ふたりとも「パツパツ」の現場だった
――今年は『機動戦士Vガンダム(以下、Vガンダム)』が放送開始から30周年になります。阪口さんはこの作品がほぼデビュー作なんですよね。
阪口 そうですね。くーさん(渡辺)はもうお仕事をされていて。
渡辺 とはいえ、『ガンダム』シリーズのタイトルは、それまで私が仕事をしてきたほのぼのした作品とは雰囲気がかなり異なるものでしたから。多少経験があったとはいえ、ほぼ新人に近い意識でしたよ。今でこそ、こんな風にのほほんとやっていますが(笑)、当時はまだ気を使わないといけないことがいっぱいあって、いい感じでパツパツでした。大ちゃん(阪口)はもっとパツパツだったと思いますけど。
阪口 くーさんもそうですが、松本梨香さんとか、他にも声優としてすでに活躍されていた方々がスタジオにいて、その中に新人として入るかたちでしたからね。もう、パニックですよ(笑)。ちゃんとしたアフレコ自体がまったく初めてで、それこそ台本のチェックの仕方やマイクの使い方とか、何もかもがわからないままスタジオに入ってしまったので。
渡辺 ただ、『Vガンダム』のレギュラーに入っている役者さんたちはお芝居(=演劇、実写作品)から来た方が多かったので、マイクの使い方がわからない方は、大ちゃん以外にもけっこういらっしゃいましたね。
©創通・サンライズ
――中田譲治さんなど、演技の経験はあっても、アニメでのキャリアは浅い方が大勢参加していましたよね。
渡辺 なので、そうした方々を経験者がフォローしなければいけないという部分もあったんです。そこにパツパツ状態の19歳の大ちゃんが、毎回拳を握りながら現場に来ていて「この様子はもともとの性格なのかな? それとも緊張しているのかな?」と気になりながらも、なかなかフォローしてあげることもできず……。でも、主役ですし、いちばん集中して臨まなければいけないわけですから。
――そういう意味では、集中できるように厳しく接しなければならなかった?
渡辺 いや、そうではないんです。すでに120%の力でやっている人が、これ以上「頑張れ!」って言われたら死んじゃうだろうなと(笑)。だからフォローしようと考えつつ、ちょっと違う接し方をしましたね。「大ちゃん、髪の毛が長いから切りに行こうか?」って、みんなで美容院に連れていったり。
阪口 そこでなぜかパーマをかけられましたね……。
渡辺 「パーマをかけなきゃダメなんだよ、大人になりなよ!」って。
阪口 「ダメなんだよ」ってホント、今考えてもおかしいですよ!(笑) でも、そうやって温かく見守ってもらいました。収録後にご飯に連れて行ってもらったりして。
渡辺 みんな、緊張はしていましたが、和気藹々(わきあいあい)ともしていましたね。
阪口 役者の距離感が近くて……というより、今にして思えば、そう僕が思えるように、皆さん、気を使ってくれていたのかもしれませんね。すごくやりやすい空気にしてもらえていたな、と。
渡辺 あとは富野(由悠季)監督の作品だったから、より団結できた、みたいなところはあったかも。毎週、次の台本を渡されると、みんなで読んで「来週は出ているね」とか「こんなことになっちゃうの!?」とか「あれ、私、もしかして来週死ぬの?」「活躍し始めたから、そろそろ死亡フラグが立つんじゃない?」とか感想を言い合ってね(笑)。
阪口 「今週、セリフがたっぷりあったってことは、もしや……?」みたいな(笑)。シュラク隊の皆さんは、とくにそういうところがありましたよね。見せ場があったら「これは死ぬな」って。
富野監督に出会う前から戦々恐々?
――富野監督の存在は、どのくらい意識していましたか? 今となってはアニメファン以外にもその名を知られる巨匠ですが……。
渡辺 当時も私たちからしたら大重鎮ですよ!
