Febri TALK 2022.01.14 │ 12:00

白土晴一 リサーチャー/設定考証

③設定考証の役割を学んだ
『ヨルムンガンド』

SF、ファンタジー、現代もの……数々の作品で設定考証を手がけ、『OBSOLETE』ではその延長線上で共同監督を務めた白土晴一。インタビュー連載の最終回は、原作・アニメ双方に携わり、現在の仕事につながる流儀を身に着けた思い出の作品を語る。

取材・文/前田 久

原作の立場から関われた最初の作品

――最後は『ヨルムンガンド』です。お仕事で関わっている数あるタイトルの中で、この作品を選んだ理由は何でしょう?
白土 この作品の前から、バンダイビジュアルの湯川淳さんに声をかけられてアニメに関わり始めてはいたんですけど、原作の立場から関われた最初の作品なんです。

――原作コミックへの関わり方は、どのようなものだったのですか?
白土 僕が参加することになったのは、単行本3巻の半ばくらいの内容まで連載が進んでいたタイミングでした。そこまでの内容を踏まえたうえで、原作者の高橋慶太郎さんと編集者の夏目晃暢さんとの間で開かれていた会議に参加し始めたんです。僕が理詰めで設定の細かいところを作ると、それに対してキャラ……セリフや行動を高橋さんが乗っけてくれる。たとえば、ブックマンやヘックスといったキャラが典型ですが、高橋さんが物語の展開上必要とするものに合わせて、キャラクターの大まかな経歴を僕が考えるんです。出身地はどこで、どういう学校を出ていて、どんな組織に所属してきたかとか。「9.11で婚約者が死んでいる」とか。そうした文字情報から、ご覧いただいた方ならわかると思いますけど、あれだけブッとんだキャラクター造形が生まれてくるのは、完全に高橋さんの力なわけです。そういうやり方が、わりといい感じでこの作品ではハマったんですよ。高橋さんもそう感じてくれたみたいで、おかげさまでその後の『貧民、聖櫃、大富豪』『デストロ016』でもお仕事をご一緒させてもらっています。

――白土さんが『ヨルムンガンド』に持ち込んだアイデアは、たとえば?
白土 大きなものだと、作品のクライマックスで描かれるヨルムンガンドシステムの細かい設定ですね。連載が始まった時点で、ヨルムンガンドシステムというものが登場して、それがどういう帰結をもたらすかまではうっすら決まっていたんです。でも、どうやったらそうした結果をもたらすことができるのかは考えられていなかったので、それを考えました。難しかったのは、高橋さんから「完全なSFにはしたくない」という要請があったんですよね。でも、実際に存在している技術だけでやるのはさすがに難しいので、ちょっとだけSFにさせてもらったんです。理論的には可能で、でも、現実にはまだ完成していない量子コンピューターを登場させた。それを使って衛星システムを操ることにして、なおかつ、それで兵站システム自体を制御するための包括的な枠組みというか、作品の奥行きにあたる部分のインフラの設定を整えました。

「設定考証」という役職が

作品をよくするためには

どういう立ち居振る舞いを

するべきかを、この作品で学んだ

――アニメにはどういうかたちで参加したのですか?
白土 『ヨルムンガンド』のアニメ化では、初めて原作側の人間としてアニメの会議に出ることになりました。それまではアニメ側のスタッフとしてしか参加したことがなかったので。アニメ側の事情もわかるし、原作側の事情もわかるので「そこに関してはアニメでやりやすいように変えられるか、原作者に相談しましょう」とか、逆に「そこは原作者がこだわっているところだから、アニメの現場は大変だと思うけど、どうにかやっていただけたらありがたい」みたいな感じで、わりといろいろな打ち合わせに出て、その場で判断をさせていただいたんです。その後、『OBSOLETE』で山田裕城さんと共同で監督をやらせてもらうことにつながる経験をさせていただけた。言い換えると、「設定考証」という役職が作品のどの作業に首を突っ込んで、作品をよくするためにはどういう立ち居振る舞いをするべきなのかをこの作品で学びました。それまでは設定が上がったあとで疑問に答えるとか、脚本を読んで指摘をする程度だったんですけど、もうちょっと大きな枠組みで作品に対して意見が出せたといいますか。

――具体的にはどういう意見を?
白土 たとえば、ある戦闘シーンが映像の都合で原作と違う描写になっていることがあります。マンガとアニメは違う表現ですからね。その事情を理解したうえで「こういう戦闘シーンに変えるのだったら、原作の描写にはキャラクターを描くうえでこういう意図があったので、その意図を汲む形でこうしてみてはどうでしょう?」と提案するとか。あと「ここでこの武器を使っているのは伏線としての意図があるので、設定を変えずに出したほうがいいのでは?」とか。そういうことを、いろいろな部署に顔を出してバーッとしゃべっていました。

――全体をつなぐパイプ役を担っていたんですね。
白土 そうなりますかね。気をつけているのは、その設定にちゃんとした理由があったとしても、そこから魅力的な絵を作り出せると感じられなければ、アニメのスタッフさんたちにこちらの提案は響かないんです。文字情報として「正しい」設定が、必ずしも絵作りにとって「正しい」ものとは限らない、といいますか。でも、僕はそこを両立させることは可能だと思うんです。そう考えて、いろいろと現場で試させていただいて、今はある一定の成果が出せていると自負しています。そう考えられるようになったのは、この作品の現場での経験がきっかけなので、本当に感謝しかないです。それともうひとつ、『ヨルムンガンド』がアニメ化された頃は、ジャーナリスティックとは言わないまでも、現代社会の要素をきっちりと取り込れた作品がまだなかったんです。そういうことをやったらいいんじゃないか?という気持ちが自分の中に芽生えていたので、それをやれたのも大きかったです。軍事的な要素だけに特化したものはそれ以前からあったのですが、政治や外交、そして幅広い国際関係を物語の後ろに見せつつ展開する作品はほぼなかったんです。そういうことをやってみたら、意外と見てくれる人がいることが『ヨルムンガンド』でわかった。その意味でも、アニメに対して自分ができることの「芽」を見せてくれた、最初の大きなタイトルだったと思います。endmark

KATARIBE Profile

白土晴一

白土晴一

リサーチャー/設定考証

しらとせいいち 1971年生まれ。福島県出身。マンガ・アニメ・ゲーム・小説の設定考証を幅広く手がける。主な参加作品にアニメ『ヨルムンガンド』『純潔のマリア』『ジョーカー・ゲーム』『ドリフターズ』『プリンセス・プリンシパル』『ルパン三世Part5』など。YouTube Originals で公開中の3DCGアニメ『OBSOLETE』では共同監督を務めた。

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