Febri TALK 2021.07.14 │ 12:00

イシグロキョウヘイ 監督

②クリエイティビティを刺激された
『千年女優』

イシグロキョウヘイに聞く「人生を変えた3本のアニメ」。インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、今敏監督の『千年女優』。現在と過去、虚構と現実が入り交じる世界観の構築に、今監督の圧倒的なイマジネーションと、それを実現するスタッフワークのすごさを感じたそうだ。

取材・文/森 樹

ほかのアニメとは異質なのに、いい意味で映像と音がなじんでいる

――2本目は、今敏監督の『千年女優』です。2001年の作品ですが、そのときはアニメ業界にもう入っていたのでしょうか?
イシグロ 公開当時はまだ大学生ですね。実質2浪、24歳で大学を卒業したのですが、『千年女優』を見たときは単なるいちアニメファンでした。そのときは音楽活動に力を入れていて。

――今監督の作品はそれまでも見ていたのでしょうか?
イシグロ 『パーフェクトブルー』を高校生のときに見て、それからファンになりました。『千年女優』は『パーフェクトブルー』の今さんと、音楽を担当している平沢進さんのタッグに興味があって、実際の映像も『新世紀エヴァンゲリオン』と同じ感覚を得たというか、すごくクールでしたね。アニメでこの内容をやる意義というものを感じて。

――たとえば、どういったところでしょうか?
イシグロ だまし絵のようにどんどん場面転換していくのは実写でもできると思うのですが、それを絵として描いて動かすところですね。そこに驚きと感動がありました。それと、音楽の使い方のうまさです。平沢さんとどのような話し合いを経てああいう劇伴に落とし込んだのかわからないのですが、ほかのアニメとは明らかに異質なのに、いい意味で映像と音がなじんでいる。そういう不思議なミックス具合を音楽からも感じる映画なんです。

――なるほど。
イシグロ 当時は今さんや大友(克洋)さんの作品、『攻殻機動隊』など、リアル系の絵柄が好きでよく見ていました。リアルなお芝居がそこにあって、それが押しつけがましくならずに物語が進んでいく部分にも惹かれましたね。当時はアニメ業界を目指していたわけではないのですが、「こういうクールなものを作りたい」とクリエイティビティを刺激されたのは、『千年女優』を見てからでした。

――演出家としての今さんの魅力はどこにあると思いますか?
イシグロ 現実と虚構の境界線の飛び越え方に象徴されるように、イマジネーションの底力が圧倒的だと思います。それは『千年女優』だけではなく、『パプリカ』での廊下がぐにゃぐにゃになっていく表現もそうですよね。もしかしたら思いつくことはできるかもしれませんが、絵として演出をつけるのは非常に難しい。技術的なことでいえば、ダメな消失点の使い方で成立しているんです。それをあえてやってみせるというのは、絵がうまくないとできない演出なんです。セオリーに外れたものを力技で演出に落とし込んでいますね。

今さんは

イマジネーションの底力が

圧倒的だと思います

――イシグロさんが影響を受けた部分はありますか?
イシグロ いちばんは日常芝居の描き方ですね。キャラクターがちゃんとそこに実在することを前提にしたカット作りなんです。それがどの場面でも徹底されているから立体感があるし、現実的なものに見える。それでいて、あのイマジネーションを発揮されるわけですから、本当にすごいです。今、今敏イズムを感じるのは、クリストファー・ノーランですね。

――ホテルの廊下に異常が生じるシーンは『インセプション』にもありますよね。
イシグロ 絶対影響受けていると思います。ちょっと聞いてみたいですけどね、ノーラン本人に(笑)。音楽面だと、自分の好きなアーティストに劇伴をゆだねていいんだと背中を押してもらいました。『サイダーのように言葉が湧き上がる』の劇伴を牛尾憲輔(agraph)さんに依頼したのは、『千年女優』にルーツがありますね。

――多方面で指針になっているわけですね。
イシグロ シナリオの構成も見事だと思います。それでいて『千年女優』の脚本に村井さだゆきさんが入られているように、原案を作った物語を他人にゆだねて精査することもできるんですよね。

――第三者の視点を入れている。
イシグロ エゴが強いと意外とできないですからね。今さんはあれだけ絵が描けて、お話もご自身で考えられているのに、大きなチームで作品を作るという感覚をきちんと持っていらっしゃる。制作進行として業界に入ったあと、マッドハウスに立ち寄ったときに今さんの仕事場を眺めたこともありましたが……アニメーターの人たちからも慕われていたと思います。現場をコントロールしすぎないというか、あの精密なコンテからは想像できない自由さが、作画スタッフにはあったのではないでしょうか。スタッフとして入られていた方に話を聞いても、コミュニケーションはすごく密にとっていたそうなので、現場作り、全体のチーム感みたいなものを大事にされていたと思いますね。

――それはイシグロさんの監督としての振る舞いにも影響しているのでしょうか?
イシグロ そうですね。自分が監督として携わる際は、スタッフが高いモチベーションで作品に取り組める現場にしたいと考えています。もう少し上の世代の作品作りだと、厳しさのなかでクオリティを保ってヒットを出した例もあると思うのですが、僕より下の世代はそうはいかない。アニメは個人制作ではなく、スタッフありきという考えがないと、なかなか歴史に残るような作品にはなりづらいと思います。endmark

KATARIBE Profile

イシグロキョウヘイ

イシグロキョウヘイ

監督

1980年生まれ。神奈川県出身。サンライズで制作進行を務めたのち、演出家デビュー。その後、フリーとなり、『四月は君の嘘』で監督を手がける。2021年7月22日に監督作品としては初となるオリジナル劇場映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』が公開される。

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