Febri TALK 2023.02.22 │ 12:00

川面真也 演出家

②思春期のバイブル
『若草物語 ナンとジョー先生』

『ココロコネクト』や『のんのんびより』など、思春期の繊細な感情を丁寧に描写する手腕はもちろんのこと、2021年には劇場アニメ『岬のマヨイガ』の監督も務めるなど、さらに活躍の幅を広げている川面真也が選ぶアニメ3選。インタビュー連載の第2回目は、最高に感情移入した『若草物語 ナンとジョー先生』。

取材・文/岡本大介

ナンの気持ちに感情移入して、毎週のように号泣!?

――『若草物語 ナンとジョー先生(以下、ナンとジョー先生)』は1993年の放送ですから、当時の川面さんは10代後半ですね。
川面 そうですね。高校生くらいからアニメにハマりだして、当時は放送されているアニメはほぼすべてチェックしていました。1クールや2クール作品が多いなかで、世界名作劇場のように一年を通じて放送されるアニメはキャラクターの成長が丁寧に描かれるので、大好きなシリーズでしたね。中でも『ナンとジョー先生』は主人公のナンの気持ちに完全に感情移入してしまって、毎週のように号泣していた記憶があります(笑)。

――号泣ですか!
川面 僕自身が思春期のピークだったんですよね。ナンはとてもおてんばで明るい性格ですし、そこまで大きな悲劇が起きる作品ではないんですけど、そのぶん現実的な悩みにあふれているんですよ。たとえば、ナンは将来お医者さんになりたいという夢を持つんですけど、親しかった人が心臓発作で亡くなってしまったことで、医者の無力感に絶望するんです。なかばパニックになって「医者なんかいらない!」とまで言うんですよ。

――ふだんは元気いっぱいなナンだけに、ギャップがありますね。
川面 そうなんです。この作品には、子供が成長していく過程で感じる悩みや不安がしっかりと描かれていて、そこがめちゃくちゃ響いたんです。僕も当時は将来に対して漠然とした不安を抱えていたので、余計に他人事だと思えなかったんですよね。

――当時の川面少年は、すでにアニメ業界を目指していたんですか?
川面 まだです。なんとなく映像の仕事はやってみたいけど、業界への入り方もわからなかったですし、そもそも自分に映像の才能があるとも思えなくて。有名な監督さんって、学生時代からアニメや実写の自主制作をしていたとか、そういう逸話がたくさん残っているじゃないですか。僕はマンガを読んだりアニメを見ていただけでしたから、勝手に比較しては自信を失って、ずっとモヤモヤしていた気がします。

――本作ではナンをはじめ、いろいろな子供たちの成長が描かれます。作品を通じて勇気をもらったりもしましたか?
川面 もちろんです。とくにジョー先生やフリッツ先生など、子供たちの周りにいる大人たちの振る舞いや距離感が絶妙で大好きでした。19世紀後半のアメリカが舞台の作品なので、セリフも「早く寝なさい。いい夢を見るのよ」みたいな翻訳調の言い回しが多いんですが、愛情をストレートに表現する文化ならではのセリフ回しが自己肯定感を高めてくれたんですよ。僕は自己肯定感が低いタイプなので、ある意味でセラピーのようでした(笑)。

人と人との関係性や距離感が本当に素敵な作品

――たしかに、日本のドラマではなかなか出せない雰囲気ですね。
川面 この作品に登場する大人たちって、子供に対して説教らしい説教をしないんですよね。子供たちのことを尊重して、ひとりの人間として接していて、そのうえでちゃんと正しい方向へと導いていくんです。日本のドラマだとついつい感情的になったり説教臭くなってしまいそうなところですけど、そういった雰囲気はまったくなくて、それが理想的な人間関係に思えて憧れました。先ほどお話ししたナンが「医者なんかいらない」と絶望するエピソードでも、ジョー先生は誰よりもナンを心配しているんですけど、それでも「こう考えなさい」とは強要しないんです。あくまでナン自身の気づきや成長に寄り添っていて、その姿勢が素晴らしいなと思いました。

――ナンたちが生活するプラムフィールドは全寮制の学校だけに、大人も子供も、みんながひとつの家族のような雰囲気がありますね。
川面 そうですね。だからこそ、不良少年のダンを受け入れるかどうか迷うシーンは印象的でした。ジョー先生たちは誰彼かまわず受け入れているわけではなくて、意外とシビアな部分もあるんだなと思って。でも、それって裏を返せば、受け入れたら簡単には見捨てないという覚悟の表れでもありますよね。実際、ダンは学校で火事を起こしてしまいますが、それでも完全に追放するわけではなく、他の場所に預けることで結果的に更正させましたし。単純に寛容だとか優しいとかではなく、さまざまな方法を駆使して子供たちと関係性を築いていくというのが当時の僕にとってはうらやましくて、そういうところにも泣かされました。

――川面さん自身の仕事にも影響を与えている部分はありますか?
川面 人と人との関係性や距離感というところが本当に素敵な作品なので、そこは大きく影響を受けていると思います。とくに『岬のマヨイガ』などはそれが顕著に出ているような気がしますね。不安や悩み、恐怖といった負の感情を抱えている人に対して、周りの人はどのくらいの距離感で接するべきなのか、どんな風に寄り添えばいいのか。そういった感覚はこの作品が理想形として身に染みついているので、無意識に出ていると思います。endmark

KATARIBE Profile

川面真也

川面真也

演出家

かわつらしんや 1974年生まれ。大阪府出身。デザイン会社に勤務後、制作進行としてビィートレインに入社。『ノワール』で演出家デビュー。主な監督作は『吟遊黙示録マイネリーベ wieder』『ココロコネクト』『のんのんびより』『田中くんはいつもけだるげ』『ステラのまほう』『サクラダリセット』など多数。

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