TOPICS 2025.12.23 │ 12:00

『その着せ替え人形は恋をする』Season 2
ハイクオリティな映像づくりを支える「制作」スタッフたち②

2025年夏アニメ『その着せ替え人形(ビスク・ドール)は恋をする』Season 2(以下、Season 2)のクオリティを支えた「制作」スタッフたちに話を聞くインタビュー企画。第2回ではSeason 2の制作で行ったロケハンの話題を中心にお届けする。リアリティあふれる映像の裏には、綿密な取材があったことを知ってほしい。

取材・文/斉藤優己

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

カラオケのシーンは声優さんの動きがヒントに!?

――前回はロケハンの話をいろいろ聞きましたが、取材の中で皆さんの印象に残っているものは?
染野 前半の話数だと印象に残っている取材は、第13話のカラオケです。山本たちスタッフ数名が菅谷乃羽(すがやのわ)役の武田羅梨沙多胡(たけだらりさたご)さんと実際にカラオケへ行き、ロケハンをしていたんですよ。「どういった取材になるんだろう?」と思っていたんですけど、きちんと第13話に反映されていて驚きました。

山本 作画さんに乃羽の歌っているときのイメージをつかんでもらうために、武田さんにご協力いただき、カラオケで乃羽と同じように歌っていただいたんです。そのときの武田さんの動きが第13話の作画に活かされていました。声の出し方やリズムの取り方など、細かいところまで再現していただきましたね。

――前半話数といえば、女装コスプレをする姫野あまねの登場が印象的でした。女装については、どんな取材をしたのですか?
染野 女装については、主に道具の取材が多かったですね。姫野あまねというキャラクターは男性ですが、ほぼ女性にしか見えないという要素があるので、そのためのメイク道具はどのようなものがあるか、という点を調べていました。メイク道具以外でも女装の道具の取材はいろいろありまして、印象に残っているものだと、あまねが胸を作るために使っていた「おっぱいNEOsister」という道具があるのですが、実際に篠原監督が試しに装着し、新菜(わかな)と同じように恥ずかしがっていたのを覚えています(笑)。
山本 あまねの作画はほぼ女性キャラクターと同じように描かれているのですが、キャラクターデザインの石田(一将)さんが細部はしっかり男性に見えるようこだわっていました。作画資料を見返すと「手は男性のものです」と注意書きが入っています。こういうキャラクターの表現は皆さんとても気を使っていた印象です。

――文化祭のエピソードに関しては、実際の高校を取材したのですか?
染野 海夢(まりん)たちの通う学校のモデルにさせていただいている千葉県の柏の葉高等学校にご協力いただき、登場するさまざまなシーンの参考にさせていただきました。とくに参考になったのは、実際の文化祭を取材させていただいたことですね。高校の文化祭は、教室だけじゃなく、廊下など、そこかしこに生徒さんたちがアイデアを凝らした装飾があるじゃないですか。実際にどんなものがあるのか、きちんと見ておけたことで、今の高校生のリアルに近い文化祭の光景が描けたと思っています。

第19話は「リアル」よりも「感動の演出」を重視

――第19話はカメラにフィーチャーした回で、キヤノンさんの実際のカメラが登場したことも話題となりましたね。
山本 篠原監督は登場人物が持っているカメラにもこだわりがあって、海夢と涼香さんが使用しているカメラの機種が何なのか、脚本会議の段階で話題に上がったんです。福田(晋一)先生にお聞きしたところキヤノンさんの「ミラーレスカメラ EOS Kiss M2」がモデルとのことだったので、アニメで使用できないか、キヤノンマーケティングジャパンさんに連絡を取り、許諾を取ることができました。
梅原 「ミラーレスカメラ EOS Kiss M2」はすでに生産終了して資料を購入できなかったので、キヤノンさんにお願いして何度かお借りしたんです。先方のルールでレンタル期間は最大1カ月だったのですが、1カ月で資料を撮りきることができず、結局何度もお借りすることになってしまいました。そのたびにキヤノンさんへ連絡を取っていた山本は大変だったと思います。
山本 キヤノンさんにはご迷惑をおかけしたのですが、おかげで作画だけでなくシャッター音も実際のものを録音して使うなど、細部にまでこだわることができました。何度もやり取りしていたので窓口担当の方とも仲よくなり、放送後は「家族で見ました」とご連絡くださったんですよ。視聴者の方の反応もよかったので、こだわってよかったと思っています。

――新菜が海夢を撮影するシーンは、新菜の一人称視点の演出も合わせてすばらしかったですね。あのシーンの制作裏話も、ぜひお聞きしたいです。
染野 海夢と新菜が撮影をしていた公園のモデルは、埼玉県の大宮公園という場所です。そこへ、演出を担当した副監督の山本(ゆうすけ)さん、美術設定の根本(洋行)さん、そして制作、という一般的なロケハンメンバーだけでなく、担当する作画さん、CGディレクターの任さんも一緒にロケハンに参加し、まず3Dマップと呼ばれる簡易的な3Dモデルを作りました。その3Dマップをもとに海夢と新菜の動きをシミュレーションしてカメラワークを決め、あとはその実力のあるアニメーターさんのお力を借りてキャラクターの動きを作り上げました。さらにその3Dマップに背景のデータを落とし込み、映像として仕上げてもらいます。チームの連携によって完成したシーンなんです。
梅原 じつはあのシーンで見せている写真の質感は、全然リアルではなく、だいぶフィクションが入っているんです。アニメというか映像作品は、そもそも普段から登場人物にカメラがフォーカスして背景などをぼかして見せています。なので、カメラで撮影した写真をそのまま再現しても「周りがボケていて画質もいい」という新菜の感動に説得力がないんです。だから、あのシーンはリアルに見せることよりも「新しいカメラを手に取ったときの感動」を表現するため、実際にカメラで撮影した写真の質感よりもだいぶ誇張したカットになっています。こだわったおかげで第19話はギリギリの納品になってしまったのですが、おかげで反響はよかったですね。

