Febri TALK 2022.10.03 │ 12:00

平松禎史 アニメーター、演出家

①日本のアニメにはない魅力を感じた
『トムとジェリー』

大人気作『呪術廻戦』をはじめ、数多くの作品に参加するベテランアニメーター・平松禎史に、アニメ遍歴を聞くインタビュー連載。第1回は小学生の頃に見た名作ドタバタアニメについて。『ミスター味っ子』に与えた意外な影響(!?)まで、たっぷり話を聞いた。

取材・文/宮 昌太朗

テックス・アヴェリーのどギツイギャグが子供心に刺さった

――平松さんは1963年生まれなので『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』など、アニメブーム真っ只中に思春期を過ごした世代になりますね。
平松 もちろん、『宇宙戦艦ヤマト』は大好きだったんですけど、放送当時はその裏で放送されていた『アルプスの少女ハイジ』を見ていましたね。『機動戦士ガンダム』は自分の好みから少し外れていて、どちらかと言えば、再放送からちゃんと見た感じ。その頃はもうちょっと牧歌的なものが好きだったんだと思います。

――子供の頃に見ていて、今でも印象に残っている作品というと?
平松 これも再放送だった気がするんですが、『黄金バット』でしょうか。あとは『仮面ライダー』をはじめとする特撮番組が好きで、よく見ていました。『ウルトラマン』はドンピシャ世代ではないので、僕が見ていたのは『帰ってきたウルトラマン』や『キャプテンウルトラ』ですね。

――特撮のどこに惹かれたんでしょうか?
平松 怪獣が出てくるところ(笑)。あとは宇宙船がビュンビュン飛んだり、単純にスペクタクルとして楽しんでいたと思います。特撮は、やっぱり画面作りが面白いんですよ。ただカメラで撮るだけではなくて、いろいろな工夫をして現実には存在しないものを作り出そうとする。そこに夢がある……というか、アニメと似た部分を感じるんです。実際、特撮の世界に行きたいと憧れていたこともありました。

――なるほど。今回、1本目に挙がった『トムとジェリー』ですが、これはいつ見ていた作品なんでしょうか?
平松 小学生ですね。家に帰って、まず見るアニメが『トムとジェリー』でした。当時は「トムジェリ」と呼んでいたんですが、友達と「昨日の『トムジェリ』見た?」みたいな話をよくしていましたね。同じ頃に『超電磁ロボ コンバトラーV』も放送していたと思うんですが、『トムジェリ』には『コンバトラー』とはまた違う魅力があって、アニメーターになってから振り返ると『トムジェリ』から受けた影響は大きかったと思います。

――どこに魅力を感じたんでしょうか?
平松 やっぱり「動きで見せる」ところですよね。キャラクターが精密に扱われていて、カメラの動きも斬新で。子供ながらに「日本のアニメとは違うな」と思いながら見ていました。あと『トムとジェリー』は7~8分くらいの短編が3本立ての30分番組になっていて、最初と最後が『トムとジェリー』。でも、真ん中はそれとは違う短編が入っていたんです。

――テックス・アヴェリーが監督していた、ちょっとアナーキーな短編ですね。
平松 そうです。当時は正体不明だったので「真ん中のヤツ」と呼んでいたんですが(笑)、犬のドルーピーや口笛を吹くオオカミのシリーズが面白くて――あとは日本で放送されたバージョンにはあまり出てこなかったのかな? スカンクのキャラクターのヤツも面白かったですね。アニメというものを意識し始めると、『トムとジェリー』のほうは動きが滑らかでちょっとディズニーっぽい。一方、テックス・アヴェリーの作品はもっとエッジが効いていて、動きにメリハリがあるんです。ギャグも悪辣と言っていいほどどギツいうえに、中にはディズニーを揶揄するようなものもあったりする(笑)。そのあたりが、子供心に刺さったんでしょうね。

キャラクターが精密に

扱われていて

カメラの動きも斬新

「動きで見せる」ところに

魅力を感じた

――テックス・アヴェリーの作品は、昔に比べるとかなり入手しやすくなりましたよね。
平松 ドルーピーのシリーズは廉価版のDVDが出ていますよね。ドルーピーはどれも面白いんですが、とくに好きなのが双子の兄弟(ドリーピー)が出てくるエピソード(「双児騒動」)。ブルドッグのスパイクが、ドルーピーからいつもこっそりご飯をもらっているという設定なんですけど、ドリーピーはそういう事情を知らないので、スパイクをボコボコにしてしまう(笑)。ギャグとしては相当、底意地が悪いし、今だともしかしたら放送できないかもしれないです。

――たしかに。笑いの質がちょっと大人向けの雰囲気があります。
平松 他にもアヴェリー流に「三匹の子豚」を料理した「勝利はいただき」とか、あとはさっきもチラっと出た口笛オオカミのシリーズとか。口笛オオカミは吹き替えの声優を小林清志さんがやられていて、下半身だけで足をひきずるように歩いていくんです。子供の頃はあの歩き方をよく真似して遊んでいました。

――そうだったんですか!(笑)
平松 アニメ業界に入ったあと、先輩からビデオを借りて見直したんですが、「やっぱりテックス・アヴェリーはすごいな」とあらためて思いましたね。『トムとジェリー』だと、僕はクラシック音楽も好きなので「星空の音楽会」は好きなエピソードのひとつです。あとはピアノの中でジェリーが寝ていて、大騒ぎになる話(「ピアノ・コンサート」)もいいですよね。

――平松さんというと細やかな日常芝居が印象的なので『トムとジェリー』やアヴェリーのようなスラップスティックな作品が好きと聞くと、少し意外な感じがします。
平松 たしかに意外な顔をされることが多いですね(笑)。とはいえ、スラップスティックなアニメも好きですし、それこそ特撮のような画面も、チャンスがあればやりたいなといつも思っているんですよ。

――そうなんですね! 平松さんがこれまで手がけた仕事の中で、影響を受けているものはあるのでしょうか?
平松 日本のアニメであの感じを、そのままオマージュするのはなかなか難しくて(笑)。ただ、『ミスター味っ子』では少しやったかもしれない。シリーズの後半、キャラクターデザインが毛利和昭さんに代わってから、ギャグ要素が増えたじゃないですか。そのときに、ちょこちょこやった記憶があります。あくまでも味付け的に「ここでちょっとアレをやってみよう」くらいの感じではあったんですけど……。毛利さんもテックス・アヴェリーが大好きで、レーザーディスクを借りたりしたんですよ。endmark

KATARIBE Profile

平松禎史

平松禎史

アニメーター、演出家

ひらまつただし 1963年生まれ、愛知県出身。サラリーマン生活を経て、1987年に『ミスター味っ子』で原画デビュー。最近の主な参加作品に『寄生獣 セイの格率』『ユーリ!!! on ICE』『さよならの朝に約束の花をかざろう』『呪術廻戦』など。

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