TOPICS 2023.05.08 │ 12:00

塩谷直義監督に聞いた『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』の制作秘話①

シリーズ10周年を迎えた人気SFアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズ。その最新作である『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』の公開を記念し、監督の塩谷直義氏を迎えてのインタビューを前後編でお届けしよう。

取材・文/岡本大介

TVアニメ3期を作るのはめっちゃ難しかった

――『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』は、作品内の時系列としては劇場版三部作の『SS Case.3』からTVアニメ3期をつなぐストーリーとのことですが、この部分を劇場版として描くことになった経緯について聞かせてください。
塩谷 『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』の制作を終えたくらいのタイミングで次のシリーズを作ることが決まり、いくつかの要望がプロデューサーからあったんです。

――どんな要望ですか?
塩谷 ふたつあって、ひとつは「主人公を一新してほしい」ということ。もうひとつは「時間を一気に飛ばしてほしい」というものでした。

――劇中の年号で言えば、TVアニメ3期は2120年に飛んでいますね。
塩谷 そうです。ただ、その時点では、てっきり時系列通りに制作して放送するものだと思っていたんです。つまり、常守朱と狡噛慎也の物語にひとつの決着をつけたあとで、慎導灼と炯・ミハイル・イグナトフという新主人公の物語に移行するイメージで考えていました。でも、そこで当時のチーフプロデューサーから「時間軸を逆転させ、まずは先に新主人公の話をやってほしい」と言われまして。なので、TVアニメ3期を作るのはめっちゃ難しかったんです。何が起こって状況が変化しているかを言えないなかでドラマを展開し、どう映画への引きを作るか。脚本の冲方(丁)さんからも「大変なことを引き受けましたね」と言われつつ、それでも難題に対してなんとか面白くしましょうと、脚本陣と一緒にストーリーを組んでいきました。

意識したのは『忠臣蔵』と『里見八犬伝』!?

――今回の劇場版では久しぶりに常守朱と狡噛慎也のがっつりとした絡みが堪能でき、宜野座伸元との関係性も含めて懐かしさも感じました。
塩谷 そこは意図したというよりも、TVアニメ3期と本作を制作する順序が前後したことで生まれた副産物のようなものですね。僕が考えていたこととして、TVアニメ1期の頃と比べて大きく成長した彼らが、再びシビュラシステムと向き合い、事件を解決する物語にしたかったというのはあります。「AIと人間社会の関わり方」という意味ではシリーズの原点回帰ですし、槙島聖護とはまた違ったベクトルからこの問題を描きたかったんです。あまりに不出来で不完全な人間に対して、神様が天罰を与えるみたいなイメージが最初にありました。

――近年では、現実社会でもAIが急速な進化を遂げていて、もはや夢物語ではなくなってきた感もあります。
塩谷 AIと人間との関わりについては、すでに現実社会でも問題が起こり始めていますよね。AIに何を任せて、何を任せないのか。AIは本当に信用に足るものなのか。AIとの向き合い方や距離感というものは、制作中もずっと考えていました。

――劇中で常守朱がひとつの結論を提示しています。
塩谷 そうですね。これが正解かどうかはわからないけれど、悩み抜いた朱なりの結論はちゃんと提示できたかなと思っていますし、これが本作でやりたかったことでもあります。朱の答えを劇場で見ていただけるとうれしいです。

――一方で、エンタメ作品として見る場合にも随所に魅力があふれています。おなじみのメンバーたちがそれぞれ能力を発揮して先へと進んでいく展開は、王道ながらもしびれました。
塩谷 ありがとうございます。今回は主人公が追い詰められる極限状態のなか、少数精鋭で敵本陣へ殴り込むという図式で、エンタメの型としては『忠臣蔵』のようなイメージを持って作っていました。

――言われてみればそうですね。朱が大石内蔵助というわけですね。
塩谷 はい。明確に仇討ちというわけではないですが、後がない立場に追い込まれていく朱、その彼女の危機に狡噛たち仲間が集い一丸となって立ち向かう。そんな展開を描きたかったんです。さらに言えば、狡噛が宜野座たちの助けを借りつつ朱のもとへと至る展開は、子供の頃に好きだった角川映画の『里見八犬伝』がイメージにありました。

――最先端のSF作品に『忠臣蔵』と『里見八犬伝』の要素が含まれているとは驚きです。
塩谷 そこはエンタメ作品ですので。それに、朱がまた無茶なことを言うんですよ。相手は火力の高い銃器を揃えた武装集団なのに「装備はドミネーターだけで行きます」とか(笑)。

――そこは朱の「刑事」としての意地ですよね。
塩谷 そうなんです。刑事としての法を守ったうえで戦わないと、朱の正義に反しますから。じゃあ、どうやって敵を攻略したらいいんだろうというところからお話を組み立てていきました。

――かなりのハンデ戦を強いられたということですね。
塩谷 ただ、そのおかげでメンバー全員が各々の立場で総力戦のようなかたちが作れて、終盤の展開は盛り上がったと思います。ハードルがあったからこそ朱と仲間たちとの信頼や絆も描けました。

想像していた以上に人間らしい砺波になった

――また、キャストでひとつ気になったのは、大塚明夫さんが砺波告善(となみつぐまさ)を演じている点です。大塚さんはTVアニメ3期で廿六木天馬(とどろきてんま)を演じていますよね。
塩谷 はい。僕も悩みましたが、砺波の人物像を固めるなかで明夫さんしかいないと思い至りました。今回の作品に廿六木は登場しませんが、それでも同一シリーズで二役を兼任することになるので「断ってくれてもいいです」という言葉を添えてオファーをしたら、快く引き受けてくださって。

――砺波は廿六木とは違う方向性で、じつに魅力的なキャラクターに仕上がっています。
塩谷 じつは、アフレコ前日になって明夫さんから「廿六木、出てなくない?」っていう連絡が来たんですよ。オファーからアフレコ収録まで期間が空いてしまったせいで、どうも明夫さんは廿六木として出演すると勘違いしてしまわれて(笑)。だから、あわてて「いや、違うんです。明夫さん、新キャラです、砺波です」と説明しました。

――アフレコ前日まで勘違いしていてあのお芝居ですか。さすがですね。
塩谷 もう完璧でした。とくに終盤にある朱との対峙シーンでは、僕が想像していた以上に砺波の人間らしさ、老兵としての言葉の重みがあふれていて。最初こそもっと感情を抑えたほうが砺波らしいのではないかとも思ったんですけど、途中でやっぱりこれがいいと納得させられました。信仰心が強いあまり感情を失っていた砺波が、朱と対話することで人間らしさを徐々に取り戻していく感じがすごく良くて、より強く相手の心に刺さる言葉を投げかけるキャラクターになったと思います。

――なるほど。では、インタビュー後半では本作の核心により深く迫っていきます。
塩谷 よろしくお願いします。endmark

塩谷直義
しおたになおよし 山口県出身。2007年、OVA『東京マーブルチョコレート』で初監督を務める。『劇場版 BLOOD-C The Last Dark』の監督を経て、2012年からスタートした「PSYCHO-PASS サイコパス」シリーズでは全作品で監督を務めている。
後編(②)は5月19日に公開予定
※記事初出時、一部内容に誤りがございましたので、訂正してお詫び申し上げます。
作品概要

劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』
2023年5月12日(金)から全国ロードショー

  • ©サイコパス製作委員会