TOPICS 2023.03.02 │ 12:03

アムロ・レイの演じかた
~古谷徹の演技・人物論~ 第9回(後編)

第9回 古谷徹(アムロ・レイ)×川村万梨阿(ベルトーチカ・イルマ/クェス・パラヤ)

川村万梨阿さんとの特別対談の3回目は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に登場するニュータイプの少女クェス・パラヤとアムロ・レイ、そしてハサウェイ・ノア。その年齢差からアムロとの接点は少ないが、続編となる『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』につながる重要なキャラクターについて語ってもらった。

取材・文/富田英樹 撮影/高橋定敬 ヘアメイク/氏川千尋 スタイリスト/安部賢輝 協力/青二プロダクション、バンダイナムコフィルムワークス

孤独を心の内に抱えたクェスという少女

――『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』ですが、なによりもまずベルトーチカがいないですよね。
川村 はい、驚きました(笑)。あれ?っていう感じで。
古谷 クェスはオーディションだったんですか?
川村 記憶が曖昧なんですが、オーディションではなかったように思います。なので余計に「ベルトーチカじゃないのか……」と戸惑いました。ただ、キャラクターとしてのクェスは私の中では整合性が取れていて、ベルトーチカよりは理解しやすかったんです。まだ13歳の女の子で、感情の起伏が激しくても「ああ、わかる」という部分が多かった。家庭環境に恵まれていなくて、父親が政府の高官で裕福でも母親は不在。家には図々しい愛人が入り込んでいる。ニュータイプへの憧れも、その原因は家族の心のつながりを求めてのことなんですよね。ハサウェイに対して「うちなんか、家族で地球にいたんだよ」というセリフに象徴されるように、同じ地球上の同じ家に住んでいてもつながりを感じられない孤独な女の子がクェスなんです。
古谷 なるほど、たしかに父親に対しては嫌悪感を見せているね。
川村 宇宙へ上がるときに隕石がシャトルの側を通過するシーンがあって、そのときに父親に唾を吐くんですね。過激な描写だなとは思いましたが、それだけ権力を使って横暴をしている父親に失望しているんですよね。横暴で傲慢なのに隕石の脅威の前では神様に祈るしかない無様な父親に、心底ガッカリしているんだろうと思うんです。

©創通・サンライズ

古谷 アムロに対する憧れみたいなものもあったよね?
川村 伝説のニュータイプであるアムロへの憧れはもちろんあったと思いますが、勘のいい子ですから、アムロの中に自分の居場所はないと察知してしまいます。その反発心からアムロのもとを離れて行った部分もあったんじゃないかと。
古谷 それでシャアのところに行くと。
川村 まず、シャアは馬に乗って登場するんですよ(笑)。そのビジュアルがもう王子様じゃないですか。シャアと格闘するアムロが武器を使おうとしたときにセコイと言ったのも、クェスの中で正義がどちらにあるか、ここで判断したのだと思えます。シャアに「行くかい?」と誘われたときに、そこでクェスは初めて自分の意志を確認された。自分の意志を選ばせてくれる大人に出会ったのは、クェスにとってこれが初めてだったんじゃないかと思うんです。だから狼狽もするし、クェスはシャアを選ぶしかなかったんですよ。

ギュネイは女心がわからない以前の問題!?

古谷 それがシャアのやり口だよね~(笑)。
川村 シャアも伝説のヒーローのひとりですから、そういう人に選ばれた自分を誇らしく思う気持ちはあっただろうし、自分の命を懸けて全身全霊で守りたいという思いにつながるのは当然だろうと思うんです。そういう気持ちでいるところに、ギュネイが余計なことを言ってくるんですよ(笑)。

