TOPICS 2024.05.29 │ 12:00

山本裕介監督が振り返る
『SYNDUALITY Noir』完結までの道のり③

前クールで完結を迎えたTVアニメ『SYNDUALITY Noir』について、監督・山本裕介に制作過程を尋ねてきたインタビューの最終回。キャスティングに込めた狙いを解説するとともに、2クールにわたって繰り広げられたドラマを総括してもらった。

取材・文/岡本大介

ミステルの設定はキャストにも秘密だった

――キャスティングについても聞かせてください。基本的にはオーディションでの選考ですよね?
山本 メインキャラクターはほぼ全員がオーディションです。プランとしてはノワールとトキオは安心感のある役者さんにお願いして、カナタやエリー、マハトはフレッシュなキャストを選んでキャラクターとともに成長してもらえるといいなと考えていました。シエルは最初から歌姫設定があったので、歌える方ということで、青山なぎささんにお願いしました。

――ノワールとトキオは、カナタの脇を固めるためにも重要なんですね。
山本 ノワールは限られたセリフで表現しないといけないうえに、中盤以降どう変化するかが決まっていないキャラクターでしたから。キャリアと実力を備えた役者さんでいきたいと考えていました。

――もともとノワールにミステルという別人格があることは決まっていなかったということでしたが、予感のようなものはあったということですね。
山本 具体的な設定は固まっていなかったものの、ノワールに何かしらの秘密があることは確定していましたので、途中で人格が変わるくらいのことは想定していました。まさか役名まで変わるとは思っていませんでしたけどね(笑)。そのため、古賀葵さんにはオーディションの際にちょっと違う声色も演じていただいたりしました。

――では、古賀さんとしては最初はノワールだけを演じる予定が、途中からミステルも演じることになったんですね。
山本 そうです。収録が進む裏でミステルの設定も決まっていったんですが、古賀さんにはあえて知らせないでおきました。第6話のランゲとの戦いのクライマックスでノワールが突然叫び出すシーンがあるんですが、じつはここで一瞬だけミステルに入れ替わっているんです。古賀さん自身はなぜノワールが叫んでいるのかわからないまま演じておられたわけなのですが、収録のあと「身体を引き裂かれているような、ノワールの痛みを表現してみました」とおっしゃっていたのを聞いて「役者さんというのはこういう風に解釈をしながら演じるものなんだ」と感心しましたね。そして、結果的に得られたお芝居も正解だったと思います。ちなみにミステルという名前は「謎」を意味する「mystère」を語源として名付けたんです。でも、ドイツ語の「Mistel(ヤドリギ)」と捉えてもらってもいいと思っています。

ラスボスのキャスティングには感慨深いものがあった

――なるほど。ちなみにノワールは最後、シエルの意志を継いでステージでライブをやりますが、それも途中で決まったのですか?
山本 そうです。キャスティング時はノワールが歌うなんてことはいっさい考慮していなかったんですよ。古賀さんが歌もお上手で本当によかったです(笑)。

――トキオについてはいかがですか?
山本 トキオは一見するとちゃらんぽらんだけど、内実は暗い過去を背負ったキャラだと捉えていました。どれだけ酒に酔っていても心の奥底は常に冷めている。そんなカッコよさを狙っていたんです。まあ、本編ではただのバカにしか見えない場面も多いですが(笑)。小林裕介さんのことは以前から注目していて、トキオのような役がハマるんじゃないかとずっと思っていたので、今回ようやく念願が叶いました。

――オーディションではなく決め打ちだったキャストはありますか?
山本 ヴァイスハイト役の梶裕貴さんはそうでしたね。梶さんには10年以上前に『アクエリオンEVOL』で主人公のアマタ・ソラを演じていただきました。『SYNDUALITY Noir』におけるカナタのような役柄だったんですが、そんな彼が「今回はラスボスとして立ちふさがるんだなあ」と、ちょっと感慨深いものがありました。

シエルにはあの名作アニメの影響が?

――全24話を通じて、とくに大きく印象が変化したキャラクターは誰ですか?
山本 それはやはりカナタでしょうね。主人公なので成長してもらわないと困るんですが、僕が思っていた以上にしっかりと成長できたように感じています。それとシエルの物語があそこまでメロドラマチックに展開するとは思っていませんでした。とくに第18話で、自分がこれまでに何度も初期化されていたことに気づいて絶望するシーンは、最初にシナリオを読んだときに背筋がゾワっとする感覚があって、なんとかこの感覚を映像に落とし込みたいと思いながら演出しました。

――第18話は山本監督自身が絵コンテと演出を手がけていますが、やはりここは自分の手でやりたかったのですね。
山本 監督は全体を見渡す立場なので、ひとつのエピソードに肩入れするのはよくないんですけど、どうしても我慢ができなくて(笑)。もちろん、すべてのキャラクターに思い入れはあるし、どのお話も大好きなんですけど、このエピソードは人間とメイガスの悲劇の典型として、作品の根幹にあるテーマとも直結していましたので、直接自分の手で触りたかったんです。

――たしかにシエルは劇中を通じてもっとも運命に翻弄された存在かもしれませんね。
山本 これは余談なんですけど、イデアールに戻ったシエルは服装が黒に変わるじゃないですか。帽子も黒で髪は金髪。その組み合わせがずっと「誰かに似てるなあ」と思っていたんですが、第18話の納品間際に「あっ」と気づきまして。誰かというと『銀河鉄道999』のメーテルだったんです。鉄郎をだまして機械の星まで連れて行ってネジにしようとするんですが、その一方で鉄郎に恋愛感情を持っていて、でも命令には逆らえず葛藤する……。似ていると思いませんか? コンテを描いているときはまったく意識してなかったんですけど、カナタがシエルの手を引いて逃げる場面など思いきり鉄郎とメーテルの姿にダブって見えるんです。中編で引き合いに出した『戦闘メカ ザブングル』もそうなんですが、中高校生のときに見ていたものから無意識に受ける影響は大きいんだなあ……と、しみじみ思いました。

――メカアクションやカナタの成長、人間とAIとの関係性など、多くの見どころとテーマを含んだ作品です。山本監督としては、どんな気持ちを込めた作品になりましたか?
山本 制作初期にはすごくシンプルに「外の世界へ飛び出す話」を描きたいと考えていました。その当時はちょうどコロナ禍で、家にこもりがちな状況だったこともあり、ドリフターたちのように冒険に飛び出したいと強く願っていたんですね。もうひとつは終わってから気づいたことなんですが、「少年と少女が何者かになるお話」だったんだなと。ドリフターを夢見る、まだ何者にもなれていないカナタが一人前のドリフターになり、自分が誰なのかもわからないノワールが「私は私だ」と言い放つまでになる。古典的といえば古典的なテーマなんですが、そのふたつはしっかりと描けたんじゃないかなと思っています。endmark

山本裕介
やまもとゆうすけ 1966年生まれ。島根県出身。アニメーション演出家、アニメーション監督。大学卒業後、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)に入社し、制作進行を経て演出家となる。主な監督作に『N・H・Kにようこそ!』『アクエリオンEVOL』『ヤマノススメ』シリーズ、『ナイツ&マジック』『推しが武道館いってくれたら死ぬ』など。
作品情報


『SYNDUALITY Noir』
Blu-ray BOX Ⅰ(特装限定版)
[品番] BCXA-1903
[価格] ¥35,200(税込)
2024年5月29日発売!

  • ©SYNDUALITY Noir Committee