Febri TALK 2022.06.08 │ 12:00

桃井はるこ シンガーソングライター/声優

②青春時代のタイムカプセル
『パーフェクトブルー』

1990年代後半から秋葉原でアイドル活動を開始し、「元祖アキバ系女王」の異名を取る桃井はるこ。声優、シンガーソングライター、作曲家、作詞家など幅広い才能を発揮する彼女のアニメ体験に迫るインタビュー連載の第2回は、アニメとアイドルを追いかけ続けた青春時代が詰まった『パーフェクトブルー』。

取材・文/岡本大介

未麻(みま)と自分の違いは、アキバ仕込みのパソコンスキル

――『パーフェクトブルー』は1997年に公開された今敏監督の劇場アニメです。どんなところが印象的でしたか?
桃井 「これ、まさに私たちがいるところじゃん!」のひと言に尽きます。この作品では売り出し中のアイドルとファンたちの構図が描かれているんですけど、それってまさに当時の私を取り巻く環境だったんですよね。

――桃井さんもちょうどこの頃からアイドル活動をしていましたよね。アイドル側の視点からこの作品を見ていたのですか?
桃井 いえいえ、むしろファン目線です。たとえば、当時のアイドルイベントの現場って、ミニコミ誌と呼ばれていた同人誌を売る人たちがいたんですけど、彼らのことまでバッチリと描かれているんですよ。自分たちの生態が完璧に再現されていたので、これはすごいなと。これが実写作品なら、もしかしたら年月や時代の移り変わりによって色褪せてしまうかもしれないですけど、アニメだといつまでも美しいままで全然古びないんですよね。あの時代のあの場所がまるでタイムカプセルのように綺麗に保存されていて、この映画を見るといつでもあの時代に帰れる感じがするんです。映画の内容は後半に進むにつれてどんどん怖くなっていくんですけど、私にとっては素敵な思い出がよみがえる作品ですね。

――とくに印象深いシーンはありますか?
桃井 やっぱりCHAM(主人公たちが所属するアイドルグループ)のコンサートシーンかな。あのステージは銀座三越の「森の劇場」がモデルになっていると思うんですけど、実際にあそこではアイドルのイベントをよくやっていて、私も日常的に足を運んでいたんですよ。そこに集まっている人たちの服装や雰囲気をはじめ、何から何までリアルに再現されていて、しかもそれがアニメという非現実な媒体で描かれているというのがなんとも不思議で。『ハイスクール!奇面組』もそうでしたけど、現実とアニメがごっちゃになった感覚がいいんですよ。

――ちなみに主人公の未麻(みま)はストーカーに追い詰められて被害妄想に陥りますよね。桃井さんはアイドル時代に怖い思いをしたことはありますか?
桃井 私はまったくと言っていいほどなかったですね。他の街だったらわかりませんけど、私自身がアイドルオタク出身だったので、最初期の私のファンの方はその代表のような感じで、身近にいて応援してくれている感じでした。あと、私と未麻との大きな違いはパソコン知識ですね。未麻はパソコン音痴で「未麻の部屋」というなりすましのブログに悩まされますが、私の場合は自分で「モモイハルコ秘密の日記」っていうホームページを作っていましたから(笑)。アキバ系と名乗り出したのは、パソコンに明るいっていう意味合いが強かったんです。

実際に足を運んでいた

アイドルイベントの雰囲気が

アニメでリアルに

再現されているのに惹かれた

――映画公開当時はインターネットが一般家庭に普及していく過渡期でしたが、桃井さんはすでにパソコンを駆使していたんですね。
桃井 小学生時代からずっと秋葉原に通っていたので、パソコンに対する抵抗感のようなものが一切なかったんですよね。ただ、それでもパソコン通信にまで手を出したらもう前の生活には戻れない気も薄々していたので、中学生時代までは秋葉原界隈の友達にすすめられても最初は断っていたんですよ。まだ「私は真っ当な高校生になるんだから!」という思いがあって(笑)。でも、定時制の高校に進学したことで、平日の昼間からアニメやアイドルのイベントに行けるようになってしまい、「真っ当な高校生」は完全にあきらめました(笑)。それならもういっそのこと自分の興味に忠実に生きていこう、と開き直ってパソコン通信を始めたんです。いざやってみたら、アニメやマンガ、ゲーム、アイドルの話まで趣味全開で話せる空間に初めて出会えて、自分の世界が一気に広がった気がしました。それこそ『パーフェクトブルー』の感想もあれこれと語り合いましたし、『新世紀エヴァンゲリオン』の考察で盛り上がり、気がつくと朝だったということもしょっちゅうでした。その頃にアイドル活動を始めたのも、ネットや秋葉原で知り合った友人たちにすすめられたからですし、彼らからは多大な影響を受けています。

――パソコン通信は、同志とつながる最高のツールだったんですね。
桃井 でも、それだけじゃないんですよ。ネット上で連載していたコラムがきっかけで『GREAT SATURN Z』(セガサターン専門のゲーム雑誌)で連載をするという大事件が起きたんです。ただのオタクな女子高校生が商業誌で連載コラムを持つなんて考えもしなかったのですごく驚いたんですけど、それと同時期にロフトプラスワンでトークイベントを開催するようになりました。そうしたら、そのイベントを見てくださったスタッフさんの推薦で文化放送のラジオ番組をやらせてもらうことになり、それを聞いてくださっていたアニメ関係者さんからお声がけいただいたことで声優としてデビューすることになるんです。そこまでが次々と、まさに芋づる式に展開していくわけですよ。そのたびに「いやいや、絶対に詐欺でしょ?」とか疑いつつも、実際にはすべて本当の話で。だからとくに当時は「ネットには無限の可能性があるな」って感じていました。

――世に出るきっかけがインターネットというのは、当時だと珍しいケースですね。
桃井 そうですね。なかなか学校になじめなかった私が秋葉原という街に逃げ込み、そこで年上のお兄さんお姉さんたちと出会い、さらにインターネットによって共通の趣味を持った人たちとつながった。それによって、悩んでいたことが嘘のように消し飛んだんです。秋葉原やパソコン通信に仲間ができたら視野が広がって逆に学校のほうも楽しくなってきましたし、当時の友人たちには本当に感謝しています。今でも交流があるんですよ。だからこそ、当時の様子が再現された『パーフェクトブルー』を見ると、特別な気持ちになるんだと思います。endmark

KATARIBE Profile

桃井はるこ

桃井はるこ

シンガーソングライター/声優

ももいはるこ 東京都出身。小学生時代から秋葉原に通い、高校在学中にバーチャルアイドルの「もあいはるこ」として路上ライブ活動を始める。2000年にシングル『Mail Me』でシンガーソングライターとしてデビュー。声優としての出演作は『The Soul Taker 〜魂狩〜』(中原小麦役)、『妄想代理人』(マロミ役)、『劇場版ポケットモンスター ピカピカ星空キャンプ』(ソーナノ役)、『テイルズオブ ジ アビス』(アニス・タトリン役)など多数。自身のライブ活動の他、アイドルやアーティストへの楽曲提供や、自身で機材を操りYouTube配信も行っている。

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