少年マンガ的展開は限界。少女マンガを目指したが……
――磯監督は「宇宙に出ていくモチベーション」について1年以上悩んだ結果、とある結論に達したそうですね。
磯 はい。それは「この問いを深く考えるのはやめよう」という結論でした(笑)。で、あまり深く考えずに出した答えというのが「きっと商業宇宙の最初の時代は、地球を見るために宇宙に行くんじゃないか」っていうシンプルな答えで。
幸村 素晴らしいです。僕は第1話の美衣奈ちゃんの「ヤバイ! 地球って本当にあるんだね」っていうセリフが大好きなんです。人間が宇宙に行く理由があのセリフにギュッと詰まっているなって感じて。
磯 ありがとうございます。美衣奈はあざといキャラクターなので、基本的にずっと演技をしているんですけど、あのシーンだけは「いっさいの演技をせず、素の状態に戻ってください」とキャストさんにお願いしました。
幸村 お芝居もとても良かったです。それでいて、地球帰還後に世界21位の資産家になって、寄付をするときのいやらしい顔ときたら(笑)。地球を見て感動している美衣奈ちゃんとこの顔の美衣奈ちゃんが、どちらも同じ人物というのがすごくいいです。美衣奈ちゃんはホント好きですね。
磯 美衣奈の好きなセリフを挙げていただいたので、私からも『プラネテス』の好きなセリフを挙げさせてください。第2巻の最終話(第11話「СПАСИБО」)で、宇宙に行く理由を探していたハチマキが事故って海に落ちて「この世に宇宙の一部じゃないものなんてないのか」って気づくじゃないですか。あの一連の思いが理屈っぽくなくて好きなんですよ。自分なりに悩み抜いた結果として、自分も地球も宇宙の一部なんだという考えに至るのが、すごく納得がいったんですね。私の場合は哲学や科学、宗教の道から宇宙の意味を深追いするのをやめたんですが、幸村先生はそこから逃げていないですよね。
幸村 いや、僕もそんなに深くは考えていなかったんですけど。
磯 でも、『プラネテス』からはそういったテーマを追い求めている表現が端々に感じられるんですよ。しかも、幸村先生が宇宙を理屈でなく本能で感じ取ろうとしていることも、ちゃんと作品から伝わってくる。そこが素晴らしいですよね。
幸村 ありがとうございます。言われてみるとたしかに「理屈はあとから追いつけばいい」と思いながら描いていたような気がします。
――『地球外少年少女』と『プラネテス』のもうひとつの共通点は、タイトルです。『プラネテス』の第2話のサブタイトルが「地球外少女」なんですよね。
磯 そう。「素敵なタイトルを思いついたぞ」と思っていたら、吉田健一(『地球外少年少女』キャラクターデザイン)から「これは『プラネテス』ですよね?」って言われて初めて気がついて(笑)。
幸村 わかります。「これはすごいアイデアを思いついたぞ!」と思ってマンガに描こうとすると、だいたい同じものがすでにあるんです(笑)。それは、僕は宇宙波(うちゅうは)が原因だと思っています。アイデアって同時に地球に降り注いでいて、それを受信している人が、きっと世界に100人くらいはいるんですよ。
磯 じゃあ、同じ宇宙波を浴びて、同時に思いついたということで(笑)。でも、この件でさらに「プラネテス」の先見性を感じました。それにしても「地球外」っていい言葉ですよね。私が子供の頃には、ジュースでもお菓子でも、なんにでも「宇宙」をつければモノが売れたブームがありましたから、ぜひ「地球外」も流行らせたいなと思っています。
――『地球外少年少女』では宇宙の他に人間とAIの関係性も深く描写されています。幸村先生は、そのあたりはどう感じましたか?
