Febri TALK 2023.02.24 │ 12:00

川面真也 演出家

③演出家デビュー作
『ノワール』

『ココロコネクト』や『のんのんびより』など、思春期の繊細な感情を丁寧に描写する手腕はもちろんのこと、2021年には劇場アニメ『岬のマヨイガ』の監督も務めるなど、さらに活躍の幅を広げている川面真也が選ぶアニメ3選。インタビュー連載の最終回は、初の演出作品であり演出家としての方向を決定づけた『ノワール』。

取材・文/岡本大介

人間の思考や感情とカットをリンクさせることで生まれる気持ちよさ

――『ノワール』は2001年放送作品で、川面さんの演出デビュー作です。
川面 そうです。第1回の『天空の城ラピュタ』のときに少しお話ししましたが、アニメーション的な気持ちよさとは別に、人間の思考や感情とカットをリンクさせることで生まれる気持ちよさもあると思っていて、『ノワール』はどちらかと言えばそちらを重視した作品だったんです。キャリアの出発点でそういう作品に出会えたことが僕の演出家としての方向性に大きな影響を与えているのは間違いないので、それで今回ピックアップさせてもらいました。

――おっしゃる通り『ノワール』はかなり長尺な止め絵があったりして、タイミングが特徴的な作品ですね。そんななか、川面さんは第5話「レ・ソルダ」で初演出を手がけました。
川面 この話数に関しては、じつは当初は演出助手として入る予定だったんです。まだ演出を担当するには早いから、先輩である多田俊介さんの仕事を見て学べと言われていたんですが、諸般の事情から急に演出をすることになったんです。ただでさえプレッシャーだったんですが、描き上がったカットを絵コンテ通りに並べると、尺が全然足りないんですよ。それでどうしようかと悩んだ末、クライマックスの教会でのシーンの尺を大幅に引き延ばしたんです。とくにミレイユと霧香が向かい合うシーンは絵コンテだと数秒の指定だったんですが、そこを10秒くらいにしました。

――かなり勇気のいる決断ですね。
川面 初めてですから、きっと何をやっても怒られるし、それならもう怒られようと(笑)。それに『新世紀エヴァンゲリオン』や『攻殻機動隊』はその方法で素晴らしい効果を出していたので、いけるんじゃないかという変な自信もあったような気がします。

――結果的に、教会のシーンはかなり大胆で印象深いシーンになっています。
川面 ありがとうございます。じつはここは真下耕一監督からも褒められたんですよ。初めての演出回で褒められるなんて思ってもいなくて、それだけにめちゃくちゃうれしかったですし、それがひとつの成功体験として僕の心に深く刻み込まれました。真下監督からしてみれば、新人だった僕に自信を持たせるためだったかもしれませんが、それでもすごくうれしかったですね。

――さらに川面さんは第21話「無明の朝」で絵コンテにも挑戦しています。こちらはいかがでしたか?
川面 これは僕が一生背負わなくてはならない十字架です(笑)。脚本を読んだときは泣いてしまったくらいに素晴らしいシナリオだったのに、本当にもったいないことをしてしまい、いまだに申しわけないと思っています。

これ以降、コンテに振り切って勉強するようになりました

――初めての絵コンテですから致し方ないところもあると思いますが、具体的にはどんなところが納得いっていないんですか?
川面 引き出しがあまりにも少なくて、すべてのシーンをそれに当てはめていくことしかできなかったんです。それだけならまだ「未熟」のひと言で済んだかもしれませんが、そこに幼稚な思い入れもあいまって、それがひどかったですね。このカットが何より大事なんだと自分で思い込んだ結果、今では絶対にしないようなこともやっていて、恥ずかしくて直視できないくらいです。たとえるなら、中学生が夜中に書いたポエムみたいな感覚です(笑)。とにかくコンテ技術の稚拙さを思い知らされたエピソードで、そこからはわりとコンテに振り切って勉強するようになりました。

――現在の川面さんに通じる技術の基礎を作るきっかけになったんですね。
川面 そうですね。演出家としてのスキルを上げるためには当時はふたつの方向性があると考えていて、ひとつは絵がうまくなることで、もうひとつがコンテを勉強することだったんです。そのどちらを選択するかで悩んだんですが、当時、社内の隣の班には岡村天斎さんや今石洋之さんなど絵描きの天才たちがいましたし、『ノワール』でご一緒していた演出家陣も絵が抜群にうまい人が多かったんです。今から絵の勉強をしたとして、僕がそのレベルに達する頃にはきっと50歳は超えているなと(笑)。なので、僕は思い切ってコンテの勉強に集中しようと覚悟を決めたんです。監督となるとまた求められるものは変わってきますが、少なくとも演出家としての僕は、その時点でスタイルが定まったような気がします。

――なるほど。現在は監督としても活躍している川面さんですが、制作でもっとも大切にしていることはなんですか?
川面 これは師匠の真下耕一監督から教えられたことですが、お客さんを満足させるのは当たり前で、原作者や出資者、欲を言えば、現場スタッフまでを満足させてこその監督だと思っています。かなり高いハードルで理想論といえばそれまでですけど、でもこれ以上なく明確ではありますよね。

――プロ意識が高いですね。
川面 いや、僕は今でも半分くらい趣味感覚で仕事をしているんですよ。奉仕しつくすと自分が壊れてしまうので、どこかで自分が楽しいと思える部分はちゃんと残してあって、それが長期間にわたってこの業界で仕事をしていくコツなのかなとも感じています。ごく普通のアニメファンがたまたまアニメ業界に入り、たまたまアニメ監督をしているくらいに思っていただけたら僕としてもうれしいです。endmark

KATARIBE Profile

川面真也

川面真也

演出家

かわつらしんや 1974年生まれ。大阪府出身。デザイン会社に勤務後、制作進行としてビィートレインに入社。『ノワール』で演出家デビュー。主な監督作は『吟遊黙示録マイネリーベ wieder』『ココロコネクト』『のんのんびより』『田中くんはいつもけだるげ』『ステラのまほう』『サクラダリセット』など多数。

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