SERIES 2021.10.20 │ 12:00

『春風のエトランゼ』連載中 マンガ家・紀伊カンナ インタビュー②

元アニメーターで現在は『春風のエトランゼ』を連載中のマンガ家・紀伊カンナ。2021年10月29日(金)より、キャラクター原案として参加した映画『アイの歌声を聴かせて』が公開される。2013年にマンガ家デビューして以降、マンガ、イラスト、アニメと活躍の場を広げている紀伊の、デビューから現在までの軌跡を追ってみた。

取材・文/川俣綾加

キャラクター像が深まった「友人の質問」

――2013年の『on BLUE』のデビューはどのように決まったのでしょうか?
紀伊 同人誌を見た『on BLUE』の編集さんから連絡が来たのですが、なぜか「猫マンガを描きませんか!?」といわれて「猫マンガは……描かないですね」と返事をしまして。

――最初の入り口は猫マンガだったんですね。
紀伊 のちに編集さんも「なぜ私はあんな見当違いなメールを送ったのだろうか!!」と頭を抱えていて笑ったんですけど。それからもしばらく「暇になったら描いてくださ~い!」とコンタクトし続けてくれて、よきタイミングで描き始めたという感じです。

――『海辺のエトランゼ』が初のオリジナル作品で、2013年に第1話が発表されたあと連載が決定しました。
紀伊 最初の本誌掲載は当然反応がなく「無」からスタートしているのですが、その第1話を読んでくれた友達がわりとピュアに興味を持ってくれて、キャラクターについていろいろ聞いてくれたんですね。その質問に答えるために自分もキャラクターのことを考えるようになって、キャラクター像がだんだん出来て描くうえで支えにもなりました。本当にありがたいですね~。当初はとりあえず読み切りのつもりで、編集さんとも「あとは適宜決めましょう」と話していました。

――単行本の発売後は、SNSでも話題になりましたね。
紀伊 なぜか書店員さんが推してくれたのもあって、おかげさまでたくさんの人に読んでもらえました。BL好きに反響があったというより、間口が広い印象があったのか、BLを普段は読まない人にも手に取ってもらえたのかなと思います。

アシスタントを入れずに描く理由

――2014年から続編『春風のエトランゼ』の連載が始まり、今も続いています。
紀伊 ありがたいです。同じ年に『CRAFT』(大洋図書)で『雪の下のクオリア』、2016年に『FEEL YOUNG』(祥伝社)で『魔法が使えなくても』を描いて、そのあとに映画『海辺のエトランゼ』の制作が決まり、その前に水面下で『アイの歌声を聴かせて』も作業していたので、なかなか大変な時期でした。なので『春風のエトランゼ』も不定期連載になっていましたが、基本的にアシスタントを入れず全部自分で作業しています。

――アシスタントを入れない理由は?
紀伊 入れるタイミングを逃した感があります。毎回キツイので、誰かに頼みたい気持ちは常にあります、でも「誰かに頼むくらいなら自分で描くか……」がギリギリ続いているみたいな。「他人にまかせちゃったら描く意味あるのかな?」という考えがよぎることもあり……。でも、締め切り目前に難しい背景を描いていると「もうこんなの嫌だーッ!!」となるので、もうアシスタントさんにお願いしたいです。こんな話をして大丈夫ですか?

――そこは気にせずにお話しいただければ(笑)。
紀伊 描くスピードが速いかといえば、速くもなく遅くもなく。ただ、描き始めるまでが長い。早くに描き始めれば全部解決するのですが、なかなか難しいです。

キャラクターへの興味が尽きない

――びっくりしました。キャラクターも背景も緻密なので、ひとりで描いているとは。
紀伊 作画へのこだわり系の質問はよくもらうのですが、こだわっているわけじゃなく結果的にこうなっているだけなんです。花が出てくるなら花をちゃんと描く。その必要があるから描くだけという感覚ですね。「描くのが楽しそう」と言われるのですが、楽しいとかでなく、毎日の鍛錬。行程表のマス目を塗りつぶしてく感じですよ、ホントに。

――なるほど。
紀伊 考え方がキャラクターありきなので、最低限のキャラクターの生活が見えるようにしたいんです。「このキャラクターならどんな部屋で、どれくらい散らかっているか」のような、生活の中にある質感。キャラクターの側面を描く手段として背景が必要で、それを見るのは楽しいことだと思うんです。読んでいる間だけは架空のキャラクターにリアリティを感じられる。それこそがマンガで物語を見る醍醐味だと思うし、それに対してちょっとがんばりたいなと思います。大変ですが……。

――アニメーター時代もマンガ家の今も、一貫してキャラクターを大切にしているんですね。
紀伊 そうですね。今でいうと「推しがかわいい」なのかな。極端にいうとキャラクター基準でしか考えていないですね。10代の頃に抱いた原初的なオタクの感覚を持ち続けているというか。

――作画するうえで大切にしていることはありますか?
紀伊 全体のバランスを取ること、というと大仰ですけど。全体を見て「ちょうどいいな」と思うラインに画面を調整しています。『海辺のエトランゼ』の初期は「密すぎやろ……」って感じで、画面いっぱいに描かれていて自分では読みづらいです。今は緩急をつけるなど「もう少しスッキリさせてもいいかな?」と思っています。

――キャラクターでいえば、紀伊さんの作品は『海辺のエトランゼ』の駿(しゅん)、『魔法が使えなくても』の岸のような、少しダウナー系の男性も魅力です。
紀伊 だいたいにおいて人間はこうなんじゃないかと思っていますが、どうなんでしょう。登場するのが道徳性の高い崇高な人間ばかりだと、見ていて自分のダメさと向き合うことになってしまい疲れたりするので、自分で描くとどこか抜けた人ばかりになってしまうんですよね。駿や岸君は読者さんに嫌われることもけっこうありますよ。でも、おそらく世の半分くらいはこういう人がいると勝手に思っているので、しょうがないというか。「必要悪」というほど彼らは悪じゃないですが、必要なキャラクターたちですね。こういうダメな人をみると「人間だなぁ……」と安心します。

――(笑)。
紀伊 でも、まぁ現実にいたらスリッパとか投げるんですけど。千代ちゃんや桜子も私は怖い女の子だと思っているので、萌えとは違う感覚です。マンガにもいろいろな人が存在していてほしいです。

書籍情報

『春風のエトランゼ』
既刊第1巻~第4巻まで好評発売中(『on BLUE』にて不定期連載中)
著/紀伊カンナ
発行/祥伝社

  • ©紀伊カンナ/祥伝社on BLUE COMICS