幸村 もう戦慄しました。「究極の知性」というものがあるとしたら、それはどんな存在だろうとか、人類に対してどんな結論を出すのだろうっていうことは想像したことはあったのですが、今回のAIの描かれ方を見て、答えが出たんじゃないかと。
磯 ああ、いい感じに騙されていただいてうれしいです!(笑) じつはかなりハッタリをきかせて、いろいろな嘘をついてます。実際のAI自体も、まだまだファンタジーなんですよ。
幸村 でも、よくこの領域にまで足を踏み入れたなって思いましたよ。
磯 ありがとうございます。当初はAIをこういう神のような存在として描くつもりはなかったんです。前半のような純粋な宇宙ものを最後まで続ける予定だったのですが、我慢しきれなくなって暴発してしまって。プロデューサーから「そっちには進むな!」って必死に止められたんですけど、「止めてくれるな!」と(笑)。そのテンションで、後半のシナリオは1カ月くらいで一気に書き上げました。
幸村 すごい。でも、当初のプロットからは外れていったんですね。
磯 そうなんです。20世紀の宇宙ものは、神のような上位の何かに会いに行く話が多くて、今回はそういう宇宙は卒業したいなと思っていたんですよ。その先に待っているものって、すでに過去のさまざまなSF作品でやりつくされている感じもあるじゃないですか。
幸村 最後はスターチャイルド(※3)になっちゃうような。
磯 そうそう。それって男性原理的、少年マンガ的な世界観に近くて。自分は垂直型と呼んでいるんですけど、少年マンガは主人公が成長してどんどん強くなると、さらに強い敵が登場してくる。キャラの関係性も、ストーリーの展開も上下方向、垂直なんですよ。『ドラゴンボール』に代表されるように、それを繰り返して永遠に垂直に上昇し続けるストーリーが王道としてある。対して少女マンガは水平なんですよ。恋愛も友情も、人間関係が横に広がっていく、水平な世界だと思っていて。とはいえ、今回少女マンガ的な水平な宇宙を作ろうとまでは思いませんでしたが、それでも昔ながらの垂直でない、神様に会いに行く宇宙以外の新しい宇宙を描けないかなと思って、チャンレンジしたんです。したんですが……。
- ※3 映画『2001年宇宙の旅』に登場する進化した新たな人類のこと
――そうはならなかった。
磯 そう、やっぱり最後の最後で我慢ができなくなって、結局、垂直に飛び出してしまった(笑)。思えば、登矢という名前もそういう意図でつけていたので、自然といえば自然な成り行きだったかもしれませんが。
幸村 セカンドセブンの出した結論や「フィッツ」の意味など、この辺りに関しては聞きたいことが山ほどあるんですけれども。
磯 それらにはすべて裏設定があり、ここでお話ししたいところなんですけど、将来、完全版が出る可能性もゼロではないので、そうなるとそのときの楽しみを奪うことになっちゃうかもしれないですが……。
幸村 それは困ります。どうしましょう?(笑)
- 磯 光雄
- いそみつお 1966年生まれ。愛知県出身。アニメ監督、アニメーター、脚本家、演出家。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『新世紀エヴァンゲリオン』『紅の豚』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』『キル・ビル』など幅広い作品に参加し、アニメーターとして高い評価を得る。2007年には自らが原作・脚本を務めた『電脳コイル』で監督デビューも果たしている。
- 幸村 誠
- ゆきむらまこと 1976年生まれ。神奈川県出身。マンガ家。2000年に『プラネテス』(「モーニング」(講談社)連載)で商業誌デビュー。2005年より「週刊少年マガジン」にて『ヴィンランド・サガ』を連載開始、その後、掲載誌を『月刊アフタヌーン』に移し、現在も連載中。2009年「第13回文化庁メディア芸術祭」でマンガ部門大賞を、2012年に「第36回講談社漫画賞」で一般部門を受賞。
オリジナルアニメ『地球外少年少女』
劇場公開限定版Blu-ray&DVD 好評発売中
Netflixにて配信中
『地球外少年少女プロダクションノート』
原作・脚本・監督を務める磯光雄氏の書く初期シナリオ案や企画段階で制作されたアイデアスケッチの数々、本編では描かれなかった幻の設定などを収録予定。『地球外少年少女』の圧倒的な世界がどのように作られたのかを徹底検証した一冊です!!
A4変形判/192ページ/定価3,900円(本価3,545円+税10%)
2022年8月31日(水)発売
- © MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会