Febri TALK 2022.11.14 │ 12:00

長崎行男 音響監督/音楽プロデューサー

①主題歌と映像の鮮烈な記憶
『西遊記』

『プリティーリズム・オーロラドリーム』にはじまる『プリティー』シリーズや『ラブライブ!』シリーズなどの音響監督として知られる長崎行男。一方で音楽プロデューサーや脚本家として活動したキャリアも持つ。そんな彼が大きな影響を受けた3つのアニメ作品について語るインタビュー連載。第1回は「音」と「映像」にまつわる世界を目指すきっかけになったという『西遊記』について。

取材・文/富田英樹

音楽と映像は切っても切れない関係にある

――第1回で取り上げるのは『西遊記』です。1960年に公開された劇場アニメで、監督にあたる「演出」の肩書きで原作者の手塚治虫さんの名前もクレジットされています。
長崎 この作品は子供の頃にリアルタイムで見ていて、まだ小学校にあがる前だったと記憶しています。実家の近所に東映系の映画館があって、当然そこでは東映の作品が上映されているわけです。親が映画好きだったこともあって、よく一緒に連れて行ってもらいました。たしか『水戸黄門』との併映だったと思うのですが、それが『西遊記』との出会いでした。東映動画(現:東映アニメーション)の初期の作品で、まだアニメという言葉もない、「総天然色漫画映画」なんて呼ばれていた時代ですね。それでも「おーれは孫悟空~、孫悟空~」というテーマ曲は今でも歌えるくらい、はっきりと記憶に残っているんです 。

――おぼえやすいというか、たしかに強烈な印象がありますね。
長崎 同じように記憶に残っているテーマ曲としては、翌年公開された『モスラ』の劇中歌「モスラの歌」ですかね。あれも繰り返しが多い歌詞で、曲としてはシンプルなんですけど、強烈な印象を残すものですよね。この当時はディズニーも含めてミュージカル調の作品が多かった。あと、僕らの世代が子供の頃にテレビでよく見ていたのはNHKの人形劇だったんですよ。たとえば、『チロリン村とくるみの木』とか『ひょっこりひょうたん島』などが有名ですが、これらはほとんどミュージカル調だったんです。それが根っこあるのか、僕の中では映像と音楽というのは切っても切れない関係にあるという考えが強くて。これが後々、『ウエスト・サイド物語』を見て衝撃を受けて、映画監督を目指すきっかけにもなっているんですけどね。当時はまだ「オタク」という言葉はなかったけど、「プレオタク」というか、そういう気質があったので、やがて『月刊COM』のようなマンガ雑誌を買い始めて、そこに自分で描いたマンガを投稿するわけだけど、どうも自分は絵が下手だということに気づいて(笑)。マンガ家への夢はそこで潰えてしまいました。

まさしくアニメの原体験だった

――そのあと、マンガから映画の道に興味が出てきたということでしょうか?
長崎 そうですね。中学のときに『ウエスト・サイド物語』を見て、次第に映画監督への興味が出てきたこともあって、高校の頃には映画の世界を目指すようになっていました。大学生になると映画クラブに入って、映画漬けの生活をしていましたね。大学の先輩が千葉真一さんのJAC(※ジャパンアクションクラブ。現在は株式会社ジャパンアクションエンタープライズ)に入社したツテを頼って、僕も千葉さんのそばで脚本や企画書を書いていたんですよ。勉強もせずに映画関係のバイトばっかりしていたものですから、就職時期も逃がしてしまって(笑)。その時期にまだ募集をしていたのがホリプロダクション(現:ホリプロ)とナベプロ(渡辺プロダクション)だったんです。そこでホリプロになんとか潜り込んだわけですけど、社員のままでは映画監督になれそうもないとすぐに気づいた。でも、音楽制作のセクションでは、制作物のレコードジャケットに「Directed by~」と名前が入っているんですね。これが社員の人の名前だったから、ディレクション=監督なら映画も音楽も同じだろうという不純な動機で音楽制作のセクションを希望しました(笑)。

――マンガから映画、映画から音楽へと移っていったんですね。
長崎 ホリプロに入社してくる人はマネージャー志望が多く、僕のように映画監督を目指してやってくる人なんてほとんどいない。だからすぐに音楽制作のADとして採用されて、歌の制作の仕事を2年半くらいやりました。そのあとはワーナー・パイオニアに1年くらいいて、その次がEPICソニー(現:エピックレコードジャパン)、ソニーミュージックと転々としていきました。ソニーミュージックにはソニー・コンピュータエンタテインメントに出向していたときも含めて23年くらい在籍していましたね。それからコナミに移籍したあと、現在の音響監督になったわけですけど、この間の話を始めるとキリがないので割愛します(笑)。

――その経歴の始まりが『西遊記』だったんですね。この作品はその後に見返すことはあったのでしょうか?
長崎 「東映まんがまつり」でも上映していたそうですから、もう1回くらいは見ている気がするんですけど、通算で見たのはその2回じゃないかなと思います。にもかかわらず、冒頭で話したテーマ曲だけでなく、悟空と牛魔王の戦いのシーンなども鮮明におぼえていて、僕の中ではそれだけインパクトのあった作品なのだろうと思いますね。まさしく、アニメの原体験だったと言えるのかもしれません。endmark

KATARIBE Profile

長崎行男

長崎行男

音響監督/音楽プロデューサー

ながさきゆきお 1954年生まれ。千葉県出身。大学卒業後、ホリプロダクション、ワーナー・パイオニア、ソニー・ミュージックエンタテインメントなどで音楽プロデュースに携わったあとに独立し、音響監督、音楽プロデューサーとして活動。音響監督としての主な作品に『プリティーリズム・オーロラドリーム』をはじめとする『プリティー』シリーズや『ラブライブ!』シリーズ、『連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ』『BLEACH 千年血戦篇』など。