ナナチのエピソードをクライマックスに持ってくるのがスタンダードだと思った
――まずは、参加の経緯からお伺いできますか?
倉田 この作品の前に、キネマシトラスさんで『灼熱の卓球娘』という作品をやっていたんですが、その作業が終わる頃にアニメーションプロデューサーの小笠原(宗紀)さんから声をかけていただき、原作の単行本を受け取りました。あとから気づいたんですけど、じつは以前、第1巻を読んでいたんです。
――そうだったんですか!
倉田 というのも、僕とつくし先生には共通の知り合いがいて、何年か前にその人の新年会で顔を合わせていたんです。そのときに、つくし先生本人から『メイドインアビス(以下アビス)』の第1巻を直接いただいていました。ただ、第1巻って設定はすごく面白いんだけど、冒険に出るところまでで終わっているじゃないですか。しかも、物語開始早々でリコが裸吊りになっていて「うわ!? エッチなマンガだ!」みたいな、そんな記憶が残っていたくらいで(笑)。だから、この話をいただいて単行本を読みながら「どこかで見た設定だな」と思っていたら、じつはもう読んでいた、という。失礼な話なんですが(笑)。
――お仕事を引き受けるにあたり、読み直してみて印象は変わりましたか?
倉田 けっこう変わりましたね。第1巻はやっぱり「設定」が前面に出ているんですけど、第2巻以降はいろいろなキャラクターが動き始めて、マンガとして俄然面白くなってくる。多分、原作ファンの方々は第2巻の最後のオーゼンのエピソードで気になって、第3巻のナナチでがっつり引き込まれた人が多いんじゃないかな。つくし先生のマンガの描き方がだんだん進化していく、その過程が見て取れました。
――今回のアニメでは第4巻の途中まで、ナナチとミーティのエピソードでひと区切りになっています。
倉田 そうですね。お話をいただいたのは第4巻が発売されるかどうか、というタイミングだったんですけど、そこまででいちばん盛り上がるのは、やっぱりナナチのエピソードなので。あそこをクライマックスに持ってくるのがスタンダードかなと思いました。
――脚本は、小柳啓伍さんと倉田さんのふたりで分担しているんですね。
倉田 僕はひとりで書くと脚本が遅れがちになってしまうんですが、『アビス』でそうなるのはいつも以上にヤバいだろう、と。作画面の大変さは予想できたし、最終回が1時間枠というのも最初に決まりましたから。なので、スケジュールを崩さないために小柳さんお願いしました。『卓球娘』のときにご一緒して、いいお仕事ができたので、今回は半分お願いします、と。
僕は『アビス』をグロテスクだと思ったことはないんです
――なるほど。小島監督へのインタビューでも話題に上ったのですが、倉田さんが担当した冒頭3話は、原作のストーリーをかなり大胆に再構成していますね。
倉田 第1巻は説明が多いと思ったんです。世界観の設定自体はすごく面白いし、もし、これがゲームだったら間違いなく遊んでいたと思うんですけど、一本筋があるストーリーとして見ると、やっぱりとっつきにくいところがあるかな、と。しかも、アビスがどういう世界で、この人たちがどういう風に暮らしているかが、原作では基本、セリフと解説文で説明される。結果としてネーム量がすごく多くなっているんですけど、これをそのまま脚本に起こしてアニメにしたら、もたっとしたものになりそうだな、という不安もあった。それで再構成するにあたって、何かいいアイデアがないかな、と思っていたんです。
――リコとレグの出会いから始めるというのは、黄瀬和哉さんからの発案だったそうですね。
倉田 そうです。黄瀬さんもやっぱり、そこが気になっていたらしくて。なので、いかにも『アビス』らしいシーン――リコが採掘をしている場面から始めて、30分の間にこの子たちが一体何をやっているか、だんだんとわかる。で、最後にカメラが引くと、巨大な穴の街に住んでいたんだ、と。そういう構成になればいいかなと思いました。あと、アニメーションには動きや音があるので、原作ではセリフで書かれていることも、ある程度は省略できる。……と言いつつ、そういうセリフの中に伏線が張ってあったりするので、あとでつくし先生に確認するのが大変ではありました(笑)。
――ひとつ面白かったのが、リコがシーカーキャンプに上がってくるシーンです。彼女が呪いで吐瀉をする場面があって、あそこを見て、倉田さんが脚本を手がけた『R.O.D』のアニタが吐くシーンを思い出しました。
倉田 でも、たしかあの回(第6話)は小柳さんが脚本を担当した話数ですよね(笑)。それはともかく、根本的に人間だったらおしっこもするし、吐くこともあるだろう、とは思うんです。もちろん、美少女ものでそういうことを書こうとは思いませんけど(笑)、『アビス』はあらかじめそういう設定になっていて、この世界では下手を打てばケガもするし、アビスの呪いで吐くこともある。であれば、そこを描かないのは嘘でしょう、と。ネットなどを見ていると「『アビス』は王道ファンタジーみたいな感じで始まるけど、じつはこのあとグロ展開が……」みたいな意見が書かれていたりするんですが、僕はグロテスクだと思ったことはないんですよ。
――生きている人間であれば、当然、そういう反応をして然るべきで。
倉田 あと、つくし先生と会って話したときに、見ている映画や本がけっこう共通していたんです。たとえば、ディスカバリーチャンネルとかナショナルジオグラフィックのドキュメンタリー、映画だったらダニー・ボイル監督の『127時間』、あとは、谷口ジローさんと夢枕獏さんの『神々の山嶺』とか。好き勝手に冒険しているんだけど、その責任は自分たちで背負っている。つくし先生はそのあたりの作品を見た上で、『アビス』の世界のルールとして作中に提示しているんです。だから、毒を受けたら治すのにこれだけの手順が必要だ、ということがちゃんと描かれている。どちらかと言えば、王道ファンタジーというよりは『クレイジージャーニー』のような番組に近い(笑)。
――どうしてそんなところに行くんだろう?という(笑)。
倉田 あとは『植村直己物語』とか。なんでわざわざ、あんな寒いところに行くんだろう?と思うんですけど、実際に行っている人がいるということは、何か理由があるんだろう、と。リコはもちろんですけど、そもそもオースの街自体がそういう場所じゃないですか。アビスという迷宮に惹かれて集まってきた人たちが、街まで作ってしまったわけで。少し角度を変えれば、たとえばゴールドラッシュなどに近いのかもな、と思う。金が出ると聞いて人が集まってきて、街ができて、そこで生まれて死んで……というサイクルがそこに詰まっている。そこへさらに、産業革命以前の、子供が労働力として駆り出された時代の空気に近いものもあって、子供たち自身もそれを特別に苦しいものだとは思っていない。……そうやって考えていくと、いわゆる王道の冒険ファンタジーじゃないことはわかるよね、と思うんですけど。
――楽しそうに見えるけど、今の僕たちとは違う倫理感で動いている世界だし、半ば狂気に近い世界だ、と。
倉田 主人公が可愛い女の子だっていうだけで、やっていることはエベレストに登るのと、何も変わらないですからね。あと、リコに関して言えば、劇中で「ちゃんと殺して食べる」ということが描かれている。そこがすごく魅力的だし、普通のヒロインと違うところなんです。この歳で自分のやるべきことがわかっていて、しかもそこに猪突猛進している。リコは冒険のことしか頭にないというのは、冒頭の3話で意識して演出しています。