TOPICS 2024.12.29 │ 12:00

アニメの仕事は富野監督と『∀ガンダム』が教えてくれた
菱田正和インタビュー③

放送25周年を機に、当時若手スタッフだった菱田正和が『∀ガンダム』の制作現場を振り返るインタビュー連載。完結編となる第3回は、富野由悠季監督と本作の存在がアニメ作家・菱田正和にどのような影響を与えたのかを掘り下げる。

取材・文/森 樹

自分の思考回路が一変したのは富野監督の影響

――『∀ガンダム』の現場を通じて、富野監督からもっとも影響を受けたことは何でしょうか?
菱田 それはもう、あらゆる面で影響を受けていますね。富野監督のもとで1年間仕事をしたことで、自分の思考回路が一変したんですよ。まるでOSがまったく別のOSに書き換えられたような。その頃から現在まで、当時の考え方、つまりサンライズや富野監督の伝統を引き継いだ仕事の仕方をしていると思います。

――たとえば、それは映像のどういった面に出ていると思いますか?
菱田 『KING OF PRISM by PrettyRhythm』でいえば、すぐに裸になるところでしょうか(笑)。これは僕の趣味趣向ではなくて、富野監督の影響が強いです。よく「裸が好きですね」と言われますが、「何を言っているんですか、すでに富野監督がやっていますから」と返しています(笑)。さすがに女の子のキャラクターだとそう簡単にいかないですが、男の子で必然性のある場面であれば、裸を描いています。

――感情の動きを表現するための裸?
菱田 端的に言うとそれですね。逆に「同じようにはできないな」と思っている点は、富野監督のように世界観もキャラクターもメカもすべてひとりで考えるのは難しい、ということです。その能力を補うため、僕はまわりのスタッフやいろいろな方に意見やアイデアをもらいながら企画をまとめていくようにしています。そうしないと、『∀ガンダム』のような作品は作れないですね。

「初めてのガンダム作品」としてもスッと入ることができる

――絵コンテを描くときには編集を前提にする、といった意識も変わっていないのでしょうか?
菱田 変わらないですね。たとえば、コストやスケジュールの関係で、人物のアップでひたすら会話シーンを描くことも近年はよくあります。だけど、富野監督だったらそれは絶対に許さないでしょう。むしろ、顔を映さないでしゃべらせることを考える。人物がイライラしているなら貧乏ゆすりをするなど、演出で語らせる。単なる口パクではなく、芝居で感情表現することにこだわっていましたし、背景に映っているものを活かした画作りなども、つねに意識していますね。

――身体全身で演技をさせる。
菱田 顔のアップを使うとしても、アップになったら眉毛を動かすのか、目尻を動かすのか。そういうところまで考えてカット割りすることは叩き込まれました。

初めて手がけた第5話の絵コンテの戻し。赤字からは、富野監督が演出家としてどのようにシナリオや絵コンテに向き合っているかが推察できる。

――放送から25年を迎え、現在では配信でも鑑賞できる『∀ガンダム』ですが、未見の方にこの作品の魅力を伝えるとしたら?
菱田 他のガンダムシリーズを見ていなくても楽しめますし、むしろそのほうが面白いかもしれませんね。「初めてのガンダム作品」としてもスッと入ることができる。

――たとえば『KING OF PRISM by PrettyRhythm』で菱田さんのことを知ったファンにも?
菱田 もちろんそうですね。富野監督がいなければ『プリティーリズム』から始まるシリーズは絶対になかったと思います。物語の展開の仕方など、『∀ガンダム』に限らず、ガンダムシリーズを含めてかなり影響を受けた作りになっていますから。

――その多大な影響を感じ取ってほしいと。
菱田 僕自身、25年前はスタッフとして参加しながらも、それまでの『ガンダム』のイメージにとらわれて、作品と真正面から向き合えていなかったのかもしれません。そういう先入観がなくなった現在の目で見ると、∀ガンダムやスモーはどちらも素晴らしいデザインで、今さらながらガンプラを探し回ってしまいました(笑)。胸に牛を入れたり、洗濯させたり、機体の使い方にもかなり遊び心があった∀ガンダムですが、動きのカッコよさはずば抜けているので。

つねに未来を予見して作品に反映できるのは「恐ろしい」

――動きの他に、細いビームサーベルは斬新でしたよね。
菱田 細い理由もしっかりとありましたからね。詳細はおぼえていないですが、ビームサーベルはその根本(ねもと)からミノフスキー粒子を出す装置なので、「型取り」されているわけではない。「直線で出ているものだから、剣のような形にするな」と富野監督は言っていたと思います。また、ずっと出しっぱなしにしているわけでもなく、切る瞬間にビームが出る。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』でνガンダムとサザビーが斬り合う瞬間にミノフスキー粒子がサーベル状になりますが、あの考えが引き継がれたものだと思います。

――構造をイチから考えていますよね。
菱田 あまり注目されていないかもしれないですが、富野監督のロボットの演出はつねに新しいものへと進化しているんです。『∀ガンダム』から『Gレコ』の間にもかなりアップデートされていて、若い僕らよりもずっと先を見ている。本当に困りますね(笑)。そういう意味でも、アニメーションにおけるロボット演出の第一人者なんです。∀ガンダムのビームサーベルの話もそうですが、『機動戦士ガンダム F91』に登場する「バグ」とか、実際に今運用されているドローン兵器のようじゃないですか。そういうものを予見して作品に反映できるのは、恐ろしいなぁと思います。

――現代の社会を反映しつつ、その先を見せている。
菱田 僕らは小さい頃にガンダムシリーズをはじめ、いろいろなSF作品で未来を見せてもらいました。ですが、そうした過去の思い出の先にある未来ではなくて、あくまで現在という立脚点から、その先にある新しいものを見せていきたい。僕自身、まだ富野監督が作り出した世界観で生きてしまっているので、別の世界を作り出したい。それは富野監督への一種の反抗というか……。

――未踏の地を目指さないといけない。
菱田 何十年後かに、それを見た子供たちにまた新しい世界を作りたいと思わせる。それが僕の役割かなと思っています。endmark

菱田正和
ひしだまさかず 1972年生まれ。宮城県出身。大学卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社。『超魔神英雄伝ワタル』で制作進行を務めたあと、『ラブひな』で演出家としてデビューし、現在はフリーとして活躍中。主な監督作品は『KING OF PRISM』シリーズ、『あんさんぶるスターズ!』、『即死チートが最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですが。』など。
作品情報


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