TOPICS 2021.03.23 │ 12:02

ひぐらしのなく頃に業 原作・竜騎士07インタビュー

当初はリメイク作だと予想されていたが、いざフタを開けると完全新作であることが判明したTVアニメ『ひぐらしのなく頃に業(以下、ひぐらし業)』。SNSでの考察が盛んに行われるなか、全24話を走り抜けて、7月からは解答編となる『ひぐらしのなく頃に卒(以下、ひぐらし卒)』が放送されることが決まっている。『ひぐらし業』の放送終了のタイミングで、原作者である竜騎士07氏に話を聞いた。

取材・文/岡本大介

ひぐらしのなく頃に
『ひぐらしのなく頃に(以下、ひぐらし)』シリーズは、竜騎士07が代表を務める同人サークル「07th Expansion」が発表したサウンドノベルゲームを原作としたメディアミックス作品。昭和58年の寂れた村落・雛見沢村を舞台に、村の風習である「綿流し(わたながし)」の日に発生した怪死・失踪事件の謎に少年少女たちが挑んでいくホラーミステリーだ。魅力的なキャラクターたちが織りなす日常シーンと狂気に満ちた凶行とのギャップはもちろん、従来のミステリー作品の枠にとらわれない大胆な発想で、同人作品ながら一大ムーブメントを巻き起こし、マンガや小説、アニメ、映画、ドラマ、舞台とあらゆるメディア展開が行われた。

もう一度『ひぐらし』をプレイしたい、というファンの声に応えたかった

――『ひぐらし』シリーズとしては約7年ぶりとなるアニメーションですが、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか?
竜騎士07 アニメ関係者と茶飲み話をしているときに、なんとなく「またアニメ化できたらいいね」という話をしていて、そのなかで「リメイクだと思ったら、途中から新作になっていくのはどう?」みたいな話になったんです。すごくフワッとした話でしたが、じゃあ一度ゼロから考えてみようかなと思って、それで『ひぐらし業』のプロットを書き始めたというのが誕生経緯です。

――もともと用意していたプロットというわけではないんですね。
竜騎士07 そうです。その時点ではアニメ化される保証はなかったんですけど、面白そうだなと思ったんです。というのも、たまにファンの方から「もう一度記憶を消して『ひぐらし』を楽しみたい」という声をいただくことがあって。そういう方々に対してどうにか恩返しができないかなというのは、以前からずっと思っていたんですよね。だから「鬼隠し編」だと思ったら、じつはまったく違っていたというような物語を作ったら、考察も含めてより楽しんでいただけるんじゃないかと思いました。

――『ひぐらし』のキャラクターたちを動かすのは久しぶりだったと思いますが、感触はいかがでしたか?
竜騎士07 もともと『ひぐらし』のキャラは汎用性が高いと言いますか、どんな世界観にもなじむように設計して作ってあります。それに短編レベルのシナリオは継続して書き続けていたので、キャラが動いてくれなくて困ったということはまったくありませんでした。書き始めたら、一瞬で自分の頭のなかに戻ってきてくれた感覚ですね。

沙都子の豹変ぶりを楽しんでもらえてうれしい

――「猫騙し編」までは梨花をメインに据え、「郷壊し編」からは沙都子がフィーチャーされています。梨花は前シリーズより裏主人公な立ち位置ですが、今回沙都子をフィーチャーしたのはなぜですか?
竜騎士07 これまでの『ひぐらし』シリーズで沙都子がメインとなるのは「祟殺し編」と、その解答編である「皆殺し編」でしたが、これらのエピソードって沙都子が能動的に動くわけではないんですよね。彼女はいわゆる「お姫様ポジション」で、王子役である圭一たちが沙都子を救うために奮闘するという話で、沙都子自身はほとんど表に出ないんです。沙都子のエピソードを描いているはずなのに、なかなかスポットライトを当てられないっていうのは、ずっと前から思っていました。

――たしかにこれまでの沙都子は「圭一たちから差し伸べられた手をとる」ことしかしていません。
竜騎士07 そうなんです。「皆殺し編」では、ハッピーエンドを求めるならばひとりの蛮行ではなく、みんなの力を結集して正攻法で進むしかないっていうことにウエイトを置きすぎてしまって、結果的に沙都子の成長物語にはつながらなかったんですよね。だからこそ今回は沙都子の内面を深く掘り下げて、はっきりとシナリオのメインに据えたいと思いました。