――やはり、そんな感覚ですよね。阪口さんはその上、もともと富野監督の作品のファンだったとか。
阪口 そうですね。そんな僕からすると、すでにその頃から『機動戦士ガンダム』は一般の方々に知られていた印象でした。「『ガンダム』に出ることになったよ」とまわりの人に報告すると、アニメファンじゃなくても「アムロ?」と聞かれることがありましたから。アムロなわけないじゃん! 古谷徹さんが現役なのに、なんで俺がアムロを演じ直さなきゃいけないんだよ! 怖いよ!って(笑)。
渡辺 古谷さん、今でも大活躍されていてお元気なのにね(笑)。でも、たしかに『ガンダム』のことを知っている人は大勢いましたが、少し細かい話をし始めるとちょっと引かれてしまうこともあったんです。今はそうじゃないですよね。アニメの世界がマイノリティなものではなくなった。みんなのものになったのだなと感じますね。
――同業者の皆さんからは、富野監督の現場に入るということで何か反応はありましたか?
渡辺 前フリで脅しがあるというか。『ガンダム』に関わった先輩たちに「今度、富野さんとお仕事することになりました」と報告すると、「怖い」という人もいれば、「そうでもない」という人もいれば、「いつキレるかわからない」という人もいて……それっていちばん怖いじゃん! 対策も立てられない!
阪口 スイッチがわからない。
渡辺 そう。その印象がいちばんでしたね。
阪口 僕はまだ先輩たちと知り合っていないから、誰からもそうした噂を聞くことはありませんでした。ただ、「ガンダムオタク」としてある程度情報は持っていたので、そこそこ覚悟をしていたつもりではありましたが……想像以上でした(笑)。
カミナリを落とされたのは第1話の前
――ぜひ詳しくお聞きしたいです(笑)。初対面でカマされるという噂をよく聞きますが……。
阪口 僕は第1話のアフレコ前に録った、5分くらいのPV収録の際に、いきなりカミナリを一発落とされています。収録後で、くーさんも一緒にいた、ご飯のときでしたね。それが初めての収録だったので、何もわからず、演出に対して全部、専門学校の授業で習った通りに元気よく「はい!!」と答えていたら、富野監督に「わかっていないのに『はい、はい』と言うな!」と。それまではニコニコとご飯を食べていたのに、突然スイッチが入っちゃって。
渡辺 音響監督の浦上靖夫さんもその場にいらっしゃったんだよね。それで大ちゃんが浦上さんに対しても、何かを言われたときに「はい」と言えなくなっちゃって。
阪口 もう、どうしようかと。声に出せないから、うなずくしかないのかな、とか考えていました。そういうことじゃないんですけどね(苦笑)。それくらいパニックになって、どうしていいのかわからなくなっていました。
渡辺 ただ、浦上さんがいるから、殴られはしないだろうという感じだったよね(笑)。浦上さんも厳しい方だと先輩から聞いていたのですが、富野監督との仕事では浦上さんはサポートに回るような感じで、あくまで富野監督の考えを役者陣に伝える役割を意識されていた印象です。だから、浦上さんは少なくとも『Vガンダム』の現場ではお優しかった。
阪口 富野監督についてはネットで「当時は殴られることもあった」というような噂がまことしやかに流れていますが、浦上さんがいなくても、さすがそんなわけはないですからね。怒ることはあっても、手を出すような人じゃない。これはしっかり言っておきたいです。
渡辺 そう。ただ、言葉の一撃が重い(笑)。
- 阪口大助
- さかぐちだいすけ 10月11日生まれ。新潟県出身。青二プロダクション所属。1993年に初のレギュラー出演作『機動戦士Vガンダム』で主人公のウッソ・エヴィンを演じる。他の出演作に『あたしンち』(立花ユズヒコ役)、『銀魂』(志村新八役)、『氷菓』(福部里志役)、『血界戦線』(レオナルド・ウォッチ役)など。
- 渡辺久美子
- わたなべくみこ 10月7日生まれ。千葉県出身。シグマ・セブン所属。主な出演作に『勇者エクスカイザー』(星川コウタ役)、『ぼのぼの』(ぼのぼの役)、『ブレンパワード』(伊佐未依衣子役)、『あたしンち』(母役)、『ケロロ軍曹』(ケロロ軍曹役)、など。