Febri TALK 2023.08.04 │ 12:01

中村章子 アニメーター/演出家

③近藤勝也さんが描く女性が美しい
『カゼノトオリミチ』

アニメーター/演出家・中村章子のアニメ遍歴をたどるインタビュー連載。第3回は、すでにアニメーターとして仕事を始めていた中村が出会った、NHK『みんなのうた』の隠れた名編をめぐって話が展開する。中村が「どうしても心惹かれてしまう」と話す、その魅力とは?

取材・文/宮 昌太朗

限られた情報量で、これだけ表情豊かに見せられるのはすごい

――3本目は「カゼノトオリミチ」。2004年末から、NHKの『みんなのうた』でオンエアされた短編アニメですね。
中村 これを見たのはたぶん、ガイナックスにいた頃ですね。スタジオにいた誰かに録画したDVDを借りたと思うんですけど。冒頭の女性の後ろ姿のカットとかが印象的ですが、さりげないのにキマっている画であふれていますよね。

――作画を担当しているのが近藤勝也さん、演出が望月智充さんで美術を田中直哉さんという『海がきこえる』のメインスタッフで制作されています。
中村 もともと『海がきこえる』は好きな作品だったんですけど、近藤さんが描かれる女性のキャラクターって、何気ないポーズでもものすごく美しい。清潔感がありつつ、ちょっとフェティッシュな部分が垣間見えて見惚れちゃいます。きっと描いているご本人も「かわいい!」と思いながら愛をもって描かれているんだろうな、と。お会いしたことも聞いたこともないので、内情はただの想像ですけど。

――あはは。髪のなびきなど、細かな仕草を丁寧に拾っていくところが、いかにもこのチームの作品という気がします。
中村 そうですね。しかも話を見せるというよりは、ミュージックビデオ的というかイメージビデオみたいな作りじゃないですか。数分の尺でコンパクトにまとめられているので、凝縮されている感じもあって。ふと思い出したときに何度も見返せるところもいいですよね。ジブリ作品なのにスタイリッシュ……というと失礼かもしれないですけど、シンプルで限られた情報量で、これだけ表情豊かに見せられるのはカッコイイなと。

――歌詞に合わせて映像を作っていると思うのですが、主人公の女性と相手の男性にただならぬ雰囲気もあって。
中村 ちょっと訳アリカップルみたいにも見える(笑)。男性側にカメラを振らず、女性に重点を置いた描き方も、わかりやすくて好きですね。

ちょうどいい抜けた感じが、画面のナチュラル感につながっている

――先ほど話題に出た『海がきこえる』を見たのは、いつ頃だったのでしょうか?
中村 たぶん、リアルタイムだったと思います。中学生か高校生か、テレビで見た記憶があります。

――もともとスタジオジブリの作品が好きだったのでしょうか?
中村 普通に好きでしたね。テレビで見る以外にも、小学校で半強制的に見させられることもあって。『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』あたりまでは、学校の道徳の授業で見る機会があったんですよ。『風の谷のナウシカ』を見たときは、先生が泣いていたのにびっくりしたのをおぼえています。子供たちはみんな「ふーん」みたいな感じで見ているんですけど、先生だけが静かに「スンスン……」って泣いていて。この授業はもしかして先生のためにやっているのかな?っていう(笑)。

――あはは。ジブリ作品の中でも『海がきこえる』は、望月さんが監督を手がけていることもあって、雰囲気が少し違いますね。
中村 画面もわりと地味というか、描かれているのも日常生活で、その良さみたいなものを当時はまだわかっていなかったですね。ただ、ヒロインの里伽子の浮き沈みが激しい感じに衝撃を受けて。「なんだ、このヘンな女は?」みたいな。

――ちょっと『機動戦士Zガンダム』を思い出すような(笑)。
中村 そうですね。また揺れが激しい女だ!みたいな(笑)。見た目から予想がつかない言動とか行動を取るキャラクターって、つい目が行ってしまうんですよ。次はどんなことをやるんだろう?って。主人公も好きとはいえ、よく付き合うな……とも思うんですけど(笑)。普通の日常が、それまで見たことのない丁寧さで描かれているから、里伽子が起こす小さな事件ひとつひとつが印象に残ったのかもしれません。

――当時はそういうところに注目していたわけですね。
中村 色もそうですけど、演出もちょっと抑え気味で「不思議なアニメだな」くらいの印象だったんです。とはいえ、里伽子がホテルで着替えているシーンの描き方など、それまでのジブリ作品とはちょっと違う雰囲気がある。ポーズだったり見えている肌の量とか、セルや美術の色味も涼しげなのが、今見てもめちゃくちゃオシャレですよね。あと前髪だったり肩を張るなど細かいポーズで表情を隠したり、さりげなく何かを含んでいる感じの見せ方がすごくうまいなあと。

――中村さんはアニメのエンディングを担当することもありますけど、その際に『カゼノトオリミチ』を参考にしたりとかは……。
中村 いや、ないですね(笑)。こういう風に作ってみたいという憧れはありますけど、レベルが違いすぎて、おいそれと参考にしようとは思えないです。

――「レベルが違う」と思う理由は何でしょうか?
中村 演出にしても作画にしても情報量の整理の仕方がすごいというか。わかりやすいインパクトのある描写は避けて、余計なものを削ぎ落とした純度の高いものをこともなげに作業されているように見える。実際には時間をかけて試行錯誤されているのかもしれないけど、そんなに苦労して描かれている感じがしないんです。すごい技術なのに押しつけがましくない。ちょうどいい抜けた感じが、画面を包んでいるナチュラル感につながっているような気がするんですね。とくに作画については、技術やセンスだけじゃなく、作り手の性格が影響してるのかな?とも思うんですけど。

――性格が絵にも反映しているという。
中村 私はどうでもいい細かい部分が気になって、大して変わらないのにいつまでもネチネチやってしまうんです。そういう、しょうもないところを気にしながら描いている人間にはできない気持ちよさがあるというか。とくに近藤さんの頭の中にはイメージがしっかりあるのかなと思うんですけど、サラっと迷いなく描かれている感じは今でも憧れますね。endmark

KATARIBE Profile

中村章子

中村章子

アニメーター/演出家

なかむらしょうこ 岡山県出身。専門学校を卒業後、Production I.G、ガイナックスを経て、現在はフリーとして活躍。これまでの主な参加作品に『輪るピングドラム』(チーフディレクター)、『ジョゼと虎と魚たち』(プロダクションデザイン)など。2016年には初監督作『同級生』を発表した。

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