――ギュネイは下心丸出しでしたね。
川村 そうなんですよ。ひどいですよね、13歳の女の子に「お前の憧れている人はロリコンなんだぞ」なんて本当に最悪だし、どこに好きになる要素があるのかと(笑)。しかも「俺と組めばシャアを超えられる」なんて、もう女心がわからない以前の問題ですよ。
古谷 その13歳の女の子という部分は、どういう理解で演じていたの?
川村 クェスの場合は家庭の事情が複雑でしたから、偏ったところがあると思いました。自分のことを大事にしてくれる人のことは盲目的に慕ってしまうところなどがそれですが、あとは自分の居場所を明確に嗅ぎわける勘の良さですね。
古谷 たとえば、アムロの中に居場所がないというのはチェーンがいたからだよね。でも、大人の女性であるチェーンと13歳の自分を同列に比較するというのが、僕からするとよくわからないんだよね。だってアムロからはそういう対象には見られないわけでしょ?
川村 私の考えで言うと、恋をしたら同列なんですよね。年齢差のことは考えていないんです。ただ、この人の側にいても自分はいちばん大切な人になれないんだなというのがヒシヒシと伝わってしまったことが不幸だったわけで。
古谷 13歳にしては大人っぽいよね、クェスというキャラクターは。ベルトーチカとクェスでは、どちらが難しい役だと思いました?
川村 どちらも違う難しさがありました。ベルトーチカは先ほども言った通り、フランスの小悪魔娘をどうやって説得力を持たせて演じるか、という難しさがありました。クェスの場合はこの不幸な悲しい少女のことを皆さんにわかってもらえるには、どういう芝居をしたらいいのかという点ですよね。気を使って演技をしたつもりではあるのですが、やっぱりわかってもらえないんだろうなという思いはありました。

わけのわからないうちに死んでしまうキャラにはしたくなかった

――ギュネイ目線の視聴者が多かったということなんでしょうか。
川村 13歳の女の子の心情を理解するのが難しいのは承知の上で、さらに家出をするぐらいのセンシティブな少女であるという点ですね。人の心の機微を見るのに敏感な女の子で、でも決して満たされることはないから、ときどき攻撃的になったりする。言わなくてもわかってしまうことがたくさんあるんだけど、相手にそれが伝わらないから言葉での意思疎通がうまくいかないというニュータイプならではの悲しさみたいなものがあります。だからこそ、ニュータイプになればわかりあえるはずだったのにという悲しさがありますよね。

©創通・サンライズ

古谷 当時、万梨阿ちゃんって何歳だったんだっけ?
川村 26歳です。じつは『機動戦士Ζガンダム』からあまり時間が経っていないんですよね。
古谷 あ、そうなのか。でも、23歳で13歳の少女役を演じるというのは、微妙に難しい年齢差なんじゃないかな。
川村 なるべく老けないようには意識して芝居をしていたんですけれど。体感的には15~16歳という気持ちで演じていたんですよね。
古谷 そうだよね。設定年齢よりも少し高いと思う。
川村 どこか大人びたところもあるのに感情的になる一面もあって、それとセリフがエキセントリックでしたから。「子供は嫌いだ」とか強いセリフを言ってしまうことで、周囲の人に誤解をされて追い詰められてしまう。最終的には悲しい結末になってしまうわけですが、クェスというキャラクターのお芝居としては成立したのかなと思っています。
古谷 富野監督からは何か指示はあったの?
川村 キャラクターについて富野監督から何か指示があったというのはないのですが、あるセリフで音響監督(※藤野貞義氏)さんから「もう少し抑えめの演技で」という指示があったんですね。私は「なるほど」と思ったのですが、富野監督が間に入ってきて「いや、そのままでいい!」と(笑)。
古谷 藤野さんと富野さんの板挟みになったわけだね。で、どっちの意見を聞いたの?
川村 ちょっとだけ柔らかくしました(笑)。
古谷 両方にすごい忖度(そんたく)してる(笑)。
川村 藤野さんとしてはもう少し抑えめにしないと、セリフ自体が強いからクェスに対して観客が嫌悪感を持ってしまうと懸念されたと思うんです。でも、富野監督はそのままで行けとおっしゃるし、私としてもクェスというキャラクターを皆さんに伝えたかったので、中間を取り入れた感じです。ただただ、わけのわからないうちに死んでしまったというキャラクターにはしたくなかったんですよね。