Febri TALK 2022.02.11 │ 12:00

いしづかあつこ 監督

③作り手の遊びに翻弄され続ける
『霧につつまれたハリネズミ』

いしづかあつこ監督に影響を受けたアニメ作品について聞くインタビュー連載。第3回は現代を代表するアニメーション監督のひとり、ユーリー・ノルシュテインの名作について。さらには自身が監督するときの取り組み方についても、じっくりと話を聞いた。

取材・文/宮 昌太朗

ウソ八百の世界が、ひとつの世界観として完成している

――そして3本目が、ユーリー・ノルシュテインの短編『霧につつまれたハリネズミ』。映画史上に残る名作のひとつですね。
いしづか アニメーションを作っている人で、ユーリー・ノルシュテインの作品を嫌いな人はいないんじゃないかと思います。やっぱりなんといっても、彼の挑戦的な作り方ですよね。アナログの中での工夫の重ね方というか、それは出﨑統監督の作品を見たときにも感じたことなんですけど、演出に必要なものを身のまわりからかき集める。そして、自分がいちばん表現したいと思うものを、徹底的に吟味しながら撮り続けるという姿勢に圧倒されます。

――まさにアニメーションという表現の核がここにある、という感じがしますね。
いしづか しかも『霧につつまれたハリネズミ』は、タイトルにもある「霧」の表現が、すごく美しいんですよね。おそらく曇りガラスを何段も重ねて奥行きを作っているんだと思うんですけど、それが本当に美しい。じつは『グッバイ、ドン・グリーズ!』の中に大きな滝が出てくるシーンがあって、そこでも霧の厚みを表現しようとしたんです。撮影さんと何度もやり取りをしながら、霧をたくさん重ねて画面を作るんですけど、どうしても欲しい感じにならない。デジタル上だとレイヤーを重ねただけなので、やっぱり物理的な距離がないんですよね。だから霧を重ねれば重ねるほど、画面がぼんやりするだけになってしまう。どうして『霧につつまれたハリネズミ』にならないんだ!? あれがやりたいのに!って(笑)。最終的には霧の素材をブラシで描いたり、動きのあるCG素材を混ぜてみたりと、デジタルならではのアプローチをして迫力のある画面にできたのですが、アナログとデジタルの決定的な違いを、すごく感じました。

――作品を見たのは、これも『ファンタジア』と同じく学生時代ですか?
いしづか そうですね。学生時代に勉強しようと思って、いろいろ見た中の一本です。画面を覆っている霧に妙に奥行き感があって、画面もすごく立体感があるのに、動いているのが切り絵みたいなキャラクターで。しかも、その途中で突然、水面だけが実写で出てきたりする。その瞬間にドキッとするんですよね。まさに作り手の遊びに翻弄され続けるというか。その感覚が楽しくて、ハマってしまいました。

――ついつい惹き込まれてしまう魅力がありますよね。
いしづか 加えて、ハリネズミがかわいいですし(笑)。

――ノルシュテインはこれ以外にも、いくつか素晴らしい作品を撮っていますけど、他にお気に入りはありますか?
いしづか ノルシュテイン好きにとってはベタかもしれないですけど、『話の話』とか……。あれも翻弄される感じが『霧につつまれたハリネズミ』と似ていますよね。なんというか、素材と映像が作り出す世界観なんですよ。アニメーションは実写と違って、素材をひとつひとつ、すべて自分の手で描かなきゃいけなくて。言ってしまえば、ウソ八百の世界なんですけど、そのウソ八百の世界が、ひとつの世界観として完成している。そこがすごいと思うんです。

アニメーションを作っている人で

ノルシュテインの作品を

嫌いな人はいないんじゃないかと

思います

――なるほど。
いしづか あと、これは実際に自分でアニメーションを作っていて思うことなんですけど、自分の頭の中でイメージしていたものが、観客にとって感情移入できる世界観となって提供される。これって、よく考えるとすごいことで。たとえば、友達から昨日見た夢の話を聞かされても、その夢の面白さは見た本人にしかわからないじゃないですか。その「面白さ」を他の人が見て「ああ、なるほど」と思えるところまで作り上げるのって、すごく大変なことですが、アニメーションってじつはそういうことをやっているんですよね。ノルシュテインの作品もそうですけど、本人が思い描いた世界観を観客に確実に伝えるために、具体的にビジュアル化している。そのことがアニメーションの持っているすごさなんだろうと思うし、作り手がやりがいを感じる部分だと思うんです。

――いしづか監督とノルシュテインでは当然、制作している環境も違うわけですけど、共通している部分はあると思いますか?
いしづか 私の場合、普段TVアニメを見ていないこともあって、最初に頭の中で思い浮かべるのはわりと実写的なビジュアルなんですね。だから、それをアニメーションの現場で具体的に絵にしていくと、最終的な完成形は、自分が最初に思い描いていたものとはたいてい違うものになっているんです。ただ、さっきの夢の話とも関連しますが、最初に思い描いていた絵を実現できたからといって、それが面白いかというとはなはだ謎だなとは思っていて……。完成したものが人により伝わるものになるよう、スタッフと一緒にその表現方法をアップデートしていくんです。これもひとつの、作り手としての工夫だと思います。

――ノルシュテインもそうですけど、どんなスタッフが関わっているかによって、左右される部分も大きいのかなとは思います。
いしづか そうですね。私はむしろスタッフに委ねるほうが好きですね。ひとりでやりたくないんですよ。自分で考えたものを自分だけで表現してしまうと、最初から答えがわかっちゃうんですよね。自分で作った料理は食べる前から味がわかっている、みたいなことで。想像していた以上のものにならないのがイヤなんです。最新作の『グッバイ、ドン・グリーズ!』にしても、私ひとりだったら、たぶんこういう画面は描けなかっただろうなと思いますし。結局、作り手って「自分はこんなにできないんだ」という問題にぶつかるものなんですよね。で、「あれもできない、これもできない」ということが、プロフェッショナルに相談するとできたりする。それは集団制作のすごいところなんだなって思います。endmark

KATARIBE Profile

いしづかあつこ

いしづかあつこ

監督

愛知県出身。大学在学中よりアニメーション作家として活動し、その後、マッドハウスに入社。『ノーゲーム・ノーライフ』や『宇宙よりも遠い場所』など、話題作を手がける。監督・脚本を務める映画『グッバイ、ドン・グリーズ!』が2022年2月18日(金)に公開。


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