Febri TALK 2022.04.18 │ 12:00

大野敏哉 脚本家

①「幸せ」「平和な日常」の象徴としての
『トムとジェリー』の記憶

『86-エイティシックス-』や『宝石の国』など、幅広い作品を手がける脚本家・大野敏哉に影響を受けたアニメ作品を聞くインタビュー連載。その第1回は、先ごろ実写映画化もされたアメリカのカートゥーンを代表する一作について。この名作から、大野が受けた影響とは?

取材・文/宮 昌太朗

自分の作品づくりというよりは、人生に影響を与えてくれた

――今日は、大野さんがこれまでに影響を受けたアニメについて話を聞かせてください。子供の頃は、どんなアニメを見ていたのでしょうか?
大野 記憶に残っている作品で言うと『一休さん』や『未来少年コナン』ですね。僕は名古屋の出身なのですが、名古屋はアニメの再放送が多い地域だったらしく、夏休みの時期になると、朝から『妖怪人間ベム』や『ふしぎなメルモ』が放送されていたのをおぼえています。

――大野さんくらいの年代(1969年生まれ)で名古屋出身というと、ちょうど『機動戦士ガンダム』がオンエアされていたのかなと思うのですが……。
大野 僕の世代は「ガンダム世代」と言われることが多いですし、たしかにまわりがブームだった記憶はあるんですけど、じつはまったく見ていないんです。「どうして見ていなかったんだろう?」と思って調べたことがあるんですが、『機動戦士ガンダム』は夕方5時半からの放送だったんですよね。当時の僕は、その時間は外で遊んでいたので見ていなかったんですよ。

――そうなんですね(笑)。今回、1本目に挙がった『トムとジェリー』も、子供の頃に見ていた作品ですか?
大野 そうですね。先ほど夏休みの話をしましたが、名古屋では夕方にもいろいろ再放送をやっていて、『トムとジェリー』は午後6時から放送していたんです。それこそ外で遊んで帰ってきてから『トムとジェリー』を見て、終わったら晩御飯を食べる、みたいな。そういうルーティンに組み込まれていた記憶があります。そのせいか「幸せ」とか「平和な日常」の象徴として、『トムとジェリー』が思い浮かぶんです。

――なるほど。当時はどんな風に『トムとジェリー』を楽しんでいたのでしょうか?
大野 ひたすら楽しく、笑えるアニメでした。セリフも少なくて、動きも日本のアニメとは違って生き生きとしている。逆に、最初に『トムとジェリー』を見てしまったがゆえに、日本のアニメにハマらなかったというのはあると思います。作品の空気感もそうだし、ときどき泣ける話があったりして、日本のアニメを見ても「『トムとジェリー』のほうがすごい!」と思ってしまう。その結果、これ以降、アニメを見なくなってしまったんですよね。だから当時は、まさか自分がアニメの仕事をするようになるとは思ってもいませんでした。

――『機動戦士ガンダム』にハマらなかった理由がわかりました(笑)。それ以降は、映画や実写ドラマに興味が移っていく感じですか?
大野 そうですね。小学生の頃から大人が見るような――それこそ、夜10時からやっているドラマが好きな子供でした。もちろん、小泉今日子主演の『あんみつ姫』のような子供向けのドラマも見ていたんですが、その一方で、親から「早く寝なさい!」と言われながら『金曜日の妻たちへ』を見ている、みたいな。ありえない世界を見るのが好きだったんですよね。

マニアックな方向にも

殺伐とした方向にもいかず

どこか能天気なところがある

――小学生で『金曜日の妻たちへ』は、かなり早熟ですね(笑)。脚本家を目指すようになるのは、いつ頃なのでしょうか?
大野 脚本家という職業を知ったのは、高校生くらいだと思います。相変わらずドラマが好きで、しかも帰宅部だったので、学校が終わったら夕方に再放送しているドラマを見るために急いで家に帰るんです(笑)。で、コーヒーを飲みながら、母親と一緒にドラマを見る。このときの体験がなかったら、脚本家にはなっていなかったんじゃないかなと思うくらい、毎日そういう生活でした。それから大学に進学して、学校の図書館で『ふぞろいの林檎たち』のシナリオ集を読んだんです。そのシナリオ集は書き写すくらいに大好きで。それで「脚本家になろう」と思って、シナリオセンターに通うようになったんですよね。

――『ふぞろいの林檎たち』というと、1983年に放送された山田太一原作・脚本の名作ドラマですね。そこからどういうステップを踏んで、プロの脚本家になったのでしょうか?
大野 とにかくいろいろな手を試しました。大学を卒業してから、京都にある映画の専門学校に入って2年間勉強したり。そのあと実家に帰ってきて、喫茶店でアルバイトをしながら、コンクールに手あたりしだいに書いたものを送っていました。そのなかで引っかかったのが、劇団の脚本募集だったんです。

――東京ヴォードヴィルショーの新人作家公募ですね。
大野 その劇団で自分が書いた作品を上演してもらったのが、プロの脚本家としてのデビューになります。自分ではまったく予想していなかったスタートでしたが、その後、自分の劇団を作るくらいに演劇にハマっていくことになります。

――なるほど。話は少し戻るのですが、自身の作品に『トムとジェリー』からの影響は表れていると思いますか?
大野 直接的には影響されていないと思います。ただ、楽しく呑気なものをやりたい、という気持ちは強いですね。なかなかそういう作品には巡り合わないんですが(笑)。

――あはは。
大野 『トムとジェリー』は、自分の作品というよりは、人生に影響を与えてくれた作品だと思います。大人になると、いろいろと大変なことがあるわけですけど、小学生当時というのは、家族に守られて、すごく幸せな生活を送っていたな、と。それはとても大切な思い出だし、あまり争い事を好まない、穏やかな大人に成長できた――その根っこの部分に『トムとジェリー』があるのかな、という気がします。あと『トムとジェリー』って、子供と安心して一緒に見ていられる作品じゃないですか。マニアックな方向にも、殺伐とした方向にもいかず、どこか能天気なところがある。それはいくつかの自分の作品とも共通するところがありますし、ある意味、自分の原点だとも思っています。endmark

KATARIBE Profile

大野敏哉

大野敏哉

脚本家

おおのとしや 1969年生まれ。愛知県出身。実写ドラマ・映画の脚本家としてキャリアをスタートさせ、2011年に放送された『スイートプリキュア♪』以降はアニメにも進出。最近の参加作に『約束のネバーランド』『86-エイティシックス-』など。