議論を呼んだ松本の登場シーン
――ここまで話題に出なかったもうひとりのメインキャラクター・松本の登場シーンにも驚かされました。
平牧 松本の扱いについては、スタッフ間でも議論になりました。花のおばあちゃんの家に遊びに行くというシナリオになった時点で「彼女を出すとややこしくなるので、出さなくていいのでは」という話もあったんです。ただ、それはそれで寂しいので、TVシリーズのように変装させてさりげなく登場させることになりました。ああいう役回りでなら、松本のファンにも許してもらえるのではないかと思っていました(笑)。
――『プレシャス・フレンズ』は全体的にしっとりとした雰囲気でしたけど、松本が主役になるシーンでは一変しました。
平牧 どうせやるなら振り切ってやらないといけないと思ったので、全力でギャグにしました。……というか、ホラー映画のようにもなっちゃいましたけど、まあ夏が舞台の作品なのでホラーでも悪くないかなと(笑)。今回の旅の写真が並んでいくシーンは、だんだんみやこ単体の写真ばかりになっていくので「これって松本の盗撮写真なんじゃ……」と気づけるようになっているんですよ。
――松本は何箇所くらいに潜んでいたんですか?
平牧 いつか答え合わせをする機会があるかもしれませんので、とりあえずここでは明言は避けておきます。ラフティングのときに川の上から写真を撮っていた人や、ぶどう園で写真を撮ってくれた人など、明らかに「松本でしょ」とわかるシーンもあるのですが、本当にさりげなく登場しているところもあるので、もしかすると僕も「こんなところにいたっけ?」となってしまうかもしれませんが(笑)。ぶどう園ではみやこたちと直接話していますけど、Lynnさんが絶妙に声を変えた演技をしてくださっていて、アフレコでも印象的でした。気になる方は何度も見返して、探してみてください。
TVシリーズから続く音楽へのこだわり
――花とみやこの挿入歌など、楽曲が劇中で効果的に使われていたのも印象的でした。
平牧 盛り上がる場面で挿入歌を流すのは以前からやってみたかったんです。個人的な話になりますけど、僕は福田己津央監督の『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』が大好きなんです。同じ福田監督の『機動戦士ガンダムSEED』もそうでしたけど、 挿入歌の使い方が本当に素晴らしくて、見ていて気持ちが上がる映像になっているんです。TVシリーズのときも音楽の使い方には力を入れていたので、新作を作るなら挿入歌も一緒に作りたいという思いもありました。
――劇伴の作り方についてはTVシリーズと違いはあったのでしょうか?
平牧 今回の劇伴はフィルムスコアリング(映像に合わせて音楽を制作する手法)です。音楽担当の伊賀拓郎さんに制作中の映像を渡し、シーンに合わせる形ですべての曲を作ってもらいました。今回は僕と音響監督の高寺(たけし)さんだけでなく、伊賀さんにもダビングに付き合っていただき、何度も微調整を行ったんです。なので、見た人には自然に音楽が入ってきたのではないでしょうか。
――とくに「音楽が効いたな」と思うシーンはどこでしょう?
平牧 すべてのシーンがそうですけど、挙げるとするとやはり花とみやこが蛍を見ていたシーンですね。蛍が現れたときに「ピーン」と音が入るんですけど、あれは効果音ではなくて、劇伴をタイミングに合わせて入れています。
――TVシリーズ第12話ではAパートをまるごと劇中ミュージカルに使っていましたが、平牧監督は音楽へのこだわりが強いのですね。
平牧 あそこでミュージカルを入れたのは、放送が終わったらすぐ忘れられる作品になるのが嫌だったので、なんとか爪痕を残したいという思いからでした。長く続くコンテンツにするには、何か変化球を投げなくてはいけないと思ったので、いろいろアイデアを出したんですけど、そのひとつがミュージカルだったんです。どう考えても制作コストが高くなるのであまり現実的ではないと思っていたんですけど、製作委員会がOKを出してくれて。作るのはやはり大変でしたけど、たくさん反響があったのでやってよかったと思っています。
これまでにない組み合わせの日常を描いてみたい
――今後『わたてん!』のアニメで新展開があった際、平牧監督が描いてみたい物語やテーマはありますか?
平牧 今回は尺の都合もあって、おなじみのキャラクターの組み合わせの関係値を描くことが精いっぱいでした。みんなそれだけでは掘り下げきれない側面があるので、たとえば、みやこと夏音(かのん)をふたりきりにしてみるとか、いろいろな組み合わせの日常を描いてみたいですね。それでいうと、せっかくできたお母さんたちの友情もそんなに描けなかったんですよね。そこも掘り下げてみたいテーマのひとつです。
――最後に『わたてん!』ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
平牧 今、『わたてん!』を愛してくださっている皆さんがおじいちゃん、おばあちゃんになっても忘れられない作品づくりを目指していました。今後も皆さんの応援があれば、アニメの新しい展開があるかもしれません。僕もずっとやりたい気持ちはありますので、原作やライブなども楽しみながら応援してくださるとうれしいです。
- 平牧大輔
- ひらまきだいすけ 神奈川県出身。演出家・アニメーター。『私に天使が舞い降りた!』で初監督。その他の監督作に『恋する小惑星』『SELECTION PROJECT』がある。2023年には監督作『【推しの子】』が放送予定。