Febri TALK 2023.07.21 │ 12:00

加藤達也 作曲家

③劇伴に対する考え方を
広げることになった『Free!』

数々のアニメ作品で劇伴を手がける加藤達也に、人生を変えた3本のアニメを紹介してもらうインタビュー連載の最終回。今回は、劇伴への取り組み方や意識が大きく変わったという『Free!』について。長く続く作品だからこそ突き詰めることができた、劇伴と作品の関係性とは?

取材・文/森 樹

自分の中に『Free!』以前/以後という明確な区別がある

――3本目は、加藤さんがシリーズに長らく関わる『Free!』を挙げてもらいました。
加藤 劇伴作家としてターニングポイントになった作品です。以前から京都アニメーションの作品に関わりたいと思っていたので、念願でしたね。もうひとつ、大きなターニングポイントとなった作品に『境界線上のホライゾン』があるのですが、あの作品は特殊な制作環境でした。原作者の川上稔さんがすべての指揮を執っていて、音楽の発注表も川上さんが担当されていたんです。

――それはすごいですね。
加藤 そうなんです。僕は音楽担当として、川上さんのオーダーに沿いつつも、自分の主張やアイディアを盛り込みながら音楽を制作しました。それまでの作品ではオーダーに応えていくことに必死だったのですが、音響監督ではない原作者の発注ということもあり、より自分自身の視点での発想やプロデュース力を試され、鍛えられた作品でもありました。

――なるほど。
加藤 そのときの音響監督が鶴岡陽太さんで、その後、『Free!』で再びご一緒することになりました。『Free!』では鶴岡さんがメニュー(発注表)を作成してくださったのですが、川上さんとは別の意味で難しかったんです。すごく詩的で、情緒あふれる表現をされる方で、ひとつひとつの言葉にさまざまな意味が込められている。『Free!』は田舎の港町が舞台の物語なので、最初はそうしたシチュエーションに合わせた温度感を狙っていました。ただ、鶴岡さんからの発注はオシャレでポップなもの――死語だけど「ナウい」イメージだったんです。そのギャップを埋める必要があり、日常のメインテーマとなる一曲目を作るまでにすごく時間がかかりましたね。

――「Rhythm of port town」ですね。
加藤 そうです。あの曲ができたときに、ようやく作品に対する劇伴作りの核をつかめた気がして、それが10年経った今も広がり続けている感覚があります。最初の第一歩を踏み出せたところに、ターニングポイントがありましたね。

――それは作家として、発注に対する応え方のセオリーが生まれたということでしょうか?
加藤 むしろ、それまで培ってきたセオリー外のことをやり始めた作品でした。与えられたオーダーに応えることは当然責務となりますが、その上でアニメ作品と音楽の距離感や、アニメと自分自身との距離感を考えながら、その作品の音楽全体をプロデュースする視点を大切にしたのが、『Free!』だったと言えます。

――そうした考え方は、具体的な音楽制作手法にも影響を与えたのでしょうか?
加藤 そうですね。もともと僕は、劇伴をやろうと思って音楽の世界に入った人間ではないのですが、『Free!』の時期に「劇伴とは何だろう?」という疑問をあらためて抱えることになったんです。たとえば、ハリウッドの作品を見ると、歌曲と劇伴を完全に棲み分けるのではなく、サウンド的にそれらを組み合わせるものも多かったり、スタイルは千差万別で。『Free!』でも伝統的なスコアリングのみにこだわらず、ポップス的な音作りを劇伴に取り入れたり、音楽ジャンル的な縛りをあまり考えないようなスタンスで制作しています。

――歌ものの要素を、劇伴に取り入れる。
加藤 音色だけではなく、メロディラインやハーモニー、また同じハーモニーでも内声(コーラスの高音部と低音部の中間)の積み方などを分析して劇伴に組み込んでいます。そういう意味でも、『Free!』以前/以後という明確な区別が自分の中にありますね。

キャラクターの関係性を考えて音楽を付けるようになった

――『Free!』が競泳部の日常を描く物語であることも大きかったのでしょうか?
加藤 よりシンパシーを感じる部分ではありましたね。僕自身がスポーツをしていたこともあって感情移入がしやすかったですし、京都アニメーションの作品ですから、キャラクターの描写がすごく丁寧じゃないですか。

――感情の機微がうまく描かれています。
加藤 その繊細さに引っ張ってもらって、自分もまた成長していったのかなと思います。『Free!』自体、長く続くシリーズで、作品自体が変化していったのも大きいですね。

――キャラクターたちが大学に進学していきますね。
加藤 そういった物語上の変化やスタッフィングにも変化があるなかで、当初は各々のキャラクターや個別のシチュエーションに対して音楽を付けることも多かったのですが、時間の流れとともに次第にキャラクター同士の関係性に焦点を当てたり、ストーリーに対して比較的俯瞰で音楽を付けていくようになりました。これは他の作品での作業においても、表現の幅という意味でエポックな考えになり、役立っていますね。

――長期にわたるシリーズだからこそ、音楽が果たす役割を変えることができて、それが作品に対する視野を広げることにもなった。
加藤 はい。もちろん、キャラクターをストレートに表現することも必要ですし、逆に世界を第三者的視点で見た音楽が必要なときもあります。そうした音の付け方に対する立体感を意識するようになりました。若い頃はずっと「自分の個性を出さなきゃ」「個性って何だろう?」と思っていた気がするんです。それが『Free!』という作品を前に「この作品において、僕だからこそできることは何だろう?」と考え続けるうちに、そこから解き放たれた感覚はありますね。

――劇伴と歌もののシームレスな部分でいえば、『Free!』ではスペシャルソングというかたちで加藤さんが制作したボーカル曲が使われています。
加藤 あれはもう少し作為的なきっかけで、(音楽制作の)ランティスのプロデューサーさんのアイデアですね。『Free!』第1期の頃に「メインテーマのメロディを使った特殊エンディングを最終回に流しましょう。歌詞を付けて、メインキャストたちが歌っていたら感動しませんか?」という提案があったんです。それをやってみたら映像にもすごくマッチして、シリーズの恒例になっていった、という流れでしたね。endmark

KATARIBE Profile

加藤達也

加藤達也

作曲家

かとうたつや 作曲家・音楽家。アップドリーム所属。幼少期からさまざまな音楽に触れる環境に育つ。東京音楽大学音楽学部では、作曲指揮専攻映画放送音楽コースを専攻。その際、三枝成彰、服部克久らに師事。2009年から本格的にアニメの劇伴を担当するようになる。近年の参加作に『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(藤澤慶昌と共作)、『TRIGUN STAMPEDE』、『幻日のヨハネ -SUNSHINE in the MIRROR-』などがある。

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