――そうだったんですね。それにしても沙都子は、思いのほかとんでもない子に成長してしまった感じがします。
竜騎士07 あはは。たしかにそうですね。そこは皆さんにも驚いてもらえているようで、うれしいです。これまでにレナや詩音の二面性というのは描いているので、沙都子がそうなってもあまり新鮮味がなくて、誰にも驚いてもらえないんじゃないかという不安もあったんですが、皆さん、沙都子の豹変ぶりを楽しんでいるみたいで、そこは私としてもうれしかったです。

アニメスタッフのほうが『ひぐらし』に詳しいことも

――アニメ制作についてですが、竜騎士07さんが書いたプロットをアニメスタッフに預ける形で制作しているんですよね。
竜騎士07 そうです。川口敬一郎監督をはじめ、アニメスタッフの皆さんは『ひぐらし』のことを本当によくご存知で、シナリオの打ち合わせをしていても「これは平成版『ひぐらし』の○○ですね」とか「これはマンガ版の○○ですね」とか、出典まですらすら出てきて、原作者であるはずの私でも話に追いつけないときがありました(笑)。そのうえで「大切なのはこのセリフを○○に言わせることですね?」と、物語のキモの部分を深く理解してくださっていて。もちろん、私も監修という形でシナリオやコンテに関わらせていただきましたけど、ちょこっとセリフを修正する程度でした。

――そこまで深く読み込んでくれていると安心ですね。
竜騎士07 大安心でした。私自身の感覚としては、魚市場から200キロのマグロを仕入れて、それをアニメスタッフの方々にそのままドーンとお渡ししただけという感じなんです。それを川口監督が見事に解体して、さらに脚本のハヤシナオキさんがキレイに三枚におろしてくださったというか。皆さん、本当にすごい理解力で、これぞプロフェッショナルだなと感心しました。私はアニメに関しては素人同然ですし、プロットもそれを意識したものではないので、うまく捌いていただけたなと思います。

――キャラクターデザインは渡辺明夫さんが担当していますが、原作の懐かしさを残しつつも現代向けにリファインしていて、とてもいいバランスですよね。
竜騎士07 おっしゃる通りです。とくに今回は沙都子の描写がメインになるので、できるだけ沙都子を魅力的に描ける方にお願いしたいなと思っていたら、八重歯と絆創膏に関しては右に出る者がいない渡辺明夫先生が入ってくださいまして。本当に素晴らしいデザインに仕上げてくださったと思います。

キャスト陣も最初はリメイクだと思っていた

――一方で、キャスト陣は続投です。
竜騎士07 これはもう安心感しかないですね。長年にわたって『ひぐらし』のキャラクターを演じられていますから、世界観を熟知していらっしゃって。『ひぐらし業』の設定をかいつまんで説明するだけでもうわかっていただけたので、そこはすごく助かりましたし、やっぱり頼もしいですね。

――とはいえ、キャストの皆さんは『ひぐらし 業』の全貌は知らない状態で収録に臨んでいるんですよね。
竜騎士07 そうです。基本的には毎週の収録に合わせて台本をお渡ししていますので、それこそ最初はリメイクだと思っていたのではないでしょうか。ただ、それにしては羽入が第2話から登場するので、羽入役の堀江由衣さんは「私の出番、早くないですか?」とおっしゃっていたみたいですね(笑)。

――キャスト陣も『ひぐらし業』の考察を楽しみながら収録していったんですね。
竜騎士07 そうであればうれしいです。ただ、キーパーソンとなる沙都子役のかないみかさんだけには事前にお会いして、「今回の沙都子はかなりハードになります」と打ち明けました。逆に、今回は騙される側である梨花役の田村ゆかりさんには一切ネタバレはしませんでした。

『ひぐらし』は考察を楽しんでもらいたくて作った

――なるほど。そういう細かな配慮がお芝居にも生きているのかもしれませんね。現在、『ひぐらし業』の全24話が放送され、第1話からSNSを通じてさまざまな考察で盛り上がっています。視聴者のリアクションに関してはどう受け止めていますか?
竜騎士07 私としては、いちばん理想的な楽しみ方をしてもらっているなと感じています。TVアニメ『ひぐらしのなく頃に(以下、平成版ひぐらし)』が放送されたのは2006年なので、当時はSNSで気軽につぶやけるような環境は整っておらず、限られた掲示板などで議論するしかなかったんですよね。今はすごくカジュアルに意見交換ができる時代になって、理想的だなと思います。

