Febri TALK 2022.06.03 │ 12:00

岩浪美和 音響監督

③吉浦康裕監督の才能に驚いた
『アイの歌声を聴かせて』

音響監督・岩浪美和に、自身のキャリアの中でとくに印象深い作品について聞くインタビュー連載。最終回は、2021年に公開された吉浦康裕監督の『アイの歌声を聴かせて』。ミュージカル映画として、セリフと歌をシームレスにつなぐことにこだわったと語る本作では、吉浦監督の画作りに驚いたという。

取材・文/森 樹

セリフと歌をシームレスに聴かせるための技術的なチャレンジ

――最後は、昨年公開された劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて(以下、アイ歌)』です。
岩浪 僕にとって初めてのミュージカル映画でした。邦画における歌の処理については長年思うところがあって、『アイ歌』でいろいろチャレンジできましたし、おそらくはうまくいっただろうという意味でも印象深い作品ですね。なによりも、吉浦康裕監督との出会いが大きいです。

――吉浦さんとの映像制作は初めてですよね。
岩浪 それまでの作品は一観客として見ていたのですが、一緒に作業してみて「この人はすごいな」と。とにかく画作りがうまいんです。ひとつのカットに対するアングル、カメラワークのみならず、シーンの組み立て方や映画全体の構成に無駄がなく、すべてが的確なんです。こんな映像を作ることができる監督はそうそういないなと、コンテ段階で思いました。音はそれに合わせるだけだからすごく作りやすくて、楽しかったですね。

――あまり楽しくない音作りもあるということですね。
岩浪 ダメな映像だと、どうやってそれを誤魔化そうか考えるしかないので大変です(笑)。『アイ歌』の話に戻ると、ミュージカル映画の基本として、セリフと歌をシームレスに聴かせることが必要になります。その基本を忠実に遂行するために自分の中で整理していたポイントがあって、それを踏まえた技術的なチャレンジをしています。

――具体的にはどういったチャレンジでしょうか?
岩浪 たとえば、普通のセリフを収録したときと同じ型番のマイクでミュージカル曲のレコーディングをしています。また、コンプレッサーという声を圧縮する機械を使うのですが、その設定を細かく指定して、違和感が出ないように調整しました。『アイ歌』の音楽制作は『ガールズ&パンツァー 劇場版(以下、ガルパン劇場版)』でもご一緒したランティスの関根(陽一)さんだったので、そのあたりの突き詰め方も含めてスムーズに作業ができました。完成した映像を見ると、セリフと歌のつながりは、わりとうまくいったのかなと思います。

――吉浦監督とは密に打ち合わせをしたのでしょうか?
岩浪 じつを言うと、たいした打ち合わせはしていません。絵を見ればすべてわかりましたから。ただ、こちらからひとつ助言したのは、吉浦監督はガチSFの人ですけど、今回はガチのSFの音は止めましょうと。この作品はジュブナイルであることを優先しました。

邦画における歌の処理には

長年思うところがあって

この作品で

いろいろチャレンジできた

――AIが主役であるとはいえ。
岩浪 最近は、SFを前面に出すとお客さんがしり込みしてしまう傾向がありますからね。そこは宣伝的に難しい部分であったと思いますが、ひとつラッキーだったのが、『アイ歌』は僕が手がけていた『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』と公開時期が近かったんです。時期的にコロナが落ち着いていたこともあり、いくつかの劇場では、どちらの作品でも直接音響監修をすることができました。そういう劇場では非常に好評で、ロングランヒットになりましたね。たとえば、立川シネマシティであれば、『アイ歌』は当初、シネマ・ワンのf studioで公開されていました。ただ、こちらから交渉して音響が売りのシネマシティ シネマ・ツーでもかけてもらえることになり、さらに口コミが広がっていくような現象も起きました。

――主演の土屋太鳳さんの歌声も作品の魅力につながっていました。
岩浪 主人公の土屋太鳳さん、ヒロイン役の福原遥さん、あと工藤阿須加さんなどメインキャストを務めたのは顔出しの俳優さんですが、お三方ともアニメーションに対するリスペクトがありました。子供の頃からアニメを見ていて感動した経験があったので、『アイ歌』でも真摯に向き合って頑張ってくださいましたね。僕が音響を監修したチネチッタ川崎で映画を見たことを土屋さんがブログで書いてくださったのですが、その翌週はチネチッタの入りがすごいことになりました(笑)。

――そういう効果もあったわけですね。
岩浪 だから、ただ音響を制作するだけじゃなく、ちょっと頑張って音を調整しに行くと映画館も制作配給側も喜ぶし、それをお客さんが喜んで見てくだされば、少なからず興収も上がるわけです。Win-Win-Winの関係ですね。『ガルパン劇場版』や『BLAME!』で地道にやってきたことが、『アイ歌』にもつながったということです。

――最近は映画音響面での大きな変化はあるのでしょうか?
岩浪 ドルビーアトモスの登場以降は、大きな変化はないと思います。ただ、たとえば、『2001年宇宙の旅』は70mmミリの立体音響で作られています。つまり、当時最新の、最高のフォーマットで作っておけば、それこそ10年後、20年後、50年後でもアーカイブとしての価値が上がるんです。以前だと、そういったことに配給会社も制作会社も及び腰でしたが、徐々に実績を積み重ねてきたことで、状況が良い方向に変わってきているのは実感しています。

――今後、音響面でチャレンジしたいことはありますか?
岩浪 劇場作品で言えば、最高のフォーマットで作り続けるというのは意識していますし、TVシリーズや配信作品も、全世界で見られる可能性があることを前提にしていきたいですね。そこは海外の連続ドラマが勉強になります。倍速で見られないようにするとか、次の話数への引きをどう作るのかもひとつの技術ですから。今は世界中の映像娯楽産業と勝負しないといけないので、ひとつひとつの作品でアプローチを考えていく必要があると思います。endmark

KATARIBE Profile

岩浪美和

岩浪美和

音響監督

いわなみよしかず 神奈川県横浜市出身。アニメ、洋画吹き替えなどに携わる音響監督。ミキシング・エンジニアとして業界入りしたのち、音響監督としての活動をスタートさせる。近作に『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』『Fate/Grand Order -冠位時間神殿ソロモン-』など。

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