人生で唯一自腹で2回鑑賞した作品
――『王立宇宙軍 オネアミスの翼(以下、王立宇宙軍)』は劇場作品ですが、リアルタイムで見たのですか?
高村 そうです。たしか中学3年生だったと思います。当時、アニメにあまり興味のなかった僕がなぜ劇場にまで足を運んだかというと、テレビで流れていたCMがあまりにカッコよかったからなんですよ。15秒とか30秒の予告編なんですが、その冒頭で戦闘機がロケット砲を連続で発射するシーンがあるんです。その発射するタイミングと、射出されてからゆるやかに落ちていくミサイルの軌道がなんとも言えず気持ちよくて、前情報をいっさい知らぬまま劇場に吸い寄せられました。
――庵野秀明さんが手がけているシーンですね。
高村 そうです。あとになって庵野さんだったということを知ったのですが、当時はただただカッコいいなと思って。ストーリーは退屈でよくわからなかったんですけど、でもなんだか面白いなと感じて、後日もう一度見に行ったんです。たしか2回目は従兄弟を誘って一緒に見たんですけど、ふと隣を見たら寝ていました(笑)。映画としてはかなり地味なので、まあ無理からぬことですけどね。自腹で2回も劇場に足を運んだ作品は、あとにも先にも『王立宇宙軍』しかありません。
――ハッキリとはわからないけど、何かしらの魅力を感じていたんですね。
高村 じつは今でも不思議なんですよ。なんで僕は『王立宇宙軍』が好きなんだろうと、ずっと自問自答している感じです。
――これまで挙げた『風の谷のナウシカ』と『天空の城ラピュタ』はどちらもヒロイン目当てですから、それと比べると『王立宇宙軍』はかなり毛色が異なりますよね。
高村 そうなんです。一応本作にもリイクニというヒロインがいるにはいるんですけど、変な宗教にハマっているし、正直あまりトキめかないですから(笑)。だからおそらくは、綿密に作り込まれた世界観に打ちのめされたのかなと思っているんですけど。
――『王立宇宙軍』の世界設定は独創的で唯一無二ですよね。
高村 アニメを作っている立場からすると、狂気の沙汰です(笑)。最初に見たときは中東かどこかに似たような国があるんだろうと思っていたんですけど、ムック本を読んだらゼロから作っていて、ビックリしたおぼえがあります。こんなことがよくできたなと、心底感心しますね。
――キャラクターの魅力を重視する高村さんが、世界観にそこまで惹かれるのは珍しいですね。
高村 自分でもわからないのがそこなんですよね。たしかにスゴい世界観ですが、じゃあ世界観が作品全体の面白さに直結するのかというと、僕自身はあまりそう思っておらず、やっぱりキャラクターがすべてだと考える人間なんです。それなのに『王立宇宙軍』に限っては、キャラはとくにかわいくないのになぜか面白い。不思議なんですよね。
――テレビCMの戦闘機描写にビビっときたように、作画に魅力を感じたのではないですか?
高村 まあ、それもあるとは思います。マンガにはできないアニメならではの表現の自由度、たとえば、空中戦やロケット発射シーンなど、庵野さんの感性や技術もアニメだから表現可能なんですよね。
この作品の世界設定は
アニメを作っている
立場からすると
狂気の沙汰です(笑)
――では、綿密な世界観と作画の気持ち良さの合わせ技が高村少年の心に響いたということになりますか?
高村 うーん、そうなのかなあ。それでもなお、この作品の本当の魅力は別のところにあるような気がしちゃうんですよね。悩ましいです。
――『ストライクウィッチーズ』も華麗な空中戦が見どころの作品ですよね。本作の影響はありますか?
高村 どうですかね。僕は「かわいいはすべてにおいて優先する」ということをよく言うんですけど、『ストライクウィッチーズ』はその体現だと思っているので、そもそもの方向性がちょっと違うのかなとも思います。
――空中戦も、キャラクターのかわいさを何より優先しているということですね。
高村 そうですね。ただ、僕の言う「かわいさ」というのは、必ずしもビジュアル的なかわいさとは限らないんです。1本目に挙げた『風の谷のナウシカ』でいうと、父親を殺されたナウシカが、怒りに我を忘れてトルメキア兵に襲いかかるシーンがあるじゃないですか。そのときのナウシカって一般的には「怖い」印象を受けると思うんですけど、僕は「かわいい」と思うんですよ。キャラクターを丁寧に描いていれば、たとえ人殺しの復讐鬼になったとしても、ちゃんと「かわいい」んです。そこはいつも意識しているところではありますね。
――なるほど。ちなみに高村さんは長年GAINAXにいましたが、それは『王立宇宙軍』の影響もあるんですか?
高村 ありますね。前回ジブリを4回落ちたと言いましたが、次候補がGAINAXだったんです。『王立宇宙軍』の他に『トップをねらえ!』も好きなので、ダメもとで受けたら運よく引っかかって、それで今に至るという感じです。
――GAINAX時代に『王立宇宙軍』について、スタッフの方と話をしたことは?
高村 あっ! そう言えば、貞本(義行)さんに原画を見せてもらったことがあります。シロツグがリイクニを襲う強姦未遂シーンで、マンガ家の江川達也さんが描いたカットです。「これかー!」と大感激したおぼえがありますね。
――あのシーンは演出も含めて背徳感があり、妙にエロチックでしたね。
高村 そうなんですよ。リイクニの胸が揺れるところなどは、無造作なエロスを叩きつけられた感じがして、高村少年の心に深く刻まれました(笑)。そうか、僕が二度も劇場に見に行ったのは、あのシーンをもう一度見たかったからなのかもしれません(笑)。
――長年自問自答していた『王立宇宙軍』の魅力の秘密がようやく解明しましたね。
高村 世界観でも作画でもなく、単純にエロスだったなんて(笑)。
KATARIBE Profile
高村和宏
アニメ監督/アニメーター
たかむらかずひろ 1972年生まれ。福井県出身。スタジオ・ザインなどを経てガイナックスに入社し、現在はフリーとして活躍するアニメーター。作画監督を務めた作品は『カードキャプターさくら』『天元突破グレンラガン』など多数。また、『ストライクウィッチーズ』『ビビッドレッド・オペレーション』『ブレイブウィッチーズ』『ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN』などの作品で監督を務めている。