――たしかにコアなファンから初見の人まで、幅広い層が考察を楽しんでいますね。
竜騎士07 それは本当にうれしいことです。もともと『ひぐらし』は犯人やトリックを暴くことを目的とした「正統派ミステリー」というより、考察そのものを楽しんでもらいたいと思って作った作品なんです。ただ、最初に発表した際にはそういう土壌が醸成されておらず、犯人当てゲームの一環として受け止められて、犯人を当てた人がスゴくて、それ以外は認めないという雰囲気があったんです。私としては、正解不正解というよりも、みんなで意見を交換して話し合う、その体験そのものに価値があって楽しいものだと思っています。私にとって『ひぐらし』シリーズは「考察遊びの場」であり、一種のコミュニケーションゲームだとも思っているんです。

――そうだったんですね。そういう意味では『ひぐらし業』はまさしくシリーズ本来の楽しみ方が活発に行われています。
竜騎士07 SNS時代になって、コンテンツの楽しみ方も変わってきたんだと思います。もちろん、真剣に考察している方も多くて、それはそれで私としてもすごくうれしいんですが、なにより楽しみ方の幅が広がったのはいいことだなと思います。

――ガチ勢の考察も見ていると思いますが、なかには正解に近い人もいますか?
竜騎士07 皆さん鋭いですね。現時点の情報でここまでの考察ができたら、これはもう100点満点なんじゃないかという方もけっこういらっしゃいます。ただ、繰り返しになりますが、当たったかどうかは二の次で、考察を通してどれだけ楽しい時間を過ごすかのほうが大事だと思っていますから、仮に的外れな考察だったとしても、それはそれで素晴らしいなと思いますよ。

『ひぐらし』と『うみねこ』は手塚治虫の『火の鳥』?

――『ひぐらし業』から入った視聴者がこれをきっかけに『平成版ひぐらし』も視聴するケースもあり、シリーズ全体が盛り上がっている印象です。
竜騎士07 プロットを書いているときにはそこまで意識はしていなかったんですけど、結果的にそういう動きになってくれてうれしいです。また、今回の放送に合わせて、いろいろな媒体で再放送や配信などをしていただき、アクセスしやすい環境を整えてもらえたのも大きかったですね。僕が唯一心配だったのは、新旧のアニメが比較されて「前のほうがよかった」とか「今のほうがいい」といった不毛な議論が起きることで、それは嫌だなと思っていたんです。僕は『平成版ひぐらし』も大好きで、スタジオディーンさんには本当に素晴らしいお仕事をしていただけたと感謝しているので、その方々に嫌な気分になってほしくはなくて。でも、始まってみたらそんな心配は杞憂でしたね。新旧の違いは、演出も含めて「あえてそうしてある」ということをちゃんと理解してもらったうえで考察してもらえているので、そこはスゴくいい形に落ち着いたなと思っています。

――考察絡みで言うと、『ひぐらし』シリーズは以前から『うみねこのなく頃に』との関連が示唆されていますが、『ひぐらし業』ではどこまで意識しましたか?
竜騎士07 誤解されがちなんですが、基本的に『ひぐらし』は『ひぐらし』内で完結している作品なので、『うみねこのなく頃に』を知らないと『ひぐらし』の謎が解けないとか、楽しめないというわけではまったくないです。ただ、『うみねこのなく頃に』を知っていると「また少し違った視点での考察ができて面白いんじゃないか?」という程度のものなんです。

――考察の幅を広げるための拡張アイテムのような位置づけですか?
竜騎士07 そうですね。ふたつの作品は世界観の一部を共有していて、私の頭のなかでは統合した巨大なワールドがあるんですけど、それはあくまで私の考える脳内設定であって、物語上で明言するたぐいのものではないんですね。たとえるならば、手塚治虫先生の『火の鳥』みたいなイメージです。ストーリーは各編で独立しつつ、火の鳥や猿田などはほとんどのストーリーに登場するじゃないですか。なので『ひぐらし』を楽しむために必ずしも『うみねこのなく頃に』を知る必要はないんです。あ、もちろん『火の鳥』は全巻読んでいただきたいですけど(笑)。

沙都子にも感情移入してほしい

――わかりました。では、ここからは『ひぐらし業』のストーリーについて聞かせてください。まず「鬼騙し編」ですが、リメイクだと思わせて完全新作ということが明らかになる、起点のエピソードです。
竜騎士07 「鬼騙し編」はまさしくそれが狙いで、これまでと似ているけど何かが違うと思わせて、じつはまったく違うという展開を狙っていました。決定的なところで言うと、レナが圭一に襲いかかってくるシーンです。前作の「鬼隠し編」は、疑心暗鬼に陥った圭一がレナを家のなかに入れなかったがために悲劇が起こったのに対し、「鬼騙し編」の圭一はレナを家に迎え入れたにもかかわらず、レナに襲われてしまう。「鬼隠し編」であればハッピーエンドで終わるはずなのにそうならないことで、この物語は単純なIFルートではない、別の何かだということを最初に示したのが「鬼騙し編」ですね。

