あの第1話の演出は、たとえ思いついたとしてもできない
――2本目は高畑勲監督の『赤毛のアン』です。これはリアルタイムで見ていたんでしょうか?
木村 再放送です。本放送は1979年なので、見ていてもおかしくないんですが、まったく記憶に残っていなくて。高校生のときに再放送を見て、「すごいな!」とびっくりしました。
――「びっくり」というのは?
木村 僕は第1話がすごく好きなんですが、本当に何も起こらないんですよ。アンがマシュウたちの家にやってくるだけなんですが、それだけでよくこの尺のアニメが作れるなあ!と(笑)。あの内容で一話が作れてしまうのは、キャラクターをめちゃくちゃ掘り下げて、芝居をさせているからこそなんです。脚本がどうなっているのかはわからないですが、いったいト書き(※脚本に書かれた、登場人物の動作や心情など、セリフ以外の部分のこと)でどこまであの芝居が書かれていたのか、見てみたいです。
――脚本の段階でどれくらい決められているのか、気になりますね。
木村 今、あの内容を渡されて、一話分を作ることができる演出家はほとんどいないんじゃないかと思いますね。それでもキャラクターを掘り下げれば、これだけのドラマになる。『赤毛のアン』はとにかく緊張感がすごくて、マシュウがアンを迎えに来る場面でも、「あの子が迎えに来た相手なんだ」とマシュウが気づくまでにけっこうな時間がかかるんです(笑)。駅に来たマシュウがちらっとアンのほうを見て、「こいつじゃないよな?」という雰囲気で駅長のところに行く。何気ない描写なんですけど、行ったり来たりするなかでだんだん気づいていくなんて、なかなか思いつかないですよ。原作小説にある程度描写があるにせよ、あの間合いでああいう風に見せて、しかもそれがちゃんと面白い……というのはなかなかできないです。たとえ思いついても、できないかもしれない。
――ちょっと怖くてできないですよね。
木村 本当にそう思います。でも、ああいうことをちゃんとやらないといけないな、といつも思うんです。僕が業界に入る前の話なんですけど、高畑監督がアンを演じた山田栄子さんのことを「演技はうまくなかったけれど、雰囲気があったから抜擢した」「成長していく過程がアンの成長とリンクするんじゃないかと思った」とおっしゃっていたのを聞いたのが、ずっと記憶に残っているんです。アフレコの前に山田さんだけを呼んで、練習してもらってから本番に入ったという話をされていたんですけど、そうやって声優さんが成長していく過程が、ドラマともリンクする形でお芝居に反映されている。制作側も役者さんも楽しんでやっているのが、ちゃんと作品に昇華されているのかな、と思います。
――木村監督の『アイカツ!』も、わりとキャリアの浅い役者さんを積極的に登用した作品ですよね。
木村 そうですね。『赤毛のアン』の記憶があって、それで新人声優さんを選んだところはあります。だんだんと成長していく過程が作品の中にもはっきり表れていて、物語の進行ともリンクしてくれたかなと思いますね。
モノづくりに関しては、なるべく正直でいたい
――『赤毛のアン』以外の高畑監督の作品で好きな作品というと?
木村 『じゃりン子チエ』が好きですね。あとは『平成狸合戦ぽんぽこ』もけっこう好きで、最後のほう、テレビクルーに追い詰められた狸が変化するシーンを映画館で見て、めちゃくちゃ感動して。その後、大学を卒業するくらいのタイミングで、スタジオジブリが演出家を育成する塾を開くというので応募したんです。もともとアニメ業界に行こうと思っていたんですけど、就職活動がうまくいかなくて、結局、高畑さんが開かれていた塾に1年間、アルバイトをしながら通いました。15人くらい、塾生がいたのかな。そのとき一緒だった居村健治くんは、その後、スタジオジブリで演出助手をやっていて、ジブリが解散したあとも『天気の子』や『映画大好きポンポさん』に演出で参加していますね。あと、すでにプロとして活躍されていた方たちも何人か塾に参加されていて、そのうちのひとりがカトキハジメさんだったんですよ。そのつながりで『アイカツ!』の絵コンテをカトキさんにやっていただきました(※第122話「ヴァンパイアミステリー」)。
――そんな裏事情があったんですね!
木村 『アイカツ!』の制作が始まったとき、カトキさんは別の作品に参加している最中だったんですけど、わざわざ電話をいただいて。久しぶりに話していたら、カトキさんのほうから「コンテをやりたい」とおっしゃっていただいたんです。
――その塾で高畑監督とも会ったと思うんですが、どういう方でしたか?
木村 最初の試験で、めちゃくちゃ説教をされました。「お前はこんなところに来ている場合なのか?」とか「就職しなくてもいいのか?」とか(笑)。実際に話してみるとすごく優しい方なんですけど、作品づくりに関してはやっぱり厳しい。とくに、自分の感覚に正直でいることに、すごく厳しかった記憶があります。何かの作品についてみんなで話していたときに、高畑さんから「どう思うか?」と感想を聞かれたんですよね。そのとき、僕がちょっと適当というか、高畑さんの考えに合わせたような返答をしたら、すごく怒られたんですよ。「正直なことを言え」と。
――ちゃんと自分の考えを話しなさい、と。
木村 その後、高畑さんの本を読んでいたら、『アルプスの少女ハイジ』の制作中に美術監督から質問を受けて、いい加減な返事をしたことをすごく後悔している、と書かれていたんです。それを読んで「モノづくりに対しては正直でいなければいけないんだな」と。僕は普段、平気でいい加減なことも言いますけど、でも本当に大事なことは正直に言わなければいけない。せめてモノづくりに関しては、なるべく正直でいたいな、と。それが高畑さんから受けたいちばん大きな影響かもしれないですね。
KATARIBE Profile
木村隆一
アニメーション監督/演出家
きむらりゅういち 1971年生まれ、新潟県出身。大学卒業後、スタジオジュニオに入社し、演出家としての活動をスタート。数多くの作品で絵コンテ・演出として参加したのち、2012年に『アイカツ!』を監督。近年の監督作に『けものフレンズ2』などがある他、2023年1月からは『もののがたり』『アイカツ! 10th STORY ~未来へのSTARWAY~』が公開となる。