Febri TALK 2021.08.11 │ 12:00

雲田はるこ マンガ家

②絵のお手本とも言うべき
『崖の上のポニョ』

自身が影響を受けたアニメについて聞くインタビューの第2回は、線によるデッサンにこだわりを持つ雲田が衝撃を受けた『崖の上のポニョ』。マンガ家ならではの視点で、理想のビジュアルを表現した名作に迫る。

取材・文/岡本大介

アバンギャルドとエンタメのバランスがすごく好き

――こちらは2008年公開のジブリ映画です。
雲田 ジブリ映画は子供の頃から大好きで、ほとんどすべてを劇場で見ていると思います。ただ、歳を経るごとに作品の味わいが変わって好きな作品が変わっている感じです。少し前だと『魔女の宅急便』がトップだったんですけど、今は『崖の上のポニョ』がいちばん好きですね。これは最初に映画館で見たときの印象がすごくて、今でも脳裏に焼き付いています。とにかく絵や背景などのビジュアルが大好きで。線がのびのびとしていて、本当に良いですね。

――ビジュアルのどんなところが好きなんですか?
雲田 シンプルな線で、キャラクターをいきいきと動かしているところに尽きます。最初から最後まで、ポニョがひたすら愛らしいんです。2001年の『千と千尋の神隠し』までの絵柄とはかなり違っていて、書き込みすぎずに、シンプルな線で描いて動かすことにこだわっている。それが気持ちいいんです。私も線への気持ちが強いタイプのマンガ家なので、そこに惹かれますね。

――宮崎駿監督自身、アニメーションの原点に立ち返って作ったと発言していますね。
雲田 はい、その心意気もたまりません。スゴいのは、あれだけシンプルな線なのに正確に気持ちのいいフォルムを捉えていることです。それってつまりは、デッサン力がめっちゃ高いということなんですよね。私の理想の画風は、マンガで言うと高野文子さんや松本大洋さんのシンプルな線で正確にものを捉えていらっしゃるタッチなんですけど、アニメでは『ポニョ』なんです。

――とくにすごいと感じるシーンはありますか?
雲田 水の表現がすごいですね。水さえも線で描かれているんですけど、嵐のなかで、波とともにポニョが宗介を追いかけてくる一連のシーンとか、あそこはかなりシンプルな線で描かれているにもかかわらず、どこか浮世絵っぽさがある、誰にも真似できない絵になっているんですよね。ほかにも、水道の蛇口から出る水がバケツの水面に弾かれる描写も線で描いてあったりとか、すべての水の表現が独創的で、何度見ても新しい発見があるんです。おそらく宮崎監督は、水に関するこれまでの概念やノウハウをすべて捨てて、ゼロから創造しているような気がして、そこに言葉では言い表せないスゴみを感じます。それも、自分ひとりで表現できるマンガや絵画ならいざ知らず、多くのスタッフとイメージを共有する必要があるアニメーションでそれをやろうと思うんですから、これはスゴいを超えて恐ろしいとさえ思ってしまいます。

すべての水の表現が独創的で

何度見ても

新しい発見があるんです

――ポニョ以外で印象に残っているキャラクターは誰になりますか?
雲田 これも、今回見返したら変わったんですけど、宗介のお母さんのリサですね。彼女はけっこう豪快で破天荒じゃないですか。とくに嵐のなかで自宅へ帰ろうと車を飛ばすシーンは、公開当時は「母親としてどうなの?」ってバッシングもあった記憶があります。これがもし運転しているのがルパンだったら、あのくらいの危険運転は笑って見てもらえるのになって(笑)。そう思うと、お母さんという立場はかわいそうというか、世知辛いなと感じましたが、でもやっていることは揺るぎないし、ヒーローそのものです。すごく好きなお母さんだなと思いました。

――『ポニョ』は世界観やテーマもややあいまいに作られていて、ストーリー面でもこれまでの宮崎作品とは異なっていますよね。
雲田 まるで死後の世界を見せてもらっている感覚になりますよね。神々しくもあるし、怖さも感じます。ポニョが宗介の血を舐めたり、肉食でハムが好きだったりと、ちょっとしたところで「え?」っていう違和感があって。そのちょっとした違和感が積み重なって、最後に車椅子のおばあちゃんたちが走り回っているシーンくらいになると、得体の知れない怖さを感じるんですよね。

――「楽しいけど、どこか怖い」という感覚は、本作ならではの特徴かもしれません。
雲田 そうそう。「ポニョかわいい〜!」って思いながら見ているうちに、うっすらと恐ろしさを感じてくるというバランスが絶妙なんですよね。そもそものエンタメ度がすごく高いだけに逆に際立つというか。宮崎監督の哲学的アバンギャルドとエンタメのバランスがすごく好きです。そういう感覚って言葉にはできないまでも確実に伝わるし、子供は直感で感じ取っていると思います。子供たちにはそういう不思議な体験をどんどんしてもらいたいですね。

――巨大な嵐が街を襲うというリアルな水害描写もあります。
雲田 それでもみんなたくましいですよね。宗介とポニョは水没した街をボートで冒険したり、住人のみんなも船を漕ぎながらやけに明るかったり。でも、それも案外リアルなのかなとも思ったんですよ。何年か前に、私の地元も水害に遭って町中がかなりの被害を受けたんですけど、悲しんだり、途方に暮れている人は意外といないんです。人間なんてどんな状況でも前に進んでいくしかないですし、まずは掃除をしなきゃ何も始まらないから、とにかく身体を動かす。『ポニョ』も全編を通じてそういったポジティブな雰囲気に満ちていて、そこは宮崎監督の哲学が盛り込まれているように思います。

――なるほど。今後もジブリ映画を見るたびに好きな順位が入れ替わっていく感じですね?
雲田 そうですね。そもそもどれがナンバー1になってもおかしくないほど好きなんですけども、そういう作品を、子供の頃からリアルタイムで体験しつつ成長できたことは本当に幸せだなと感じます。宮崎監督は今も新作を制作中らしいですから、それも楽しみに待っていたいです。endmark

KATARIBE Profile

雲田はるこ

雲田はるこ

マンガ家

くもたはるこ 栃木県出身。2008年、ボーイズラブ・アンソロジー「職業カタログ」にて『窓辺の君』でマンガ家としてデビュー。その後、一般漫画誌にて『昭和元禄落語心中』を連載。第21回手塚治虫文化賞新生賞をはじめ多くの賞を受賞。

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