監督としては「オリジナルしかやらない」と覚悟を決めた
――これだけ自分の純粋な感情を投入した作品になったわけですが、監督としての創作意欲は増しましたか?
イシグロ 今の時点でさすがに作りたいものが枯渇しているということはなくて、オリジナル作品を作るうえで、まだまだ自分のなかで解消できていないものや、やりたいことをぶつけていきたいという気持ちがあります。ただ、『サイコト』でも達成感はしっかりとありました。きちんと完成させて、公開することができたので。
――コロナ禍でもあるので、まさに完成させて世に出す難しさが問われました。
イシグロ 相当に難しかったですし、それをやりきった達成感もあります。もちろん、反省点もあって、絵コンテを僕ひとりで描いたので、その拙さが出ている部分があるかなと。これはもっと改善する余地があると思っています。
――『サイコト』を経て、逆にダークでシリアスな作品にチャレンジしたい気持ちはありますか?
イシグロ もちろん。自分の人生を考えても、ポジティブなものだけを描き続けていくのは逆に難しいです。ただ、監督という立場ではもうオリジナルしか作らないと決めているので。
――そうなんですね。
イシグロ はい。これは原作付きの『クジラの子らは砂上に歌う』をやっているときから、プロデューサーには伝えていました。「これが原作ものをやる最後の作品になるかも」と。
自分のために作ることを思い出させてくれた『サイコト』
――今はそれくらいオリジナルをやりたい気持ちが強いと。
イシグロ もちろん、絵コンテやスタッフとしては原作ものにも携わっていきたいと思います。監督のオーダーに沿ってコンテを描いたり、原作の良さを引き出そうとしたりすることは嫌いではないので。それほど迷うこともないですからね。
――自分自身を投影する監督作ではそうではないと。
イシグロ やっぱり、ミュージシャンの頃から曲を作っていたのも大きいと思います。
――自分の素や感情を出すことに抵抗もないし、その感覚をつかんでいる部分はありますよね。
イシグロ オリジナル作品をやっていると、作曲している頃の自分を思い出すところはありました。アニメ業界に転身して、アニメ制作と向き合っているうちに「お客さんのために」という部分が自分のなかで大きくなっていたんです。でも、大貫さんと打ち合わせをしたときに「アニメ作りではお客さんの反応が気になるんですよ」と正直に話したら、「私は自分のために作っている」と即答でおっしゃられて。それを聞いて稲妻が走るというか、「オレも昔はそうだったな」と思ったんです。いつの間にか、気持ちが変遷していた。それもあって、もうオリジナルしかやらないと覚悟を決めたんです。
――なるほど。
イシグロ そういう自分のためにきちんと作る気持ちを思い出させてくれた意味でも、この映画から得られたものは大きいと思っていますね。
- イシグロキョウヘイ
- 1980年生まれ。サンライズで制作進行を務めたのち、演出家デビュー。その後フリーとなり、『四月は君の嘘』で初監督を手掛ける。7月22日に、監督作品としては初となるオリジナル劇場映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』が公開された。