Febri TALK 2022.06.10 │ 12:00

桃井はるこ シンガーソングライター/声優

③ 声優&音楽家としての転機
『魔女っ娘つくねちゃん』

1990年代後半から秋葉原でアイドル活動を開始し、「元祖アキバ系女王」の異名を取る桃井はるこ。声優、シンガーソングライター、作曲家、作詞家など幅広い才能を発揮する彼女のアニメ体験に迫るインタビュー連載の第3回は、一風変わった魔女っ子を演じたことで芝居の幅が広がったと語る思い出の作品。

取材・文/岡本大介

入り時間を間違えたのが主役抜擢のきっかけ

――『魔女っ娘つくねちゃん』は2005年に発売されたOVA作品で、桃井さんは主役のつくねちゃん役として出演していますね。
桃井 これはかなり運命的な出会いをして、とても印象に残っている作品なので挙げさせていただきました。

――どんな出会いだったのですか?
桃井 とある作品のアフレコのためにスタジオに入ったところ、現場に誰もいなかったんですよ。「あれ? 時間を間違えたかな、どうしよう?」と思っていた矢先に、ひとりだけスッと部屋に入ってきた人がいて、それがキングレコードのプロデューサーだった大月(俊倫)さんだったんです。大月さんも「あれ? 桃井ちゃんだけ?」という感じで。確認してみたら、その日に限って収録開始が1時間遅かったんですけど、それを知らなかった私と大月さんだけがいつもの時間にスタジオ入りしていたんです。つまり、あと1時間は業界の超有名プロデューサーさんとふたりきりなわけですよ(笑)。「どうしよう、何の話をしたらいいの!?」と焦っていると、大月さんが「今日、ここでふたりきりになったのも何かの縁かもしれないから」とカバンからマンガを出して「今度このアニメを作るんだけど、よかったら桃井ちゃん、やってみない?」と言われまして。それがまさに『魔女っ娘つくねちゃん』だったんです。

――そんなドラマみたいなことが現実にあるんですね。
桃井 もちろん、大月さんもその場のノリだけで声をかけてくれたわけではなくて、じつはその頃の私の仕事ぶりを見てくださっていて「いつか仕事を振りたい」と思っていたらしいんですよ。そんなタイミングで偶然にもふたりきりになったものだから「これは桃井と仕事をしろっていうことだろう」と感じたらしくて。

――運命的な出会いですね。
桃井 そして、この作品は声優としての転機にもなった作品なんです。主人公のつくねちゃんはいわゆる魔女っ子なんですけど、それまでに私が演じてきた魔法少女もののキャラクターとは雰囲気が違うんですよね。

――たしかにつくねはテンションが低めで、淡々としていますよね。
桃井 そうなんです。10代前半の女の子だからついつい元気いっぱいに演じてしまうんですけど、そのたびに「もっと普通でいいよ」と言われ続けました。それまでにやらせていただいた役とは方向性がかなり違うキャラクターで、おかげで私の芝居の幅も広げることができました。そういう意味でも、とても印象深い作品とキャラクターですね。

つい元気いっぱいに

演じてしまうたびに

「もっと普通でいいよ」と

言われ続けた

――桃井さんのもともとの声はかわいらしいヒロイン声ですけど、演じる役柄はキャリアを重ねるにつれてどんどんと広がっている印象があります。
桃井 そうですね。『The Soul Taker ~魂狩~』の中原小麦ちゃん役でデビューした当時はお芝居の経験がゼロの完全な素人だったので、できることにも限りがあったんですよ。スタッフさんもそれをわかっていて「そのままの声でいいよ」と言ってくださることも多くて。でも、つくねちゃんだったり、『瀬戸の花嫁』の瀬戸燦(せとさん)さんなど、新しいタイプの役柄をいただくたびに頑張って開拓していきました。瀬戸さんを演じる際は極道映画をたくさん借りてきて、ドスの利かせ方やしゃべり方などを研究しましたね。ただ、極道映画の女はあまりしゃべらないので、結果的には役立ちませんでしたけど(笑)。

――なるほど。かと思えば『STEINS;GATE』のフェイリス・ニャンニャンなど、桃井さんのパブリックイメージそのままというキャラクターもあったりします。
桃井 フェイリスは完全に自分です(笑)。というよりむしろ理想の姿ですかね? 私はゲームが下手なので、彼女みたいにゲームが強くてナンバーワンメイドで、しかも令嬢だったらもう最高だなって思いながら演じていました。とくに彼女が秋葉原への思い入れを語る際はものすごく力が入りました。私自身、秋葉原への思い入れはとても強いので、まるで自分の言葉としてしゃべっているような感覚になりましたね。

――『魔女っ娘つくねちゃん』では、主題歌2曲の歌詞と歌唱も担当していますね。
桃井 これもとても思い出深い経験です。大好きなインスタントシトロンさんのスタジオにお邪魔して、片岡知子さんにレコーディングをしていただいて。それまで私は楽曲にノイズはないほうがいいと思っていたんですけど、片岡さんはあえてノイズを作って、それを空気の音として使っていたりと、作曲家としてもとても勉強になりました。

――桃井さんは声優としても、歌手や作曲家としても長く活躍していますが、それぞれに目標はあるのですか?
桃井 私の場合、とてもありがたいことに、たとえば、フェイリスみたいに「この役は私じゃなきゃダメだ!」と思えるキャラクターを演じさせてもらう機会が多いんです。なので、これからも「これは桃井しかいない!」と思ってくださるようなキャラクターと出会えることを楽しみに、健康に気をつけて末長く活動していきたいです。作曲家としては、死ぬまでに一曲でいいから誰もが知っているような楽曲を生み出したいですね。とはいえ、それはめぐり合わせもありますから、できることはただただ目の前の楽曲を丁寧に作っていくことしかないんですよね。いつか不思議なパワーが加わって超ヒットが生まれることを願いつつ、今日もコツコツ頑張ります!endmark

KATARIBE Profile

桃井はるこ

桃井はるこ

シンガーソングライター/声優

ももいはるこ 東京都出身。小学生時代から秋葉原に通い、高校在学中にバーチャルアイドルの「もあいはるこ」として路上ライブ活動を始める。2000年にシングル『Mail Me』でシンガーソングライターとしてデビュー。声優としての出演作は『The Soul Taker 〜魂狩〜』(中原小麦役)、『妄想代理人』(マロミ役)、『劇場版ポケットモンスター ピカピカ星空キャンプ』(ソーナノ役)、『テイルズオブ ジ アビス』(アニス・タトリン役)など多数。自身のライブ活動の他、アイドルやアーティストへの楽曲提供や、自身で機材を操りYouTube配信も行っている。