Febri TALK 2021.11.29 │ 12:00

平尾隆之 アニメーション演出/監督/小説家

①大人になることに希望が持てた
『機動警察パトレイバー』

自身が監督を務めた劇場アニメ『映画大好きポンポさん』が、驚異のロングランヒットとなった平尾隆之が選ぶアニメ3選。その1作目は、小学生時代に出会い、退屈で憂鬱な大人への印象をガラリと変えてくれた『機動警察パトレイバー』についてのインタビュー。

取材・文/岡本大介

マイノリティが頑張って幸せをつかもうとする物語

――子供時代のエンタメ体験を教えてください。
平尾 幼少期から小学校低学年くらいまで、かなりの吃音症で悩んでいたんです。そのせいでなかなか友達と話すことができず、家でアニメやマンガ、映画、小説などに触れることが多い子供でした。その当時に触れたエンタメ作品に心が救われたことは間違いなくて、おかげで今こうしてアニメ作りに励んでいるという感じですね。

――どのようなエンタメ作品に触れていましたか?
平尾 幼少期に見ておぼえているのは、アニメで言うと『不思議の海のナディア』と『迷宮物件 FILE538』。マンガだと『AKIRA』、小説だと村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、映画では『ヤングガン』などが印象的ですね。いずれも自分を知らない世界へと連れていってくれるような存在で、それはもう夢中になりました。

――平尾さんが触れてきた多くの作品の中から3本を選んでいただいたわけですが、1本目は『機動警察パトレイバー(以下、パトレイバー)』です。これは最初に出たOVAシリーズですか?
平尾 そうです。僕は香川県の生まれなんですけど、当時、『アニメだいすき!』っていう関西ローカルの番組があって、そこではけっこうコアなOVA作品を放送していたんです。先ほど挙げた『迷宮物件 FILE538』もそうですし、『パトレイバー』もその枠で放送されていて、小学3~4年生だったと思いますが、めちゃくちゃインパクトを受けました。

――どんなところに惹かれたんですか?
平尾 当時から「マイノリティがマジョリティに一矢報いようとするお話」が好きで、今でもそういう作品を作りたいと思っているのですが、『パトレイバー』の世界はまさにその匂いを感じたんです。主人公たちが所属する特車二課は、警察機構の一部ではあるけれど、メンバーははみ出し者のマイノリティばかりですよね。でも、そんな彼らが頑張ることで、どうにか幸せをつかもうとする物語のように感じられました。しかも、この作品の場合、そのことをシリアスにではなく軽妙なコメディとして描いていて、その雰囲気が好きだったんです。なにしろ小学生の頃の僕は「大人になったら、きっと人生は楽しくないだろうな」って思っていましたから(笑)。でも、野明(のあ)や遊馬(あすま)たちを見ていたら、こんな職場なら意外と楽しく生きていけるんじゃないかと思えましたし、仮に落ちこぼれだったとしても、頑張れば何かの役に立てるのかもしれないなと、未来に希望が持てたんですよね。

はみ出し者のマイノリティでも

こんな職場なら意外と楽しく

生きていけるんじゃないかと

思えたんです

――たしかに特車二課はゆるくて楽しい雰囲気ですね。
平尾 そうなんですよ。野明や遊馬たちって責任感もそこまで強くないですし、上司の後藤隊長も昼行灯(ひるあんどん)っぽいキャラクターじゃないですか。そこがリアルで共感できたんです。それにOVAの第1話から、イングラムが首都高の渋滞に巻き込まれてなかなか到着しないとか、近未来が舞台のロボット作品なのに東京の交通事情が描かれていたりして、そういうところも身近に感じて一気にハマりました。とくに第3話くらいまでは、たまにシニカルな描写があっても全体としてはコメディ色が強くて、いちばん好きな雰囲気ですね。

――第5~6話の「二課の一番長い日」や劇場版はわりとシリアスなストーリーですが、そちらは?
平尾 今ではそっちも好きなんですけど、それは成長するにつれて魅力がわかってきた感じです。『機動警察パトレイバー the Movie』は小学6年のときに劇場に見に行ったんですけど、僕の知っているOVAのパトレイバーとはかけ離れていて「いったい何を見させられているんだ?」って混乱しました(笑)。それでも見終わったあとは「よくわからないけど面白い」と感じたので、押井守監督のエンタメ性が出ていたんだと思います。『機動警察パトレイバー2 the Movie』を見たのは中学時代でしたけど、そのときは「さっぱり理解できないけど、何か深いものを見た気がする」というのが正直な感想でした。ただ、シリアスなストーリーの中にもちょっとしたおかしみというか、人間臭さというのが必ず描かれていて、僕はそういうところがとくに好きなんです。結果的に、初期OVAと劇場2作はこれまで人生の節目ごとに見ているような気がします。

――ご自身の創作にはどんな影響を与えていると思いますか?
平尾 キャラクターの描き方には大きな影響を受けていると思います。パッと見でわかりやすい記号的なキャラクター性を持ちつつ、建前と本音、言動と心情、大人っぽさと子供っぽさなど、ちゃんと複雑性も持っているんですよね。エンタメ作品のキャラクターとして、魅力的でありながら同時にリアルでもあるというのは僕自身も大切にしているところで、そこは『パトレイバー』がひとつのベースになっています。そうした大勢のキャラクターたちが織りなす多様なドラマ性というのもすごく魅力的で、いわゆる「群像劇」を描くうえでのヒントが詰まっているのは間違いないと思いますね。僕自身、今でも勉強させてもらうことが多いです。
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KATARIBE Profile

平尾隆之

平尾隆之

アニメーション演出/監督/小説家

ひらおたかゆき 1979年生まれ。香川県出身。1999年マッドハウスに入社し、TV『THXNOLYZE』で演出デビュー。その後、ufotableにて『劇場版 空の境界 第五章 矛盾螺旋』の監督を担当。そのほか監督代表作として、映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』、TV『GOD EATER』などがある。

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