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干物の焼ける匂いが室内に充満する。皿に盛って出すと、真道は動物みたいな勢いで骨ごと丸かじりにした。
「キットカットじゃないんだぞ……」
「うまいよ」
尻尾の一欠片すら残らず干物は消えた。それは大家さんがおすそ分けしてくれた久しぶりの魚で、米と乾麺が主食だった当時は高級な代物だった。
誰かと住む時には大抵そうだろうと思うが、真道との二人暮らしもまた、想像していたものとは違っていた。
まず真道は生活が下手だった。一年の頃は自分より大人に見えていたのに、実際のあいつはまるで子供のような男だった。掃除も洗濯も最小限しかやらず、何より毎日の食事に一切頓着がない。欲しい本でも見つかると平気で何食も抜いていた。カロリーを通貨の一種だと思ってたのかもしれない。
だがあいつがそれで良くてもこっちが良くない。食事は定期的に取りたいし部屋だって綺麗にしたい。暮らし始めた当初は口を酸っぱくして文句を言ったのだが、やらせたい側とやらない側では分が悪すぎる勝負だった。結局住み始めて三カ月も過ぎる頃には、飯の支度はほとんど俺がやることになっていた。それに一応の恩義を感じたのか、真道もしぶしぶながらある程度掃除をするようになった。
また一年生の時の印象と大きく違っていたのは、真道は話があまり上手くないということだった。たとえば事務的な会話はこなすし、表面上は当たり障りなく人と話せているのだが、俺と話す時は遠慮なく下手になった。話の途中で突然黙るし、ひと足飛びに全く違うことを言い出したりもする。そっちのほうが素なんだとあいつは言った。
「先生とは話せるのか?」
「先生方は、言葉が上手いから。いや言葉じゃなくて、なんだろうな……」
「学生は会話が下手だって?」
「そうじゃなく……」真道は考えながら言った。「同世代だと俺も向こうもまだ「できてない」からかな……話していても雲を摑むような感じがする……」
聞いている俺のほうが雲を摑むような気分でよくわからなかったが。それでも俺は真道の話をなんとか聞いていたし、あいつも俺とはよく話していたと思う。理由は簡単で、ただ同じ家にいたというだけだ。
三年の春に暮らし始めてから卒業するまでの間、俺と真道はほとんどの時間を一緒に過ごした。同じ講義に出て同じ時間に帰った。バイトを最小限にするために大家さんの仕事を二人で手伝った。あいつが天井を修繕して俺は植木の土を替えた。もらったお金が飯になり毎日同じものを食べた。
その間も真道は変わらず本を読み漁っていて、夜はあいつが仕入れた話題をつまみにして二人で飲んだ。法律のこと、国のこと、生物のこと、世界のこと。寄る辺もなく、とりとめもなく、編み物みたいにひたすら言葉を投げ合う日が続いた。今でも時々、思い出す。
あの毎日は夢だった。
現実に生きているのに現実から切り離されていた。頭の中で考えることが世界と等価値だった。俺と真道の二人だけが住む、浮世離れした雲の上の王国だった。
けれどそれでも朝になって夢から覚めてしまえば俺はただの人間で、毎日の飯を心配して、腹が減れば作って食べた。だがもし真道が一人だったら、あいつは何も食べずに、ずっと夢を見たまま、ついには餓死していたような気さえしている。
真道は、食事に頓着がなかったのではなく、命に頓着がなかったのだと思う。
もしかするとあの頃のあいつは、何千冊という本の、何億字という文字を掻き分けながら、命よりも大事なものを探していたのかもしれない。
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