染野 梅原さんが話した感動の表現を実現できたのは、背景美術の力も大きかったと思っています。良いカメラで撮影した写真と質感の差を表現するには、通常のシーンのカットと写真のカットで差を出さなくてはなりません。写真のカットを美しく見せるためには、一連のシーンでの背景の描き込みと美しさも必須です。アニメーターの作画のクオリティが高かったのはもちろんですが、根本さんの美術の力がなくては完成しないシーンだったと思います。
梅原 脚本・絵コンテ・演出を担当された山本ゆうすけさんの力も大きかったです。山本さん初監督の『ぼっち・ざ・ろっく!』2期に向け、山本さんの強みを確認したかったのですが、しっかり『着せ恋』のテーマや雰囲気を理解し、第19話をすばらしいものにしてくださいました。山本ゆうすけさんは副監督もやりつつ、他に第14話、第23話の絵コンテ・演出も担当していて。普通に考えればとんでもない仕事量なのですが、すべてを高いクオリティでこなしていました。本当にすごいクリエイターだと思いますね。

大量の「貼り込み素材」も作品レベルを上げる一助に

――後半の『棺』合わせのエピソードについても、ぜひ印象に残っている取材や制作裏話を教えてください。
山本 第24話で海夢たちが『棺』の撮影をしていましたが、あのカットにもロケハンの成果が出ています。原作と似た雰囲気の黒ホリのスタジオを借りて、食卓を用意し、実際に海夢たちと同じようなポーズで写真を撮ったものを参考にしました。また、撮影の途中から服に血糊が付くのですが、血糊を作画するととても大変になるので、血糊の貼り込み素材を用意して撮影さんに貼ってもらう処理をしたんです。キャラクター6人分の血糊の貼り込み素材を用意し、「このように貼ってください」と参考資料を渡しつつ撮影さんに指示を出していました。貼り込み素材にしたことで、作画するよりもリアルな血の質感になりましたね。

染野 山本が話した貼り込みの作業って、撮影さんからするとものすごくハードなものなんです。動いているキャラクターに合わせて貼り込み素材を変形させながら1カットずつ貼らなければならないわけですから、撮影の皆さんは大変だったと思います。そんななかでも、自然な見た目になるように貼り込みの微細な調整を、撮影さん自ら何度も試行錯誤してくれました。スタッフ全員が「少しでも良い映像をつくりたい」と同じ方向を向いて作業ができたのは、設定制作として山本が事前に「こうしましょう」とすり合わせをして、意思統一ができていたからだと思います。
山本 撮影さんたちの負担を減らすため、貼り込み素材を減らす工夫もしていました。たとえば、第23話に登場したジュジュ(紗寿叶)のブラックロベリアのコス。あの衣装は原作だと柄がたくさんあるのですが、そのまま再現すると撮影さんをはじめ、スタッフの皆さんの負担が大きくなってしまうので、衣装デザインの西原(恵利香)さんと篠原監督と相談し、原作と印象は変えずに要素を減らせるよう、情報を整理しました。また、篠原監督たちから「貼り込みをこういう風に見せてほしい」という要望も多く受けていたので、撮影さんに伝えながらテストを繰り返し、きれいな貼り込みの見え方にこだわりました。
染野 ちなみに衣装だけでなく、ちょっとした瓶のラベルや本の表紙など、おそらく貼り込み素材も自分が知りうるテレビ作品の中で最も多かったと思います。現代の作品をつくるときは、登場する小物に視聴者が見慣れているものが多く、「これはリアルじゃなくない?」と違和感を与える可能性が高くなります。その違和感を与えないようにこだわっていくと想像以上に多くの素材が必要になるんです。そんな大量の貼り込み素材を管理して、すべてに「こういう風に貼ってください」と根気よく指示をまとめ、付け加えていた山本の仕事が本作のリアリティを支えていました。endmark

山本里佳子
やまもとりかこ CloverWorks所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』、『逃げ上手の若君』などで制作進行を担当。本作で初めて設定制作を務める。
梅原翔太
うめはらしょうた 動画工房にて制作進行として経験を重ね、『三者三葉』で初めてアニメーションプロデューサーを担当。その後、A-1 Picturesを経てCloverWorksに所属。『ぼっち・ざ・ろっく!』など数多くのアニメーションプロデューサーを歴任する。
染野翔
そめの しょう 旭プロダクション、A-1 Picturesを経て、現在はCloverWorksに所属。『その着せ替え人形は恋をする(Season 1)』など数々の作品で設定制作、制作デスクを経験、映画『トラペジウム』ではアニメーションプロデューサーを担当。
後編(③)12月24日(水)公開予定
作品情報

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  • ©福田晋一/SQUARE ENIX・アニメ「着せ恋」製作委員会