TOPICS 2021.09.16 │ 12:00

少女たちの「自立」を描く
『岬のマヨイガ』 川面真也監督インタビュー②

8月27日に公開されたファンタジーアニメ『岬のマヨイガ』。傷つき、行き場のない少女・ユイとひより、そして謎の老婆・キワのちょっと不思議で温かな交流を描く今作について、監督を務める川面真也にインタビュー。第2回では、演出や背景などの絵作りについて話してもらった。

取材・文/福西輝明

※本記事には物語の核心に触れる部分がございますので、ご注意ください。

河童たちは普通のおじさんのような親しみやすい存在に

――本作でキワさんが「ふしぎっと」と呼んでいる妖怪たちを描写する際、とくに念頭に置いたことは?
川面 普通の人が容易に接触できるものではないけれど、決しておそれ多い存在ではなく、離れた村に住んでいるおじさんくらいの感覚で付き合えるような「気安い隣人」として映るよう心がけました。見た目は人間とかけ離れているけれど、キワさんのような人だったら普通に会話をしたり、一緒にご飯を食べるなど、ちゃんとコミュニケーションがとれる存在ですね。ユイたちが生きる人間の世界と「ふしぎっと」たちの世界はかけ離れたものではなく、ちょっとしたきっかけがあれば誰もが触れられる。そんな「地続き感」があったほうがリアリティが生まれると思いました。なので、最初のほうで出てくる河童や、中盤に登場するお地蔵様とキワさんのやりとりは、近所のおじさんと話しているような感じで作りました。デザインに関しても、人に寄り添いすぎない程度の怖さはあるけれど、どこか親しみを感じられる、キモカワな感じにしていただきました。ちなみに河童に関しては「遠野の河童なので、オーソドックスな緑ではなく、赤い河童にしてほしい」と、原作の柏葉(幸子)先生からオーダーがありました。いろいろと謂われはありますが、遠野の河童はなぜか赤いんですよ。

――見た目は絵巻物に出てくるようなオーソドックスな妖怪なのに、キワさんたちと話す姿はまさしく近所のおじさんのような、親しみやすさを感じました。
川面 アフレコの際、演技の方向性として、演者の方々には「田舎の青年団のような感覚でやってほしい」とお伝えしました。昔の田舎では、屋根の修理などの大変な作業をする際は、村の衆が集まって共同作業で片付けるのがならわしでした。だから本作のふしぎっとたちも「なんか困ったことがあったら手伝うで~」くらいのテンションでキワさんを助けにきていた、という感覚ですね。

――河童役をサンドウィッチマンの伊達みきおさん・富澤たけしさんや、岩手県知事の達増拓也さんが演じていましたが、とてもいい味を出していました。
川面 河童たちには、ごく普通のおじさん的な演技がほしかったので、そういう意味ではとてもいいおじさんたちが集まってくれたなと(笑)。サンドウィッチマンさんは3.11後の復興支援に多大な貢献をされていて、柏葉先生もリスペクトされているそうで、お願いしてみたところ実現したという形です。

ユイたちの住むマヨイガに混ぜた「ウソ」とは……?

――本作の風景描写についてですが、絵画調の塗り方で構成したのにはどのような狙いがあったのでしょうか?
川面 3.11直後の東北の町が舞台なので、あまりフォトリアル(写実的表現)に寄せてしまうと作品全体の雰囲気が重苦しくなってしまうと思いました。それに、絵画調のほうがふしぎっとを登場させたときになじみやすいですしね。また、本作では行き場をなくした女の子が自立していく温かな物語を描きたかったので、絵画調のほうが雰囲気にマッチしていたんです。今回は、岩手県の大槌町(おおつちちょう)などで入念に取材を重ねたので、細かな美術設定そのもののリアル感は残しています。ただ、描写としてはいろいろなところに「ウソ」が入っているんですよ。

――描写上の「ウソ」といいますと……?
川面 ユイたちが住むことになるマヨイガの周辺には、電柱が一本もないんです。現実では、人里離れた山奥にポツンと建っている一軒家でも必ず電線が通っているか、もしくは発電機があります。マヨイガにはどちらもないけれど、家の中では電気が使えるようになっている。妖怪であるマヨイガに電線が通っていたり、発電機があったりしたら、ちょっと興ざめじゃないですか。ですから、そこは「妖怪だから電気も使える」という形にしたんです。また、お風呂は薪で焚いているのに、ご飯を作るときはガスレンジを使っているなど、細かい部分にツッコミを入れ始めるとキリがないですが……。そのあたりは、個人的に「こういう空間がくつろげる」というものを優先しました。

――舞台となる町には震災の爪痕が色濃く残っていましたが、マヨイガの中だけは温かな空気感に包まれている印象がありました。マヨイガでの生活を描くうえで、どんなことを重視したのでしょうか?
川面 温かく快適で、おいしいごはんがあって、安心して気持ちよく眠れる。そんな「ここには心地よさしかない」という空間を作ることを念頭に置きました。日々の生活を快適に過ごせる環境で、ユイとひよりの心は少しずつ癒され、自分たちの意思で立ち上がって歩き出します。マヨイガはそんな「そこにいるだけで前向きな気持ちになれるような場所」にしたいなと。最初はそれをキワさんが提供してくれるのですが、ユイとひよりもただ甘え続けているわけではありません。最初、ユイはキワさんの好意にも懐疑的で、掃除を言い渡されたときは不平タラタラだったけれど、やがて食事の準備を手伝ったり、アルバイトを始めて家計に役立てようとしたりと、自分から何かを始める姿を見せるようになります。それは、心に余裕が持てる環境があったからこそ、人の好意を素直に受け入れ、そして好意に対するお返しをできるようになった、ということなんです。

作品情報

『岬のマヨイガ』
絶賛公開中!

  • ©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会