Febri TALK 2021.11.08 │ 12:00

吉浦康裕 アニメ監督

①『ノートルダムの鐘』
いつかミュージカルを作りたいと思った

吉浦康裕の人生を変えたアニメを聞くインタビュー連載の第1回は、高校生の頃に見たディズニーアニメ『ノートルダムの鐘』。アニメ制作の道を選んで以降、その影響の大きさを感じていると語る。

取材・文/森 樹

自分の好きな要素がたくさん詰まった映画

――今回は3本のアニメを挙げていただきましたが、業界に入るきっかけは別のところにあったそうですね。
吉浦 映像を作ろうと思った直接のきっかけは『MYST』というアドベンチャーゲームです(3DCGで描かれたアドベンチャーゲームで、プレイヤーは本の中の島「MYST島」を歩き回り、謎を解明していく)。あのゲームが好きだったことから、CGは『MYST』みたいな世界観が描けるツールなんだと知って、自分でも環境デザインやインテリアデザインをやりたくてCGを始めました。キャラクターを描こうと思うのは、そのあとの話ですね。

――なるほど。その経歴を踏まえてインタビューを進めますが、1本目のアニメが『ノートルダムの鐘』(1996年)です。
吉浦 この時期がディズニーにおける手描きアニメの最後のピークだと思っています。『美女と野獣』(1991年)の頃からCGも使われていますが、この作品で映像のクオリティが極まったというか。実際、画面の圧がすごい。

――「圧」というのは?
吉浦 ディズニー映画の中でも『ノートルダムの鐘』は重厚で、コメディの要素がわりと控えめなんです。開始早々でジプシーの女性が殺されて、主人公であるカジモドが捨てられそうになったところを司祭に助けられる場面からスタートする。雪が降りしきるノートルダム大聖堂の前で繰り広げられる冒頭のシーンは、本当に大好きです。それと悪役(ヴィラン)であるフロローも、ひと筋縄ではない。

――たしかにシリアスですよね。
吉浦 ディズニー・ヴィランはコメディリリーフを兼ねることも多いですが、フロローにその要素はない。なさすぎて、一周まわって笑えるキャラになっているところはありますが(笑)。彼は自分が正義でジプシーは悪だと信じ込んでいるのに、ジプシーのエスメラルダに惹かれてしまい、真剣に苦悩したり涙したりする。歌曲「罪の炎」で「私はあの女に惹かれて、なぜこんなにうずくんだ」というような内容を歌うシーンがあるのですが、それが最高に悲しくて、でも面白い。僕はこのフロローというキャラクターにずっと引っ張られていて、『サカサマのパテマ』のイザムラという悪役のキャラクターに、それを投影させたほどです。

――それくらいインパクトがあったんですね。
吉浦 僕が高校生の頃の作品で、いつか日本アニメのスタイルで、こういったミュージカルアニメを作りたいと思ったのはたしかですね。当時は、お気に入りのアーティストの曲を聞きながら、頭の中でアニメーションミュージック・ビデオを作ったりしていました。

群衆シーンの演出に

映画としての

醍醐味を感じました

――主人公のカジモドも、個性的なキャラクターですよね。
吉浦 異質なポジションですよね。モテない男のルサンチマンを抱えていて、ヒロインのエスメラルダは結果的にイケメンのフィーバスを選んでしまう。でも、最後にはそのフィーバスも許し、「オレはこれでいいんだ」というあきらめも感じさせる。

――自分に言い聞かせているような。
吉浦 救いになる伴侶がいないんですよね。でも、カジモドが劇中初めて顔を見せるシーンもそうですが、目一杯「このキャラはいいキャラですよ」と演出されている。歩き方やルックスも含め、ここまでしないとこのキャラは主人公にならないんだなと。

――とくに惹かれたミュージカルシーンはありますか?
吉浦 群衆シーンの素晴らしさです。エスメラルダが「トプシー・ターヴィー(道化の祭り)」というお祭りで踊るシーンで、狂言回しのクロパンが舞台で煙幕をまくと、エスメラルダにパッと切り替わるんです。ああいう演出に映画としての醍醐味を感じました。映像面でいえば、大聖堂も含めて、舞台装置が非常に立体的なのもポイントです。カジモドはけっこう高いところを歩き回っていますし、デジタル技術の発達によって、かなり大聖堂の高低差がリアルに表現されている。そういう部分も刺さりました。フィーバス以外は好きなところばかりです(笑)。

――フィーバスは、原作だともっと嫌なヤツなんですよね。
吉浦 原作だと浮気男ですからね。それに比べれば、かなりいいキャラクターになっています。でも、エスメラルダに対しては「あんなにあっさりとチューするなんて!」と思ったりもしました(笑)。一方で、建物から落っこちるカジモドの手をつかんだのは、エスメラルダではなくフィーバスだった。そういうところも、複雑な気持ちになりますね。

――ところで、カジモドのキャラクター性、存在感みたいなものは、吉浦監督がこだわってきたアンドロイドに対する目線にもつながっているように思います。
吉浦 それはあると思いますね。カジモドが、自分のためだけにすごくキレイな世界を模型で作っているところは、どこかロボットっぽい。当時は理由もなく『ノートルダムの鐘』が好きだったんですけど、今話してみて、自分の好きな要素がたくさんあるなと思いました。この作品は、ディズニーのフィルモグラフィーの中では見過ごされがちなんですけど、デジタル撮影が可能になったことによるカメラワークはやはり革新的だったと思います。

――吉浦監督の演出にも影響を与えていると。
吉浦 そうですね。『アイの歌声を聴かせて』にある劇中歌「Umbrella」は、エスメラルダが聖堂で歌っているシーンが最初のイメージとしてあったくらいなので。この作品にはもっと影響を受けたくなってきたというか、これからの自分の作品に生かしていきたいと思いますね。endmark

KATARIBE Profile

吉浦康裕

吉浦康裕

アニメ監督

よしうらやすひろ 2008年にオリジナルアニメ『イヴの時間』で監督デビュー。以後も主にオリジナル作品の原作・監督を務める。代表作に絶賛公開中の『アイの歌声を聴かせて』(原作・脚本・監督)、『サカサマのパテマ』(原作・脚本・監督)、『アルモニ』(原作・脚本・監督)、『機動警察パトレイバーREBOOT』(監督・共同脚本)など。