Febri TALK 2022.01.12 │ 12:00

白土晴一 リサーチャー/設定考証

②ディテールの力を意識した
『機動警察パトレイバー2 the Movie』

『ヨルムンガンド』や『ジョーカー・ゲーム』など、緻密な設定考証で〈リアル〉なアニメを支え続ける白土晴一。その原点に迫る連載の第2回は、軍事・ポリティカルスリラーの傑作であり、設定で物語ることを学んだ作品についてのインタビュー。

取材・文/前田 久

街のちょっとした風景でも、世界の危機は表現できる

――2本目は『機動警察パトレイバー2 the Movie(以下、パトレイバー2)』です。
白土 大学進学で東京に出てきて、最初に見たアニメ映画なんです。新宿だったんですけど、見終わって映画館を出たとき、「俺、東京にいるな」って感じました。

――物語の舞台と地続きな風景が広がっていますからね。
白土 そうした思い出も大事なんですけど(笑)、この作品を選んだ理由は「軍事スリラー」や「ポリティカルスリラー」と呼ばれるジャンルのひとつとして、突出して素晴らしいからです。このジャンルは雰囲気と段取りを細かく組んでいかないと、説得力がある作品には到底ならない。『パトレイバー2』は普通に考えるとちょっとタルくなりそうなシーンでも、レイアウトの素晴らしさや黄瀬(和哉)さんが中心となった作画の力で映像の緊張感が途切れないんです。ちょっとゆるやかなセットアップから、最後の埋め立て地での激戦にまで持っていく段取りの素晴らしさは、脚本の力ですよね。伊藤和典さんはすごいなと、見直すたびに思います。これ以上の作品はアニメ以外の映画を含めても、たぶんそんなにはないでしょう。政治的緊張感って映像で表現することが極めて難しいんです。よくある失敗は、ひたすら政治的な言い合いとか会議を連続させるやり方ですね。それを成功させるには、僕のアイドルのひとりである岡本喜八の『日本のいちばん長い日』や、それをリスペクトして作った『シン・ゴジラ』みたいに、面白く見せるために特段の演出力が必要なんです。『パトレイバー2』にもそういうシーンはあるんですけど、それよりも街の雰囲気だとか、特車二課の人たちのパーソナルな主題をめぐるやりとりの中に政治的な緊張感を濃厚に漂わせているのがすごい。

――街を描いたシーンで、とくに印象なところは?
白土 いろいろありますけど、パッと思いつくのは、自衛隊のレイバーにちらりとしか目を向けずに、歩道橋をサラリーマンが歩き去るシーン。同じ場面で幼稚園児がレイバーに向かって声を上げながら手を振ると、レイバーのパイロットがカメラと手を振って反応するんですよね。ここの、とくに幼稚園児のほうの描写は「日常の中に戦闘状態がある」というのをものすごく端的に表していて、この映画がやりたいことが明確に伝わってくる。今の東京に不意に政治的なコンフリクトが起こって、平時と戦時が奇妙に入り混じった様子を見せたいんだな、と。輸送ヘリがビル街を飛んでいるカットで、手前のビルの中に人がいるのを映すシーンもいいですね。「あ、こんな状況でも会社は続いているんだ」と感じる。人によっては、やりすぎと感じるかもしれない。僕も国会議事堂の前で記念撮影をしている人のシーンは、ちょっとわかりやすすぎるかなとも思いますが、でもそれ以上に、この映画で何をやりたいかが濃厚にわかって、グッと来てしまうんですよね。

「軍事スリラー」や

「ポリティカルスリラー」と

呼ばれるジャンルのひとつとして

突出して素晴らしい

――では、特車二課のパーソナルなやりとりの中では?
白土 後藤さんと南雲さん、柘植(つげ)の描き方ですね。劇場版1作目の帆場もそうですけど、柘植は事件の黒幕で、この映画の最初と最後にしか出てこないのに、そのキャラクターが見る側にはっきりと伝わってくる。それは後藤さんと南雲さんをはじめ、他のキャラクターが柘植をどう思っているかが芝居の中でつねに見せられていて、なおかつ、それがすべて政治的スリラーの要素につながっているからです。そうした形で、個人の視点の中に政治的な要素が練り込められていて、それが街の情景描写と対になりながら段取りとして積み上がり、最後の激戦に至る。今見ても素晴らしい脚本、演出、作画です。この作品を見て以来、僕は政治的な要素や軍事の要素を、ストーリーの前面ではないところで濃厚に感じさせる作品をやりたいと常々思っています。設定をセリフで説明するのではなく、たとえばちょっとだけ画面に出てくる書類だとか、そういう画面の情報密度を底上げすることで表現したい。要するに、街のちょっとした風景でも、世界の危機は表現できるはずだと考えるようになった。画面に1枚だけ出てくる新聞の内容や、些細な会話の中身といったディテールで政治的な摩擦が表現できるんじゃないか。『パトレイバー2』でやれているのだから、我々にもやれないはずはないだろう……そういった意味で、ずっと背中を追っている先駆者ですね。

――これまでのお仕事で、とくに影響を受けていると感じるものはありますか?
白土 同じProduction I.Gの作品だからというわけでもないですが、『ジョーカー・ゲーム』では『パトレイバー2』の流れを汲むような形で、あの時代の空気感をバックグラウンドに描かれているもので表現することが多少はできたのではないかと思っています。あと、今、東京の街歩きコラムという仕事をしているのですが(『東京そぞろ歩き』)、これもこの作品の影響といえば、そうですかね。『パトレイバー2』は「東京論」だとか「都市論」だとか、他にもいろいろな切り口で語ることができるようにわざと作ってある。だからそのあたりを語るのは、押井さんの術中にハマっている感じもして、少し悔しいのですが(笑)。endmark

KATARIBE Profile

白土晴一

白土晴一

リサーチャー/設定考証

しらとせいいち 1971年生まれ。福島県出身。マンガ・アニメ・ゲーム・小説の設定考証を幅広く手がける。主な参加作品にアニメ『ヨルムンガンド』『純潔のマリア』『ジョーカー・ゲーム』『ドリフターズ』『プリンセス・プリンシパル』『ルパン三世Part5』など。YouTube Originals で公開中の3DCGアニメ『OBSOLETE』では共同監督を務めた。

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