっき言ったとおりなんです。閉じこもって自分の好きなものだけをピンポイントに追及していくと、蟻地獄のように一点のところに沈んでいくしかない。だけど、人というのはそういうことで暮らしているわけではないし、二本足で歩けるという意味――自由に移動できる性能を持っているから、我々は日常生活をしていられるんです。それなのにどうして自分はこの部屋から出られないのだろうか。それは病にかかっているのかもしれないし、本当に疲れているのかもしれないけれど、そこから脱出するためには自分を見つめることをするんじゃなくて、外の光に向かっていく自分を考えていく必要があるんです。
僕がこんな話を一生懸命しているのは、今のデジタル環境というものが、そういう危険なところに陥っているからです。クリックだけでなんでも済んでいる。タブレットに描くだけで全部が済むと思っている。だけど、この会場でもある美術館にあるような手描きの絵は、そう簡単には済まない。色を塗らなければならないし、鉛筆だけじゃ済まない。逆に鉛筆だけで描かれた作品もあります。ピカソのろくに色もついていない手抜きの素描でも、ああやっぱりピカソだなという伝達能力があるんです。一枚の絵が持つその力はすごく高いけれど、タブレットで描かれたきれいな線は、隣で同じようにタブレットで描いている線と同じだろうと言えます。自分の固有のものを出すことをしていかなければ、死ぬまでの人生というのはあまり気持ちよくないでしょう。だから、メーカーや技術の言いなりになってしまうのは気をつけたほうがいいという提言はしておきます。あのね、今回の展覧会とは関係ない話をして遠ざけようとしています(笑)。
若い才能への期待と不安
細田 『富野由悠季の世界』展とは別の視点からの提言もしてくださるのが富野監督の素敵なところだと思います。時代ごとに新しい才能が登場して、そのたびに表現が変わっていくことに期待するところはあって、無理矢理ですけど富野展につなげると、富野監督の作品にもそのときの新しい人、新鮮な若い才能が参加しているんですよね。永野護さんが『重戦機エルガイム』で参加されたときは衝撃的でしたし、『∀ガンダム』での安田朗さんもそうです。富野監督は常に若い才能と組んで、どうなるかわからない状況でもやらせていますし、結果も出してきていると思います。もし、そういう決断をされていなければ僕たちはエルガイムのような美しいロボットに出会えなかっただろうし、そういう意味では若い人にすごく期待をされているんじゃないかと思うのですが。
重戦機エルガイム ©創通・サンライズ
∀ガンダム ©創通・サンライズ
富野 若い人には本当に期待をしているんです。永野護と安田朗についてですが、彼らを選んだのは技術論じゃないんです。あのふたりの「手が持っている違い」。つまり、手に自分のキャラクターなり線なりを持っている人が20年、30年と生き残ることができる。技術が上手なだけの人、あるいは自分の絵が上手だと思っている人に気をつけていただきたいのは、これは隣の人たちの絵、キャラクターとは絶対に似ていないよねという確信が持てるものを描くという努力をしていただきたいのです。同じものを100枚描くことは簡単なのです。今はアマチュアでも、いわゆるマンガ絵というものを簡単に描けるようになっています。でも、それを職業にするということはやめてください。『大家さんと僕』みたいなものは簡単には描けないからね。
細田 そうですね。うまい絵というのが作品として成立するかというと、必ずしもそうではないですね。
富野 僕は昔から言っているけど、面白いマンガは絵が下手なんですよ。あるいはクセがある。絵もうまくてデザインも良くて話も面白くてコミックスを30巻以上出している作家なんて数人しかいないですよ。
細田 そうかもしれないですね。
富野 そういう天才もいるにはいますよ。でも、絶対に真似はできないからね。だから『ONE PIECE(ワンピース)』を追いかけるのはやめましょうね(笑)。
細田 ネットの世界で絵を描く人もそうですし、たとえば声優さんもものすごくうまい人がたくさんいますけど、ただそれだけじゃなあという思いもあるんです。
富野 それは歌の世界で、昔から言われていることがあります。歌のうまいヤツはいくらでもいるけれど、それと当たるかどうかは関係ない。ヒットするかどうかはうまいかどうかではないんです。簡単に言ってしまうと個性なんだけれども、そう簡単には言ってほしくないのよね。
細田 逆に言えば、自分の評価が低い人でも、そういう人こそ、じつは面白いものを持っているかもしれないということでもありますよね。
富野 むしろそういう自覚を持っている人のほうが、仕事をするうえでは良いパートナーになっていきます。ですから、自分に対して自己反省をする能力を持てる自我を育てることが重要なのではないかと思います。
富野由悠季の世界
第7会場 新潟市新津美術館
〒956-0846 新潟県新潟市秋葉区蒲ケ沢109-1
会期/2021年9月17日(金)~11月7日(日)
主催/新潟市新津美術館、UX新潟テレビ21
第8会場 北海道立近代美術館
〒060-0001 札幌市中央区北1条西17丁目
会期 2021年11月17日(水)~2022年1月23日(日)
主催 北海道放送株式会社、北海道新聞社
※新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の拡大状況により、展覧会の内容等が変更されることがあります。詳細は、各美術館の公式サイト、ツイッターなどでご確認ください。
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