TOPICS 2021.08.03 │ 12:00

イシグロキョウヘイ監督が語る『サイダーのように言葉が湧き上がる』のヒミツ①

7月22日に公開された青春アニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる(以下、サイコト)』。コンプレックスを持つ思春期の少年少女の交流を、シティポップ的なアート感覚を生かして映像化した本作に込められたメッセージとは? インタビュー前編では、監督を務めたイシグロキョウヘイに、公開後だからこそ語れる作品の真意について聞いた。

取材・文/森 樹

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

人が死なずとも劇的で、心が湧き立つようなものを作りたかった

――『サイコト』がコロナ禍による延期を経て公開されました。若者を主体としたリアルな群像劇を、ポップアートを感じさせるカラフルな色彩で表現した作品ですが、まずこの作品を作るうえでのポイントを聞かせてください。
イシグロ 何よりもポジティブなメッセージを届けるという思いが、脚本の佐藤大さんや、キャラクターデザインを手がけた妻の愛敬由紀子とも共通認識としてありました。シティポップ調の明るい色彩も、まずは作品が明るくポジティブなものであるというメッセージになっています。ただ、オリジナル作品ですから、僕が好きなものがそのまま出た部分もあって、それがハッピーエンドの物語や、全体のデザインにつながっています。

――シリアスなものは、今回、監督の求める作風ではなかったと。
イシグロ 初めてのオリジナル作品で世に残すものとしては、ポジティブなメッセージを伝えたいという気持ちが強かったですね。それに、これまで自分が携わった作品は人の生死が関わるようなものが多くて、その反動というか、人が死なずとも劇的で、心が湧き立つようなものを作りたいという欲求もありました。

――コロナ禍で世の中に不安が広がるなかで、ポジティブな物語を選び取った意味も増しているように思います。
イシグロ そうですね。鬱屈したものがあるなかで、せめて作品のなかだけは泡のように弾けた気持ちになってほしいと思いながら制作しました。

――そんな『サイコト』の柱として、俳句と音楽があります。もともとミュージシャンでもあったイシグロさんの持つリズム感覚が、画面のテンポやカットの切り替えに全面的に生かされているのも本作の魅力だと思いますが、テンポ感への意識は強かったのでしょうか?
イシグロ 物語全体のテンポについては、自分の技術や経験値がいい意味でも悪い意味でも出たなと思っています。前半は、もうちょっとテンポが早くても良かったなと思っていて。ただ、作品全体に流れているリズム感は音楽に紐づいているので、音楽の牛尾(憲輔)さんに発注した劇伴の雰囲気によるところが大きいです。今回はメロディを立てるのではなく、リズム主体で作ってもらっていますし、もともと牛尾さんがそうしたテイストのテクノ~エレクトロニカを主戦場にしている方なので。牛尾さんが形作るリズムと映像、シティポップのようなビジュアル、キャラクターの感情芝居という3つがガッチリ合わさることで感情が湧き上がる、という今回の狙いは成功したかなと思います。

映像演出と音楽をいい塩梅で混ぜられるイメージアルバム方式

――物語は情緒的ですが、音楽面はエモーショナルでもメロウでもなく、クールですよね。それが逆にキャラクターの感情を引き立てている面があるように感じました。
イシグロ 劇伴と、映像と、そのなかに流れるキャラのドラマのバランスは重要ですし、これからも探求したい部分です。じつは今回、フィルムスコアみたいな形で、映像が完成したあとに曲をつけていくやり方も考えていたんです。

――映像を先に完成させる案もあったんですね。
イシグロ ただ、牛尾さんからはイメージアルバム方式を提案されました。つまり、メニュー表(発注表)を作らず、牛尾さんがシナリオから先行してデモを作り、それに触発されてこちらが映像を作り、さらにそこから音楽をエディットして完成に近づけるやり方ですね。フィルムスコア方式だと映像の尺が決まっているので、音楽的な自由度はないじゃないですか。そう考えると、手間は増えますけど、イメージアルバム方式は、映像演出側と音楽側のどちらもやりたいことをいい塩梅で混ぜられるんです。

――ふたつのいいとこ取りができると。
イシグロ 僕も音楽のデモを聞きながら絵コンテを描くことができますし、作画のチェックも、このシーンでこの曲を流すというリズム感を身体に染み込ませたうえでのチェックになるので、映像と音の関係性はかなり密度の濃いものになりました。顕著なのは、リズムはそれほど立っていないですが、フジヤマのおじいちゃんがレコードのことを思い出せなくなって泣くシーンですね。

――作中でも重要な場面ですね。
イシグロ あそこで流れている音楽は、牛尾さんに作ってもらったデモのなかでも最初に送ってもらった2曲のうちの1曲なんです。だから、あのシーンは完全に音楽先行で組み立てられているんです。

――音楽があったからこそ、ああいう演出につながったわけですね。
イシグロ あのカットでフジヤマさんをサイドからカメラが捉える感覚というのは、音楽に紐づけられたものです。言葉では説明しづらいものですが、曲を聞いたときに思い浮かんだアングルでした。

大貫妙子さんの「春の手紙」が制作のカギとなった

――単純に劇伴を発注して、返してもらって、という関係性から一歩先に進んだやり方と言えますね。
イシグロ そうなります。大貫妙子さんの劇中歌も同じような流れでした。シナリオを書いている段階では「春の手紙」という大貫さんの曲を聞いていたのですが、そのときはまさか発注できると思っていなかったので(笑)。それから奇跡的に大貫さんが引き受けてくださることになって、いざ発注する段階では、絵コンテをつないだVコンテに「春の手紙」をエディットして貼り込んだものを見てもらっているんです。

――「春の手紙」が添えられたVコンテを見ていただいたと。
イシグロ こんなことしていいのかなと思いながら(笑)、そこからどんな曲を書き下ろしていくかを話し合いました。もちろん、作詞作曲における自由度はある程度担保していましたが。なので、映画を2度、3度と見直す際は「春の手紙」と、実際の劇中歌である「YAMAZAKURA」を聞き比べていただくと面白いと思います。

――「春の手紙」はキャストやスタッフの方々にも共有したのですか?
イシグロ キャストには渡っていないですが、絵コンテやシナリオ段階に参加していたスタッフのみなさんには聞いてもらっています。同じように、チェリーが俳句ラップを歌うパートも、「春の手紙」をBGMで再生しながら、僕がチェリー役としてラップを実演しています。

――あのラストシーンでのラップは、監督がベースを作っているんですね。
イシグロ そうなんです。なので、スタッフは「春の手紙」が元ネタになっているのは知っていますし、デモを聞いている状態で作業していましたね。

作品情報

『サイダーのように言葉が湧き上がる』
絶賛公開中!

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