Febri TALK 2022.09.09 │ 12:00

岸誠二 アニメーション監督

③存在しなかったものを世に出せた
『蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-』

『天体戦士サンレッド』『ケンガンアシュラ』など意欲的な企画を数多く手がけてきた岸誠二が、キャリアのターニングポイントとなったアニメ振り返るインタビュー連載。ラストとなる第3回は、セルルック3DCGによるTVアニメの道を切り開いた、歴史的な一作を取り上げる。

取材・文/前田 久

セルルックの3DCGがキャラクター商品として成立するだけのクオリティになった

――3本目は『蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-』です。これを選んだ理由は?
 これはわかりやすいです。世の中に存在しなかったものを送り出せた作品だからですね。当時、日本の深夜アニメの流れにあるTVシリーズを、3DCGで制作した人がいなかった。だから明確に「業界全体のターニングポイントにしてやれ!」という気持ちで作りました。ずっと「そんな企画できるわけがない。仮に通せたとしても、商売になることはあり得ない」と業界の人たちから言われていたんです。でも、すでにTVシリーズでも部分的には3DCGが使用されていましたし、サンジゲンがEDアニメだけは3DCGだけで作ったようなタイトルもあって、それらが画面として耐えられるものになっていた。それなら、サンジゲンくらいスタッフを抱えているCG会社なら、全編3DCGでTVシリーズを制作できるだろうと思ったんです。

――そもそもこの原作をアニメ化するのは、どういった流れだったのですか?
 フライングドッグのプロデューサーだった南健さんからお話をいただいたのですが、「この戦艦は手描きではできないし、やるならキャラクターを含めて全部3DCGでしょう」と言ったら面白がってくれて。それからすぐにサンジゲンへ出向いて、代表の松浦裕暁さんに話したところ、すぐに「やろう」と言ってくれた。松浦さんも同じ野心があったんでしょうね。とはいえ、『Angel Beats!』同様、これも無茶をした作品ではありました。

――前例のない企画というのは、そういうものですよね……。
 その分、今だったら「無理だ」と言われるくらいのことを、加減なしでやれたんですよ。誰もが手探りだから基準がわからなかった。「やれるんじゃない?」という感じで始めたから、大変だったけれども最終的になんとかできたんです。スケジュールは潤沢な状態で始まったのですが、最後のほうは詰まってきて、まだ現場が動いている時期に放送が始まってしまったんですよね。3DCG作品なのに(笑)。

――3DCGの作品は手描きのようにはスケジュールを短縮しづらいので、なかなかそれは怖いですね。
 ただ、そのおかげで『瀬戸の花嫁』のときのように、お客さんの意見を聞きながら終盤の話数を作ることができた。最終回あたりを作りながらお客さんの反応を見て「いけるぞ!」と思えたことで、作業に無茶なブーストがかかったんですよ(笑)。それはそれで結果的にはよかったですね。ちゃんと数字で結果も出せましたし。

――そこから劇場版が制作されるほどのヒット作になりましたものね。
 ありがたかったですね。プロデューサーも数字を出すためにいろいろな仕掛けを頑張ってくれて、その力も大きかったですが、やはりセルルックの3DCGがキャラクター商品として成立するだけのクオリティになっていた点が大きい。それだけのものをTVシリーズで示せたのは、のちのちの企画にも影響が大きかったです。

とにかくメンタルモデルを

面白く、かわいく見せながら

その裏にあるSF設定を

楽しんでもらえるように

――セルルックの3DCGアニメによる初のTVシリーズという点も苦労があったと思いますが、そもそも原作が未完の状態だったのも大変だったのでは?
 シリーズ構成は非常に難しかったです。4回くらい作り直しているんですよ。最初の段階ではSF的なところをガチガチに固めた内容になっていました。それがある日、SF考証をしてくださっていた森田繁さんがぼそっと「みんな、この作品で『SF』って見たいのかな……?」とおっしゃって。場が凍りつきましたね(笑)。

――混迷した議論の前提がひっくり返った。
 衝撃でした。さらに森田さんから「お客さんはメンタルモデル(※)が見たいんじゃないの?」と言われて「そうかもしれない……」と。その結果、上っちゃん(上江洲誠。本作のシリーズ構成を担当)には迷惑をかけました(笑)。心が折れかかっていましたが、なんとか頑張ってもらって、キャラクター同士の感情の流れを主体にした「キャラクター劇」として成立するシリーズ構成を作ってくれました。とにかくメンタルモデルを面白く、かわいく見せながら、その裏にあるしっかりとしたSF設定を楽しんでもらう。結果として、少し情緒不安定に陥ってしまったコンゴウを止めるべく、同じメンタルモデルのイオナが頑張る話に落ち着きました。「3DCGのアニメを商品として送り出す」というテーマにおいて正しい判断だったと思います。初めての3DCG作品という先入観から、スタッフみんながSF方向にイメージの舵を切っていたんですよね。でも、そこでSFの御大が「違うんじゃない?」と言ってくれたことで目が覚めるという(笑)。

※本作に登場する、戦艦に宿った知性・意志が人間の姿をとったもの

――スタジオぬえの方がそれをいう意味は大きいですよね(笑)。
 おかげで助かりました。現場にはSFが好きな人間が多いので、フィルム感は勝手にそちらに寄っていくんですよ。だから我々が商品として意識しないといけないのは、そこじゃないと。こだわるべき部分がはっきりとわかって、面白い瞬間でした。劇場版になっても、キャラクター劇の軸はブレませんでしたからね。そうそう、劇場版は総集編と新規パートの『DC』と完全新作の『Cadenza』の2作を作らせてもらえて、それはそれでありがたかったのですが、『DC』の新作部分と『Cadenza』を合体させて一本にしたものを作らせてくれないかなぁ……と、いまだに考えることがあるんですよ。何かをきっかけに、実現したらうれしいですね。endmark

KATARIBE Profile

岸誠二

岸誠二

アニメーション監督

きしせいじ 株式会社ロジスティックス取締役、同社アニメーション事業部チーム・ティルドーン代表。アニメーション監督。主な作品に『天体戦士サンレッド』『結城友奈は勇者である』シリーズ『月がきれい』『暗殺教室』『ケンガンアシュラ』『犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい』など。大会に出場するほどのボディビルダーとしての一面も持つ。