Febri TALK 2022.05.30 │ 12:00

岩浪美和 音響監督

①映画らしいリアルな音を追求した
『ガールズ&パンツァー 劇場版』

音響監督として長年、アニメ作品に携わっている岩浪美和。氏のインタビュー連載は趣向を少し変え、自身が携わったアニメ作品の中から、音響制作面の進化につながった3作をピックアップ。1本目は、その音響にも注目が集まった戦車道アニメ『ガールズ&パンツァー 劇場版』について。

取材・文/森 樹

“音”を聴くためにお客さんが集まった日本初の作品

――岩浪さんには自身のキャリアの中から、とくに印象深いアニメ3作品を選んでもらいました。1本目は『ガールズ&パンツァー 劇場版(以下、ガルパン劇場版)』です。
岩浪 『ガルパン劇場版』は、大げさに言えば“音”を聴くためにお客さんが集まった日本初の作品だと思います。その意味でも思い出深い作品ですね。それ以前から、映画館で上映されるときの音量には不満があったんです。というのも、日本のアニメーション映画は「子供が見るもの」という認識があり、そうなるとあまり大きな音が出せなかった。けれども、子供向けでないアニメ作品に関わるなかで、このままでは困るなと。そんなとき、立川にあるシネマシティで極上爆音上映をやりますと。

――岩浪さん自らが音響を調整する「センシャラウンド」シリーズですね。
岩浪 それ以降、僕が映画館に直接調整をしに行くかたちで音量を担保した上映が各地で始まりました。もともとシネマシティでの爆音上映は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』と『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の間を埋める作品として『ガルパン劇場版』に白羽の矢が立ったんです。そこで音響調整にタッチするようになったのですが、結果、1年のロングランヒットになりました。

――シネマシティが『ガルパン』ファンの聖地にもなりました。
岩浪 そうなんです。なんと興収全体の1/10程度をシネマシティ1館で稼いでしまったという、稀有な事例になりました。

――映画音響への不満というのはいつ頃から抱いていたのでしょうか?
岩浪 ちょっと時間をさかのぼりましょうか(笑)。僕がこの世界に入りたいと思ったのは『スター・ウォーズ』の第1作、今でいうところの『エピソード4/新たなる希望』を封切り時に見て、そこでサウンドデザインのベン・バートさんの仕事に衝撃を受けたんです。それまでどちらかと言えばB級、C級に見られていたSF映画を、技術の力でトップクラスに引き上げた。もちろん、ジョン・ウィリアムズの音楽も素晴らしかったですが、僕はベン・バートの音にやられましたね。そこから音響の専門学校に通い、卒業後は録音スタジオに勤めました。そこがたまたま『スター・ウォーズ』の吹き替え作業をしていたスタジオで、当時の音響素材を調べたり、研究したりしました。「Xウイングの音はジェット機の音を倍速にしている」とか。

――SF映画のサウンドデザインに魅了されたわけですね。
岩浪 そうですね。自分で音響機材も触るようになり、どうやったらハリウッドに近い音の迫力を出せるのか、日々勉強していました。僕はアニメの仕事がメインですけど、『マトリックス』シリーズや『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』といった洋画の吹き替えの仕事に携わる機会もあり、『ダークナイト』では部屋の中で大砲をぶっ放すシーンに影響を受けました。あの音の迫力、印象をフィードバックして作ったのが、『ガルパン劇場版』に登場するカール自走臼砲の大砲の音なんです。

本物を使えばいい

というものではなくて

本物らしさを感じさせながら

上手にウソをつく

――なるほど。
岩浪 ハリウッドの映画の音に触れ続けてきて、追いつきたい、追い越したいと思いながらこれまでやってきました。とはいえ、『ガルパン劇場版』も封切り前までは心配でした。ここまでやっていいのかと。それまで何千発の砲撃や爆発がある日本映画はほぼなかったはずですから。迫力があるけどうるさくない、気持ちいい砲撃音や爆発音を、映画全体のダイナミックレンジ(※再現できる音の大小の範囲)を踏まえながら適切に表現できたと思います。

――岩浪さんは『ガルパン』での音響を「クソリアルではないリアル」と表現していました。リアルに完全に合わせるのではなく、迫力や緊張感にこだわったものになっています。
岩浪 たとえば、日本で銃火器を扱った映画に「本物の音を録りにハワイに行ってきました!」と自慢げに宣伝しているものもありました。でも、本物を使えばいいというものではなくて、本物らしさを感じさせながら、上手にウソをつく。映画らしいリアルとはどういうことかを研究して、その成果を込めたのが『ガルパン劇場版』なんです。

――映画館での鑑賞が“体験”になりましたよね。
岩浪 家庭ではどうやってもあの迫力は無理ですからね。僕の代表作にもなりましたし、『ガルパン劇場版』のあとは、いろいろなことがやりやすくなりました。たとえば、『ガルパン劇場版』の前に『ゼロ・グラビティ』(2013)がドルビーアトモスで公開されました。それを見たときに「日本の音は10年遅れている」と感じたんです。これからはこのフォーマットで映画を作らないと世界に追いつけなくなると思い、映画作品に関わるたびに「ドルビーアトモスで作らせてください」とお願いしていました。ただ、ドルビーアトモス対応の映画館はそんなに多くなかったですし、制作費をリクープできないからとなかなか実現できなかった。その風向きが変わったのが、『ガルパン劇場版』のヒットなんです。加えて、イオンシネマ幕張新都心にあるドルビーアトモスシアターでは、5.1chの音響素材を9.1chにリアルタイムでアップミックスできる上映を開発しました。いわゆる“なんちゃってアトモス”ができたんです。それもイチからドルビーアトモス対応の音響を制作する布石になり、劇場アニメ『BLAME!』でようやく実現することができました。

――ちなみに音作りに関して、水島努監督からリクエストはあったのでしょうか?
岩浪 あまりなかったです。TVシリーズからずっと担当していて、その延長線上に劇場版もあるので。ただ、TVシリーズのときから「どうやったら迫力のある音にできるのか」というのは、僕と仕事でトリオを組んでいる録音の山口貴之、音響効果の小山恭正と日夜、飲みながら話していましたね。endmark

KATARIBE Profile

岩浪美和

岩浪美和

音響監督

いわなみよしかず 神奈川県横浜市出身。アニメ、洋画吹き替えなどに携わる音響監督。ミキシング・エンジニアとして業界入りしたのち、音響監督としての活動をスタートさせる。近作に『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』『Fate/Grand Order -冠位時間神殿ソロモン-』など。

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