Febri TALK 2022.08.03 │ 12:00

錦織博 アニメーション監督/演出者

②時間の流れを初めて意識させられた
『タッチ』

インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、あだち充原作の名作『タッチ』。「他のアニメ作品とはまったく違う」と錦織監督が語る『タッチ』の魅力とは? アニメ業界に足を踏み入れるまでのエピソードを交えながら、その面白さを語る。

取材・文/宮 昌太朗

今の自分の仕事につながる「演出」の存在を初めて知った

――高校卒業後、実写映画を目指していたということでしたが、そこからアニメ業界に入るきっかけは何だったのでしょうか?
錦織 近所の公民館でポール・グリモー監督の『やぶにらみの暴君』が無料上映される機会があったんです。たまたま見に行ったんですけど、「これぞ映画だ!」とすごく衝撃を受けまして「アニメで映画をやろう」と決めました。あとから、高畑勲さんがアニメを目指すことになったきっかけも同じ『やぶにらみの暴君』だったと知って恐縮しましたが。

――なるほど。2本目の『タッチ』を見たのは、この頃ですか?
錦織 そうですね。そこから東京デザイナー学院に行くことになるのですが、じつはその前に、専門学校に行くよりはアニメスタジオで働き始めるほうがいいんじゃないかと思っていた時期があって、そのときにテレコム・アニメーションフィルムと亜細亜堂の採用試験を受けているんです。テレコムは友永(和秀)さんがいらっしゃるスタジオで、一方の亜細亜堂は、ちょうどその頃、小林治監督がチーフディレクターを務められた『魔法の天使クリィミーマミ』や『おねがい!サミアどん』を見て、すごく面白かったんです。さらに『おねがい!サミアどん』の放送中に、杉井ギサブロー監督の映画『銀河鉄道の夜』が公開になって、そのムックを読むとどうやらCパートの絵コンテを小林さんが描かれているらしい。それで「この人がいるスタジオを受けよう」と思ったんです。

――そういう理由で、ふたつのスタジオの試験を受けたわけですね。
錦織 はい。それから『タッチ』には亜細亜堂に所属されているアニメーターの後藤真砂子さんが作画監督で参加されていて、その担当回がすごく印象的で。それも亜細亜堂を受けようと思ったきっかけでした。結局、ふたつとも落ちて専門学校に行くことになるんですが(笑)。

――その『タッチ』を見たのは、どういう経緯だったのでしょうか?
錦織 あだち充先生の原作の存在は知っていたのですが、ちゃんと読んだのはアニメを見てからなんですよ。当時、ビデオデッキはすでに持っていたものの、なんでもかんでも録画してチェックするというわけではなかったんです。でも、『タッチ』はずっと追いかけて見ていましたね。見始めたのは、参加しているスタッフや制作会社がきっかけだったんですが、とにかく時間の流れ方が他のアニメとはまったく違う。そこに驚いたんです。

何もない時間や

何もしていない時間を

絵で表現しようとしていたのが

革新的だった

――時間の流れ方ですか?
錦織 たぶん監督の杉井(ギサブロー)さんが、原作のコマの流れだったり、あるいは空気感をアニメで再現しようとしたからだと思うんですが、じわPAN(ゆっくりしたスピードでカメラを左右に動かす演出技法)を使ったり、背景がない真っ白な絵が続いたりする。そういうテンポや間(ま)が独特だったんです。アニメーションというと、ジャンプしたり踊ったりする瞬間を切り取って、行動している時間をつないで作るものという印象があったんですが、『タッチ』は何もない時間、何もしていない時間を絵で表現しようとしていたんです。マンガでそういう表現はずっと以前からいろいろやられていたと思うんですが、アニメの世界で同じことをやっているのが、すごく革新的で。同じ頃に、出﨑統監督の作品や押井守監督の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』にも出会っているんですが、「こういう風に考えて作っているんだ」という部分、いわゆる演出ですよね。今の自分の仕事にもつながっていく「演出」を初めて見つけたのが『タッチ』だったんです。

――そういう意味では、錦織さんの根っこの部分に存在する作品なんですね。
錦織 自分にとっては、劇場版『エースをねらえ!』と『タッチ』の2本は、『銀河鉄道999』にも引けを取らないくらい、特別な位置にある作品です。作品の中で時間をコントロールするという意識を強く感じるんです。その意識は今の自分の仕事の根幹になっています。

――なるほど。そこから専門学校を卒業して、いよいよ本格的にアニメ業界に足を踏み入れることになると思うんですが……。
錦織 そうですね。卒業制作を作っているタイミングで、GAINAXが『王立宇宙軍 オネアミスの翼』を制作しているという話を耳にするんです。僕は関西出身なので、GAINAXの母体となったDAICON FILMの作品にも触れたことがありましたし、武田康廣さんたちが立ち上げたゼネラルプロダクツの存在も知っていて。その人たちが映画を作ろうとしているというのを聞いて、単純に「これはすごい。ここに行こう」と。それで飛び込みで電話をして、スタジオまで行きました。

――すごい行動力ですね(笑)。
錦織 ただ、そのときにはすでに『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の制作が終わっていたのかな。まだ片づけている最中のGAINAXに行って「演出や監督をやりたいんです」と言ったら、後にGONZOの社長になる村濱(章司)さんから「ウチはみんな監督をやりたいと思っているから、別のところに行ったほうがいいよ」と断られてしまって。ちょうどスタジオにいた庵野(秀明)さんから「『メタルスキンパニック MADOX-01』が完成したばかりだけど、見る?」と言われて、見てきました(笑)。

――それはまたレアな体験ですね!
錦織 当時はまだ、どこのスタジオもそんな感じで、今思うとのどかな時代でしたね。結局、そのときはGAINAXに入ることができなくて――それこそ亜細亜堂にしろ、自分が憧れていたスタジオは全滅で。でも、面白いことに、あとになって亜細亜堂とGAINAXで監督をやらせてもらっているんですよね(笑)。endmark

KATARIBE Profile

錦織博

錦織博

アニメーション監督/演出者

にしきおりひろし 1966年生まれ。京都府出身。撮影スタジオの高橋プロダクションを経て、日本アニメーションに入社。フリーとなってからは数多くの作品に演出・監督として参加。主な監督作に『あずまんが大王』『天保異聞 妖奇士』『とある魔術の禁書目録』シリーズなど。