――「綿騙し編」も、序盤は前作の「綿流し編」と似た展開ながら、それを裏切るストーリーですね。
竜騎士07 勘のいい人ならば、「鬼騙し編」の時点で『ひぐらし業』にはなにか大きな裏があると気づかれたかと思いますが、この「綿騙し編」はそれを決定的に裏付けようとしたエピソードです。圭一が魅音に人形を渡さなかったことで惨劇につながったのが「綿流し編」ですが、「綿騙し編」では人形を渡したのに惨劇が回避できない。これではっきりと、これまでのフラグ管理が一切通じないということをわかっていただくエピソードになったと思います。

――続く「祟騙し編」では、さらに大きく展開が異なります。
竜騎士07 「祟騙し編」は、このあと放送される『ひぐらし卒』でも比較的ウエイトを占めるエピソードになるかと思うので詳しくは言えませんが、これまでに明かされた情報をもとに、見方をあらためる必要があるシナリオになっているかと思います。ぜひ『ひぐらし卒』での解答編にご期待ください。

――「猫騙し編」からは完全にオリジナルストーリーが展開されます。
竜騎士07 これは沙都子が梨花の心を完全にへし折りにかかるエピソードで、徹底的に梨花を丸め込むのが目的ですね。そして、なぜ沙都子がここまで梨花に対して執着心を持つようになったのかを描くのが「郷壊し編」です。これは前作の「祭囃し編」における鷹野三四の過去編のような位置付けで、たしかに沙都子は梨花の望む未来を阻む存在ではあるんですが、できるだけ感情移入してもらいたいなと思って。

――先ほどは沙都子のことを「とんでもない子」と言ってしまいましたが、たしかに沙都子の気持ちは痛いほどよくわかります。
竜騎士07 それはよかったです(笑)。そのうえで『ひぐらし卒』では、沙都子視点でどうやって惨劇が起きていたかが語られるという構成です。ゲーム盤がグルっと回転して、プレイヤーが梨花から沙都子に変わった状態ですね。

――視聴者的には『ひぐらし卒』で「猫騙し編」のラストシーンにつながる展開を期待してしまいますが、そこはいかがでしょうか?
竜騎士07 そうですね。そこは皆さんの期待通り、「猫騙し編」のラストシーンに帰着するでしょう、おそらくですが(笑)。

面白いアイデアがあれば、またいつでもやりたい

――ちなみに『平成版ひぐらし』では「仲間を信じて頼ること」が大きなテーマになっていましたが、今回はまた別のテーマが描かれているのでしょうか?
竜騎士07 私自身のなかにはあるんですが、自分で言うと、だいたいいつも「説教臭い」と怒られてしまうので(笑)。だから今回は私の口からは言わないようにします。タイトルの「業」と「卒」に込めた意味も同じで、わかる人にはわかるとは思いますが、今はあえて言わないでおきます。

――ふたつをつなげると「卒業」になりますから、もしかするとこれが『ひぐらし』シリーズの最終章なのではないかとも考えてしまうのですが……。
竜騎士07 いや、これでシリーズが終わりという意味合いはないです。今回『平成版ひぐらし』に勝るとも劣らない大きな物語を作ることができたので、ひとつの区切りだとは思っていますが、最初に言った通り「ひぐらし」の世界観はとても拡張性が高いので、なにか面白いアイデアが思いつけばまたいつでもやりたいと思っています。

――それは『ひぐらし』ファンとしてはひと安心ですね。
竜騎士07 それこそ圭一たちが親世代になった時代の、彼らの子供たちの物語なんかも、もしかしたらいつかやるかもしれません。ただ、とにかく今は目の前にある『ひぐらし業』と『ひぐらし卒』を全力で楽しんでいただけたら。『ひぐらし卒』の放送まで少し時間が空きますから、もう一度『ひぐらし業』を見直すのもいいですし、さらに『平成版ひぐらし』を見ていただけると、また新しい発見があると思いますよ。endmark

竜騎士07
りゅうきしぜろなな。千葉県生まれ。2002年にサウンドノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』を同人ゲームとして発表。2007年に『なく頃に』シリーズ第2弾『うみねこのなく頃に』を、2019年に第3弾『キコニアのなく頃に』をリリース。
作品情報

『ひぐらしのなく頃に業』

  • ©2020竜騎士07/ひぐらしのなく頃に製作委員会