物語に組み込まれたアニメならではの「動き」に感動した
――少年時代からアニメの世界への憧れがあったのでしょうか?
鈴木 そういうわけではなくて、ごく普通の子供でした。外で友達とも遊ぶし、家に帰ればテレビでやっていたアニメもよく見ました。『宇宙戦艦ヤマト』や『未来少年コナン』といった、誰もが通る作品ですね。ただ、今にして思うとたしかに絵を描くのは好きだったんです。少年時代は画家になりたくて、とくに西洋画が好きでした。ミレー、ミケランジェロ、ダヴィンチといった芸術家の作品が好きで、とくに彼らの素描に惹かれたんです。
――そんな少年時代に衝撃を受けたのが『ルパン三世 カリオストロの城(以下、カリオストロ)』だったわけですね。
鈴木 劇場へは行っていなくて、たしかテレビ放送で見たと思います。『ルパン三世』自体は夕方によく再放送をしていたので存在自体は知っていたんですけど、『カリオストロ』のキャラクターの動きに度肝を抜かれたんです。動きのみずみずしさが素晴らしくて、冒頭のカーチェイス、ルパンが城に潜り込むときの屋根を飛び越えるシーンなど、あの躍動感に感動しました。それで、この動きや躍動感は『未来少年コナン』に似ているなと思い当たって、宮崎駿さんの名前を知るようになりました。それまではアニメの作り手を意識したことはなくて、『ルパン三世』は緑色のも赤色のもルパンだと思っていたから、そこに共通点を見出したことで作り手を意識し始めた作品でしたね。
――宮崎アニメの動きの魅力に気づいたわけですね。
鈴木 当時のアニメ作品は、動きそのものをカッチリ見せるようなものは少なかったと思うんです。ドラマやストーリーを見せるための手段としてアニメを使っている場合が多いというか、だからこそアニメの動きが物語に組み込まれたうえで面白く作用する宮崎駿さんの作品は本当に面白かった。何回見ても面白かったし、飽きることがなかったですね。
――あの当時はアニメ雑誌も全盛期でしたが、そういう方面への興味もありましたか?
鈴木 『アニメージュ』を買っていたと思います。ただ、それはスタッフインタビューが読みたいとか制作の裏側が知りたいということではなくて、絵を見たかったからなんですよ。宮崎さんの絵もそうですし、当時は安彦良和さんとか、今では大御所となった多くのアニメーターさんが現役でしたから、そういう方々の絵を模写したくて雑誌を購入していました。そういう意味では模写のための資料として捉えていたので、アニメーションの動きに魅了されていたにもかかわらず、『カリオストロ』という作品を解釈したり、自分も作りたいという意識はまだなかったと思います。
とにかく映画的なんですよ
「映画を見た」という気分に
なる映像とでも言うのか
それはとても感じます
――名シーンばかりの『カリオストロ』ですが、中でもとくに好きなシーンはありますか?
鈴木 好きなシーンの連続だから、ここというのは難しいですね(笑)。宮崎さんの映画はちょっとした動きですら魅力的で、たとえば、次元大介がスパゲッティを全部巻き取るシーンとか、敵の影たちが鉄の爪をジャキッと出す瞬間の気持ちよさですよね。こう言うと伝わりにくいかもしれませんが、とにかく映画的なんですよ。「映画を見た」という気分になる映像とでも言うのか、それはとても感じます。ルパンに救出されたクラリスが次元と五ェ門を気遣うシーン、あそこで次元がヒゲにタバコを落として「次元様だと」とつぶやく。五ェ門が「可憐だ」とつぶやくと、すぐに敵の銃撃が来る。次元が「おっぱじめようぜ!」と言って音楽がかかる――この一連のシーンの気持ちよさは、映画のスケールの大きさを肌で感じる瞬間ですよね。この体験のあと、次第に映画に興味を持つようになっていくのですが、アニメだけでなくハリウッド映画も見に行くようになって、映像への興味を持ち始めた時期でもあります。
――ご自身の仕事への影響はありますか?
鈴木 自覚していない部分も含めて大いにあると思います。宮崎駿さんだったか大塚康生さんが「アニメーションとしていいタイミング(良い線)を見つけ出す」とおっしゃっていたのですが、それは感覚的に作られるアニメの世界にあって気持ちのいい動きを知るという意味ですよね。たとえば、ルパンと次元が影たちに襲撃された夜、部屋の壁にかけてあったモーニングスターを次元が投げて、それを片手で受け取ったルパンが重さに驚くシーンがあります。あの腕が下にグンっと引っ張られる動き、あれが感覚的な気持ちよさですよね。そういうのは何度も見たこの『カリオストロ』によって、自分の中に刷り込まれていると感じます。実写映画とは異なり、アニメの場合はないものから動きのすべてをコマ単位でタイミングも含めて設計しなければならない。実写ももちろん緻密な計算をしていると思いますが、アニメの場合はそのベクトルや方法が違うため、宮崎さんがあの当時に実践していたことは今でも影響はあると思います。『カリオストロ』は作劇法やテンポ、レイアウト、アニメーション、どれをとっても学びがあるので、今でも見直すことで新しい発見がある、私にとっては教科書のような作品です。
KATARIBE Profile
鈴木健一
アニメーション監督
すずきけんいち 1968年生まれ。千葉県出身。サラリーマンを経験したあとにゲーム会社、サンライズなどを経てフリーに。主な監督作品に『EVOLVE../14 頑駄無 異歩流武../十四 MUSYAGUNDAM』『SDガンダム三国伝Brave Battle Warriors』『はたらく細胞(第1期)』『DRIFTERS』『Fairy gone フェアリーゴーン』など。最新作は『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』(総監督)。